第30話 移植と運搬

 つい先ほどドワーフの長から〝動力の樹〟移植に協力してもらえると返事をもらったばかりだ。ドラゴン隊長の子供を人質にとって、ドラゴン隊を操った甲斐があった。それに加えて彼らもこういう機会を待っていたというのもあるのだろう。

 ちょうどシャトーたちもパインツの町に戻ってきた。シャトーたちの次の仕事がやはり〝動力の樹〟に関するものとなったようで、裏町の飯屋で作戦会議中だ。


 しかしこれはタイミングがよかったと取るべきか微妙なラインだ。樹の運搬にはチンジャオの協力が必要だが、樹の奪取は俺だけのほうがやりやすい。

 

 なぜか人間のメスが1人増えている。まだ子供で、骨と皮だけといった体つきだ。こんなのに働かせるなんてシャトーの町もひどい。


「トカゲさんさ、雷の魔術教えてよ」

「チンジャオができるんだから彼に聞けよ」

「えー、チンジャオなかなか教えてくれないし、オリジナルの方がいいと思うんだよね」

「別にオリジナルじゃないよ」

「なんでダメなの」

「めんどくせーからだよ」

 こいつがなかなかに面倒くさい。チンジャオやシャトーがいないところで一度ぶん殴らないとだめかもしれない。


「じゃあさ雷より強力な魔術教えてよ。寿命と引き換えにすごい威力が出る魔術とかないの?」

 何言ってるんだこいつ。だが真面目に聞いているところを見ると、頭のかわいそうな子供なのだろう。

「そんなのあるかよ。寿命削って攻撃するくらいなら、逃げる魔法を考えるよ」

「えー、ロマンがないなあ。そんなんじゃ女の子にモテないよ」

「な、なんだと!? なぜモテないと? 生命を優先するのは当然だろ」

「逃げる男に女が惹かれると思う? 普通に考えてさ」


 一理ある……のか? 別に自分だけ逃げると言っているわけではない。仮にシャトーと一緒だったとしても、そんな魔法を打ち相手を倒せなかった場合は、2人ともやられる可能性が高くなるだけだ。それならば、例えば相手を足止めする魔法や、一時的に味方の走力を上げる魔法なんかをかけたほうが、助かる確率は高まるはずだ。なのに格好付けるほうを優先しろと? いや、おかしいだろ。いくら人間が非効率な生き物だとはいえ、命が第一なことは生物の大原則だ。

 だが……人間のメスのことはよく知らない。こいつの言うことも一理はあるのかもしれない。こんなことなら酒場で人間のメスと触れ合っていた時代に色々聞いておくんだった。


「とりあえず雷でいいから教えてよ。私は意地でもやりたいの」

「え、ああ、もう分かったよ。やり方だけ教えるから、自分で練習しろよ」

「やったー! トカゲさんかっこいい!」

 うぜえ、こいつの存在は計画に入れていない。俺のプランが狂うかもしれないから、なんとか早めに帰ってもらわねば。


 チンジャオは彼女に対して明らかに好意的に接しているので、シャトーに相談するしかない。こっそりと耳打ちする。

「なあ、あの女いつまでいる気なんだ?」

「1ヶ月くらいって聞いてるけど。かわいい女の子が増えてよかったじゃん」

「は? よくねえよ」

「どうだか。なんか楽しそうに見えるけどー」

 何を言いたいのかよく分からないが、シャトーの機嫌が良くないことは分かる。俺のどこが楽しそうに見えるというんだ。せっかく久しぶりに会えたのだから、仲良く話をしたいのに。シャトーはこれ見よがしに勢いよく麺料理をすする。


