第31話 デートとナイト

 バヌーシュのジムに遊びに来た。もう何度か来ているのだけど、今日あたりはご飯でも行こうかと思うので、綺麗な法衣を着てきた。

 なのに、なぜか道着に着替えさせられ、なぜかジムの生徒に寝技を教えさせられている。血気盛んな若い男子がドワーフの闘技場に参加するということで、寝技の特訓相手を探していたとのこと。

「いい? 安易に下になっちゃだめだよ。ドワーフは重いんだから」

「えーでもぉ、下からでも三角締めとかぁ狙えるじゃんか」

「三角なんて実力差が相当ないと決まらないよ。練習じゃ頭突きやらないから分からないだろうけど、上からめちゃくちゃに頭振られるだけで何もできないよ。ドワーフはリーチないから、そこを生かして打撃に徹したほうがいい」

「えーでもぉ、俺はどっちかってーと締め技の方が得意でぇ……」

「分かった。寝技が得意なら、私が上から攻めるから、とりあえず1分だけしのいでみて。もちろん返してもいい。私は攻撃は右の平手打ちしかしないから」


 バチンッ! バチンッ! バチンッ!

 ふむ、まるでダメだ。この男の子では勝てない。軽すぎる。バヌーシュみたいに体格に恵まれているわけでもないしパンチがうまいわけでもない。私が出たほうがいい。というか出させてくれ。




 しばらく教えた後、バヌーシュと休憩に入る。

「いやーシャトー助かったよ。うちのジム寝技できる強い奴がいないから、ああいうのが調子に乗っちゃってさー」

「バヌーシュがやればいいじゃん。あなたなら絶対できるよ」

「寝技はなー。俺は体が硬いしなー。今度はしばらくいるのー?」

「いたいけど、仕事がどうなるか分からないの」

「そうかー。君ならここで働いてもらえるのになー?」

 そうだ。そういう手もある。どうせ私は町に帰っても、自作の家しかない。もしからしたら風に飛ばされてもうないかもしれない。あれ?……そんなことより、これは求められてないか?

「そ、そうだね。今の仕事が終わったら考えようかな」

「樹がどうとかだっけ。そういえば昨日大きいトカゲが来たよ。君が来た時一緒だった奴だと思うけど」

「えっトカゲが!? 何しに?」

「いやー何言ってるかよくわからなかったんだけど、シャトーがウチに来てるか? シャトーに好意を持っているか? って聞かれたよ。モンスターだし、明らかに怪しい感じだったから『来てねえよ』って言っといてやったぜ」

 好意の方はなんて答えたのか気になる……!


 それはそうとあのトカゲ何してやがる!! また私の邪魔をしようとしているのか。自分はミズナちゃんと仲良くしてるくせに。

「ありがと」

「終わったらメシでも食いに行くかー? もちろん今日はおごるぜー?」

「うん! 行く! この町にしかない物とか食べたいな」

 体を動かして、格闘技の話をして、男の人に食事に誘われて……、なにこれ、すごく楽しいんだけど。どうしよう。治癒師になるために頑張ってきたけど、この町なら別の道もあるのかもしれない。




 ご飯を食べに行こうとバヌーシュと外に出ると、ゴブちゃんとミズナちゃんがいた。

 ……こんなところにわざわざ来るなんて嫌な予感しかしない。

「チンジャオが『集合』だってさ」

 ほらきた。あの野郎ミズナちゃんが入ってから明らかに調子に乗っている。


 くそう。来たのがチンジャオだったら無視してご飯を食べに行くところだが、この2人だと断りづらい。私が帰らないとどうしていいか分からなくなるだろう。卑怯な奴だ。

 バヌーシュにはあやまって今日は一旦帰る。

 彼は「また今度な」と言ってくれたが、こんな機会はめったにない。なんでみんな私の邪魔をするんだ。というかなんで私の居場所が?

「ミズナちゃんなんで私がここにいるってわかったの? トカちゃんが言ったの?」

「え、違うよ。ゴブちゃんがここじゃないかって」

 ゴブちゃんはうんうんうなずいている。そうかゴブちゃんは一度ここに来たことがあったんだっけか。




 宿に帰ると、チンジャオが作戦会議だとみんなを部屋に集めた。

「会議を始める前に、言っておかなければならない。シャトー、仕事で来てる町で勝手な行動は慎め」

 うぜえ。「慎め」と言った後のキメ顔の時間が特にうぜえ。

「では説明する。みんなには黙っていたが、実は俺とトカさんで進めていたことがあって、仕事ミッションの半分は終わっている。いや、正確にいうと、仕事ミッションの半分まで終わっている。な」

 そう言ってこちらの反応を待っている。何を言っているのかさっぱり分からないし、うざいから早く次を言ってほしい。


「夜明け前にトカさんと町はずれで合流する手はずになっている。うまくいっていればその時トカさんは『動力の樹』を持っている。つまり俺たちは樹を手に入れることにした」

 どういうことだ。私たちの仕事は〝樹を入手する方法を探せ〟とかではなかったか。トカゲが奪ってくるということ? 町同士の争いの原因にもなっているのに、そんなものパクったらマズくないか? いやどう考えてもマズいだろう。私が王様なら、町中全員で報復させる。チンジャオは格好つけたがるから、トカゲがそこに付け入って、そそのかしたんじゃないのか。


