第29話 ランチと姉妹
仕事が一段落したため賑やかなパインツの町を後にし、懐かしくも退屈なわが町、タブリバーに帰ってきた。
チンジャオが仕事の報告を行い、次の仕事が発表されたのだが、トカゲの言っていたような〝樹の奪取方法を探せ〟などという華やかなものではなく、〝スライムの核が足りていないからみんなで集めよう〟というあまりにもしょぼいものだった。動力の樹に動力を蓄えるために、よく燃えるスライムの核は欠かせないが、スライムなんて町の外にいくらでもいる。なのに足りないとはどういうことだ。他の冒険者たちは一体何をしているのだ。どいつもこいつも恋愛にうつつを抜かして仕事をしてないんじゃあるまいな。特に大したことをやってない我々チンジャオ隊が評価されるのも分かる気がする。チンジャオは〝
私はというと、スライムを狩るのは苦手なので、山の中でメスゴブリンの少女と暮らしている。チンジャオの奴自分で拾っておいて、私に面倒を押し付けやがって。私がアパート住まいだったらどうする気だったのだ。町中でこんなモンスターは暮らせないぞ。山にこさえた自作の家も、屋根を作り、壁を作りしているうちにちょっとしたものになってきた。
「シャトーは、ニク、ガ、スキデス。シャトーは、サカナ、モ、スキデス」
メスゴブリンのゴブちゃんは少しずつ言葉を覚え始めている。
「ゴブは、シャトー、ガ、スキデス」
その流れで言われると、私を食べたいみたいに聞こえるんだが。
ただ、ゴブちゃんはニコニコしていて悪い気はしない。私を慕ってくれてるのはうれしいし、後輩ができたみたいで悪くない。でも、トカちゃんの話を聞く限りでは、彼女はゴブリンのメスとして、オスを率いていくことになるはず。こんな山でずっと暮らすわけにはいかないだろう。これは捨て……いや、別れるときが大変だ。
今日は元パーティの魔術師ビワとランチだ。私たちが初めて顔を合わせた時と同じこじゃれたレストランに来た。ゴブちゃんは目立つため家でお留守番だ。
指導者であるゴーダと結婚したビワは結婚休暇中で冒険者をお休みしている。結婚休暇というのは、子作り休暇とほぼ同じ意味なわけだから、彼女たちは毎日甘い生活を送っているということだ。ただ、ゴーダの家はなかなかの名家のためしきたりや慣例などが大変らしい。まあ、超優良物件を手に入れたわけだから、そのくらいはなくては困る。こっちはモンスターにまみれた生活を送っているのだから。
私は、ビワにこれまでの冒険の話をした。チンジャオとの旅のこと、新しい町での仕事のこと、トカゲからプロポーズされたこと、一瞬だけ仲間になったブルストのこと、その絡みで今メスゴブリンが家にいること、次の町でかっこいい男と出会ったこと。
もちろん私に都合の悪い暴力シーンはすべて省かせていただいた。
「じゃあ…………、私たちが戦ったあの大トカゲはシャトーが色仕掛けで説得したってこと?」
なぜそうなる。いや、私が殴って降参させたことを伏せて話すとそういうことになるか。そのあとプロポーズしてきたわけだし。
「そう……、かもしれない」
「これで納得したよ。あのチンジャオにトカゲと話を付けられるわけないと思ってたんだよね。やっぱりシャトーが話を付けたんだ」
「うん、まあ……」
「へー。で、そのあと一緒に旅してたんでしょ? 大変じゃない? トカゲって何食べるの?」
「食べ物は意外と普通だよ。トカゲのくせに町のおいしいお店とか知ってるし」
「シャトーを追ってうちの町にも来てたんでしょ。あー、ゴーダに会わせたかったな」
「ダメでしょそれ」
「で、今トカゲさんとはしばらく離れているわけでしょ。ちょっと寂しいとかないの?」
「ないよそんなの。というかなんでトカゲの事ばっかり聞くの! 普通の恋の事とか相談したいのに!」
「えー、でもさっきの話を聞く限りじゃ、トカゲさんいいじゃん。めちゃくちゃ仕事できるじゃん。ガノの町と交易交渉したのも、うちの公開仕事を解決したのも、新しい町にたどり着けたのもトカゲさんのおかげのように思えるけど」
ふむ。そこは否定できないが、だから何なのだ。
「え? まさかビワは私がトカゲの事好きだと思ってるの?」
「違うの? 役割なんてほぼ指導者だしいいじゃん」
「指導者じゃないじゃん! トカゲじゃん! いいとか悪いとかの前にトカゲじゃん!」
ビワは楽しそうにけたけたと笑っている。くそう、自分は超優良人間指導者を手に入れたからって。
新しい町で出会ったバヌーシュの話をしてみるが、あまり食いつきがよくない。ボクシング云々の話をするわけにはいかず、出会いのインパクトがぼんやりしてしまうため仕方ない。