 だが俺もシャトーと離れていた間、動力の樹のことばかりやっていたわけではない。シャトーの喜びそうな情報も仕入れてある。

「そうだシャトー、ドワーフの闘技場にいくか? 新しい大会が始まるらしいんだが、頼めば出られるそうだ」

 シャトーの麺をすする手が止まる。

「出れんの?」

「ああ」

 シャトーは「でも用事あるしなあ」などと言ってごまかしているが、溢れる笑みを隠しきれていない。とてもうれしそうだ。〝趣味への理解〟は恋において相手への好印象につながると習った。そしてシャトーの趣味は殴り合いであるのは明らかだ。


「みんなちょっといいかな」

 急にチンジャオが立ち上がる。

「準備が整ったら、動力の樹を見に行く。樹の大きさや周辺の状況、争いの戦況などを偵察するのが目的だ。危険だが町のためには必要なことだ」

 困ったな。行く気なのか。この男こんなにやる気がある奴だっけか?

「メンバーは俺とシャトーとトカさんだけでいく。あまりにも危険だからな。リンちゃんとミズナちゃんは宿で待機しててくれ」

「えーっ!? やだ行きたいよ! 絶対行く。大丈夫だから私は」

「わかってくれよ。危険なんだ。君のような将来有望な魔術師マジシャンを危険な目に遭わせる訳にはいかない。パーティの指導者リーダーとしてね」


 チンジャオの性格からして、樹に関してそんな危険は冒さないと踏んでいたが、困った。それにシャトーまで連れていくとは。

「危険なんだからシャトーもおいていけよ。俺と君だけでいいだろ」

「シャトーは必要な戦力だ。一応治癒師ヒーラーだしな。それにパーティの方針は指導者リーダーである俺が決める」

 おお!? いつになく頑なだな。

 シャトーはというと、話を聞いていない。鼻くそでもほじり出しそうなほど興味がなさそうだ。




 それからチンジャオたちは偵察に向け準備を整え、俺は協力するふりをしながら樹を奪取するタイミングを待った。

 ガノの町もパインツの町も戦闘の部隊はシフト制だ。例えばガノの町なら、ドラゴンが主体の部隊、剣士が主体の部隊、と日によって変える。メインの部隊というのが必ずあるのは、仮にドラゴンと剣士を半々にして部隊を組んだりしたら身内で殺し合いが始まるからだ。

 パインツにもドワーフが主体の日がある。つまり、ドワーフとドラゴンが戦場でかちあう日なら、容易に樹を奪える……はずだが、こういうのはやってみると大概がうまくいかないものだ。だから事前準備は思いつく限り行わなければならない。


 不安要素の1つとしては、まずドワーフ側の部隊編成が不明なことだ。奴らは人間に近い種族だからか、人間ともモンスターともうまくやっているように見える。おそらく、他の種族もそれなりに入ってくるだろう。それがパインツ自慢の魔法軍団だったらハズレ、当たりはエビ軍団だ。


「トカゲさんさー、雷の魔術、1本しか出ないんだけど」

「あ? 1本でりゃいいじゃねえか。この短期間にしては上出来だ」

「やだよ。全員同時に倒したいじゃん」

 敵の想定何人だよ。めちゃくちゃしつこく聞いてきて面倒くさい。この子供に雷の魔法を教えつつ、シフトがかみ合う日を待つ。


 そんなことより最大の不安要素は、シャトーが最近よく町に出かけていることだ。今日もいそいそと町へ繰り出した。尾行したくてたまならないところだが、俺がこの町をうろつくと、計画が台無しになりかねない。シャトーはこの町に来たばかりで知り合いなどいないはずだが、発情期なだけに油断は禁物だ。どこかのオスと交尾につながる行為をしないか心配だ。

 シャトーが外出しようが計画には何の関係もないが、俺の頭の中を埋めてしまって、冷静な思考を妨げ判断を鈍らせる要因になっている。効率が下がってしまい、非常にもどかしいが、こういうものなのだと諦めるしかない。きっと生物的に考えると他者を好きになること自体が非効率なことなのだ。