「トカさんが奪取に成功していたら、そのまま俺たちの町まで運ぶ。タブリバーまで最速で運ぶんだ。だから今日は早めに休んでくれ」

 たまらず私は手を挙げる。

「はい質問。そんなことしたら、大きい2つの町から恨みかって、うちの町なんて滅ぼされちゃうんじゃない?」

「大丈夫だ」

「なんで大丈夫だって言いきれるの」

「別に治癒師ヒーラーなんかに説明する必要ないだろ。早く寝ろ」

 あ、こいつトカゲから詳細を聞かされてないな。

 これはやばい。うちの町はトカゲのせいでめちゃくちゃになってしまうんでないか。人間を性的な目で見る変態トカゲだが、元隊長だけあって、悔しいが私たちより頭の出来はいい。何を考えているのか分からない。信頼は…………できる奴だと思っていたが、私とのことがあるだけに、愛情が憎しみに変わってもおかしくない。恋愛とはそういうもの、……らしいのだ。




 私はクソ指導者の言いつけ通り早めに寝て、みんなより早めに起きて待ち合わせ場所へ向かった。チンジャオでは話にならないから、彼のいないところでトカちゃんと話をするためだ。

 だが、なぜかゴブちゃんがついて来てしまった。

「シャトーは、ダイジョウブ。ゴブが、ダイジョウブ、ニ、スルヨ」

「ありがと。私は大丈夫だよ。私の町が心配なの」

 ゴブちゃんに心配されるほど、不安な表情でもしていたのだろうか。それもトカちゃんと話せば解決することだ。最悪はコイツを使えば素直にお話ができるだろう。




 しかしその思いもむなしく、トカちゃんが来ないままチンジャオたちが到着してしまった。

 先に出発したことに対し、私がチンジャオからぐちぐちと説教を受けている間に、トカちゃんたちは現れた。

 ドワーフ数名と一緒に、布のかかった荷車を引いている。本当に樹を奪ってきやがったのか。なんて奴だ。

「すまんチンジャオ、少々手間取った。時間が惜しいからすぐ出発したい。シャトーとゴブリンは先に行ってくれ。残りで樹を運ぶ」

「なんで私たちだけ先に行くの! トカちゃん何かたくらんでるでしょ!」

「もちろん正当な理由がある。今ちゃんと説明するから聞いてくれ。樹を盗んだからには追手は必ず来る。しかも両方の町から来る可能性が高い。この町パインツの追手は、十中八九、魔導師団とかいう魔法が得意な連中だ。万が一戦いになったら、君たちは戦力にならない」

 そりゃあ私たちは魔術ができない。

「そしてガノの町の近くを抜けなきゃならないが、君たちは目立つんだ。ガノにはゴブリンの部隊がいる。おそらくだが、メスのゴブリンは臭いでオスのゴブリンにバレてしまう。それにシャトーはあの町の剣士軍団に恨まれてる。自分で身に覚えがあるだろう。なんたって剣士たちの大事な大事なタマ――」

「あー! あー!」

 ミズナちゃんがいるところでなんてことを言うんだ。

「ゴホン、つまりあれだ。剣士軍団を壊滅させる要因を作ったシャトーが、万が一奴らに見つかったら大変なんだ。必要以上に敵を呼んでしまう可能性がある。だから、シャトーたちにはガーゴイルの谷まで先に行ってほしい。そこまでで俺たちが消耗していたら、運搬を交代してほしいんだ。とにかくチンジャオがガーゴイルの谷に架けてくれた橋を越えられたら、彼らじゃ追ってこれない。俺たちの勝ちだ。仕事は成功となる」


 ふむ。内容については私にとって疑うべきことはない。だがそれでも怪しい。急がなきゃならないこの局面で、こんな落ち着いて説明するのは少し不自然だ。トカゲは嘘や隠したいことがある時ほど、普通のトーンで話す。それが一番相手に理解してもらいやすいことを知っているからだ。いつだったか、チンジャオを諭す時も同じように落ち着いた口調で話していた。

 私の頭では、今がどういう状況か、町の利害関係はどうなのかといったことは分からない。トカちゃんが言っていることはきっと正しい。でも、もうトカちゃんとも長い付き合いだ。何かを隠しているのは間違いない。


「分かった、私とゴブちゃんは先に行く。トカちゃん、私は信頼してるからね」

〝裏切ったら今度こそ絞め殺す〟と迷ったがミズナちゃんのいる前で暴力的な発言は控えたいし、情に訴えることにした。私たちは仲間だし、一度は私のことを好きと言ってくれた。その私を裏切るようなことはしないと信じたい。もう裏切られるのは嫌だ。

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