私へのプロポーズ後、この町まで追いかけてきたというトカゲのエピソードの方がお好みらしい。トカゲに自分の旦那を半殺しにされたことはすっかり忘れてしまっている。ビワのこういうあっけらかんとした性格は全然変わらない。
「あの、ちょっとさ……まだ確定じゃないんだけど……シャトーに相談したいことがあって」
急にビワのトーンが変わった。いつも思ったことをすぐに言ってしまう彼女にとっては珍しく言いづらそうだ。
「インターンっていう制度知ってる? 冒険者学校に通いながらパーティに参加できるっていうやつなんだけど……」
もちろん知らないが、私に何か関係があるのだろうか。
「役を持ってる指導者のパーティになら、学校に通いながらお試しで冒険者パーティに所属できる、っていう制度なんだ。で、私には妹がいてさ……今まだ学校に入ってそんなに経ってないんだけど、インターンに応募するって言っててさ……心配なんだよね」
なるほど読めた。役というのはチンジャオがなった〝魔導師〟のこと、チンジャオはその権力を振りかざして、幼くかわいいビワの妹をパーティに引き入れようとしているのだ。なんてひどい奴だ。ゴブリンでも人間でも幼ければ誰でもいいのか、心のねじ曲がったロリコン野郎め。
「何となく分かったよ。私からチンジャオに言っておく」
言葉で伝えるより拳で体に直接訴えるほうが早いだろう。友達の妹に手を出そうとする奴など考えを改めるまで殴り続けねばなるまい。
「うん、拒否してもらえたらとっても助かる」
「え? 拒否? 何を?」
「え? 私の妹をだよ。私の妹がシャトー達の隊に入りたいと言ってきても拒んでもらえたら、お姉ちゃんとしては安心だよ」
よくよく聞くと、ビワの妹であるミズナちゃんはチンジャオ隊に入ることを強く希望しているらしい。インターンに申し込むにはもちろん優秀でなくてはならないが、彼女は入学当初から魔術師としての才能を周囲に知らしめており、本人の希望もあり、インターンに出ることはほぼ確定事項とのこと。
「あの子は……ちょっと頭がおかしいの。魔術の成績がいいのは当然だよ。だって入学前から私が魔術教えてたんだもん。もう私が教えるの嫌になっちゃってからも、『お金払うから!』って強引に教えさせられた」
なるほど。というか、妹からお金もらってたんかい。
「それで、なんでうちの隊なの?」
「チンジャオって人間性はともかく魔術の腕はかなりすごいらしいじゃない? だから彼の魔術を学びたいんだって。特に彼しかできない雷の魔術は絶対修得したいって息巻いてた」
トカゲのやつじゃん。
ビワの妹は結婚式で見かけたが、ビワに似てかなりかわいい。あんなのにお願いされたらバカな男どもはイチコロだろう。ましてやロリコンのチンジャオが断るはずがない。そういえば、チンジャオが最近機嫌がいいのはもしかしてすでに……。
「お願い。妹は、ミズナは頭がおかしいの。絶対無茶するから遠くに行かせたくない」
2回も言うほど〝頭おかしい〟の……。さすがに心配になってきた。
ビワと会ってから何日か経ち、指導者様の命によりパーティ全員でスライム狩りに来た。
「だからスライムには爆発魔法より炎の魔法がいいんだよ」
「そうなんだね! 雷の魔法はどう?」
「やったことないけど効かないんじゃないかな」
パーティというのは、私にチンジャオ、ゴブリンのゴブちゃん、そして、インターンで加入したミズナちゃんだ。
私の予想通り、チンジャオはミズナちゃんのインターンを二つ返事で受け入れていた。私がビワに会う前にはすでに決まっていたようだ。ビワとは違い、髪はショートカットで、気の強そうな眼差しをしている。露出度の高い衣装はビワから借りているのかもしれない。チンジャオはとてもうれしそうで、鼻の下って本当に伸びるんだ、と思い知らされる。
彼女の性格はビワにそっくりだ。ビワに似て要領が良いし、素直とわがままの絶妙なブレンド具合がまさに姉妹だと感じさせる。頭がおかしいところなんて全く見られない。
「ミズナちゃん、次の
「行く! 絶対行くよ!」
やっぱりトカゲの言った通りの仕事になったのか。というか唯一の正規メンバーである私を差し置いて、なんで学生に仕事内容話してるんだよ。
「俺たちは慣れてるけど、結構キツい旅になるから覚悟してね」
「もちろん! 私すごい頑張るから!」
まあなんにしてもパインツの町に戻れるのは良かった。また彼に会える。
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