 ついにドラゴンとドワーフが戦場で相まみえる日が来た。ここを逃すと次はいつになるか分からない。

 ……のだが、シャトーがウキウキした感じで出て行った。あれほどウキウキした感じは今までなかったし、服もいつもと違う気がした。どうする? 樹を手に入れたとしても、シャトーが交尾してしまっては元も子もない。だが、別に人間のオスと会うと決まったわけではない。何か殴り合いのイベントでも見つけたのかもしれない。シャトーに聞いても「用事」としか言わないし、今の俺に微細な雰囲気の違いを見分ける能力はない。こういうのこそ魔法で何とかできないものか。

 とにかく今の選択肢は、〝樹〟の方しかない。




 結局、悶々とした思いと、要らぬ思考で無駄に回転する頭を抱えたまま、動力の樹のところまできた。もちろん1人でだ。チンジャオを説得するのは容易だった。ドワーフとドラゴンの戦いに人間が入るとややこしいし、樹を奪う算段であると話したら、さすがにビビっていた。それに、彼は皆の前では頑なだが、2人で話せば割と素直なことが分かった。


 樹を久しぶりに見るがだいぶ大きくなっている。幹の高さが俺の身長くらいには達しただろうか。ここまで成長すると他の樹木とは別の世界の植物であるかのように、異様なねじれが生じている。


 すでにドワーフ隊とドラゴン隊は相対している。

 このヒリヒリする感じ、懐かしい。いくさとはいえ、実際にはにらみ合っている時間がほとんどだが、隙あらばぶっ殺してやろうという緊迫感が伝わってくる。

 ふー、ここまで来て中途半端なことをするわけにはいかない。覚悟を決めよう。

「さあ、ドワーフのジイさん。早速作業に取り掛かってくれ」

 ドワーフの方とは入念に打ち合わせしてある。


「どういうつもりだ! やはりパインツに寝返ったのかキサマ!」

 現・ドラゴン隊長が吠えている。寝返ったも何も俺を町から追い出したのはどこのどいつだ。

「お前に説明する義理はない。今まで通り『ドワーフに手を出したらガキを殺す』からな。黙って見てろ」

 ドラゴン隊の部下たちが隊長に詰め寄っている。「あんな奴やっちまいましょうよ隊長!」とでも言っているのだろうが、かわいい我が子が人質に取られていては手も足も出ないだろう。俺としてもベビーシッター代が高いから早く返却したいところだ。




 動力の樹はドワーフが順調に掘り返している。問題はここからだ。

 ドワーフやドラゴン以外の連中が異変を察知して、自分たちの町に応援を呼びに行くだろう。そいつらがどう出るかだ。大軍団で死に物狂いでぶち殺しに来る可能性もあるし、意外に見逃してくれる可能性もゼロじゃない。


 ドワーフたちとはいえ、やはり樹を掘り出すには時間がかかる。どうしても焦ってしまうが、ここはどっしり構えるべき。ドワーフにもドラゴンにも隙を見せるわけにはいかない。遅いというのは裏を返せば手を抜いていないということだ。


 ドワーフの長がこちらへ来た。

「よお大将、俺たちドワーフだが、これが終わった後、町を抜けるのは3割ってとこだ。後は残る。俺もな」

「そうか。それよりこんなところで俺と仲良く喋られると困るんだが。何度も説明したはずだ。お前らは俺にんだぞ」

「アッハッハそうだった。でももうウチのドワーフ以外の連中は応援を呼びに行っていないぞ」

「応援は誰が来るんだ……?」

「そんなの知るかよ。魔法バンバン人間どもじゃねーの?」

 魔法軍団か、あいつらが出てきたらかなり厳しい。うまく逃げ切れればいいが。


「お前が何を企んでるか知らないが、無事に成功したら酒でもおごれよ」

「ああ、この恩は必ず返す」


 樹を掘り返すのはうまくいきそうだ。後は運搬さえうまくいけば、夢の生活に一歩近づける。

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