第28話 ドワーフとドラゴン
俺はドワーフの闘技場のほど近く、ドワーフが集まるという酒場に入った。
店の中は明るくて清潔だが、客はドワーフしかおらず、ガラが悪すぎる。きれいなお店が台無しだ。中を見回すと、早速顔なじみがいた。
「おいおい珍しすぎる客じゃねーか。カチコミか?」
「挨拶するのは初めてだな。俺はドラゴン隊の元隊長だが、数年前に追放されて以来ガノの町とは無関係だ。敵意はない。話がしたいだけだ」
俺が会いに来たのはドワーフの軍団を率いていた大将だ。ドワーフにしては上背があり、戦うこと自体が好きなタイプでよく大将自ら突進してきた。戦場ではよく顔を合わせたが、会話するのは初めてだ。当然過去に俺たちはドワーフを殺しているし、彼らもドラゴンを殺している。お互いに恨みは腐るほどある。周りはドワーフだらけで、今すぐに殺されてもおかしくない状況ではある。
「じゃあ何の用だ? 殺し合い以外やることなんざねーだろ。〝打算ドラゴン〟さんよ」
なんてダサい二つ名だ。俺がそんな呼ばれ方をされていたなんて。まあ俺たちもこいつのことは〝暴力ジジイ〟と呼んでいたのでおあいこだが。
「単刀直入に言うと、期間限定で俺の仲間になってほしい。君たちの利益は保証する」
「嫌だね」
「まあ中身を聞いてくれ」
「嫌だ、聞かないね。お前の言うことなど裏があるに決まっているし、俺にはそれが見抜けないからだ。そして俺たちの利益、と言うがそれにはお前らみたいなクソムカつくデカブツをぶち殺すことも含まれてるんだ。死んでから来やがれ」
やはり一筋縄ではいかないか。しかしこいつらの力は必須だ。ここで引き下がるわけにはいかない。仕方ない。使えるカードを早めに切っていくしかないか……
1人のドワーフがそろそろと来て、暴力ジジイに耳打ちする。ジジイはふんふんとうなずくと満面の笑みを浮かべる。
「いや、ドラゴンさんよ悪かった。じっくり話そう」
「なんだよ急に。気味が悪いな」
「いやね、お前の仲間の人間がウチの闘技場に来てるそうだ。なぜか知らんが、俺たちドワーフしかいない滅法危険な建物に、向こうから勝手に入ってきたらしい」
シャトーたちがドワーフの闘技場に!? なんてこった。なぜあんなところに……。まさかこいつらに誘拐された? いや、町中で人間を襲うなんてこいつらもやらないだろうし、人間凶器であるシャトーをさらうなんて簡単にできることじゃない。きっと偶然だ。闘技場の存在を知ったシャトーが興味を持ったのだろう。まったく困らせてくれやがる。
それより、俺たちが仲間だと知っているということは、ドワーフの野郎共どこかで見てやがったのか。
「俺たちを見張ってたのか」
「当たり前だろ。敵の大将を自分の町で見かけたら、どんな怠け者だって追うだろ。お前は自分が目立たないとでも思ってたのか?」
「ああ、なるべく人目は避けてたし、変な町だから俺ぐらいじゃ印象に残らんと思った。あと、元大将だ」
これでヘタなことは言えないが、逆にチャンスかもしれない。相手は圧倒的に優位な立場だ。俺の言葉を聞く余裕も出てくるだろう。元より煙に巻く気などない。
「さあ話せ。何を企んでやがる? 本当のことを話せ。嘘は許さんぞ」
「さっき言った通りだ。君たちに仲間になってほしい。人質を取られたこの状況で嘘などつかない」
「人質とは人聞きの悪い。まあいい、続けろ」
「あの人間たちは、ガノでもパインツでもない辺境の町から来ている。俺はあいつらとつるんで樹を奪おうとしている。あいつらにはまだそこまで話していないがな」
「なるほど、俺たちドワーフに樹の移植をしろと、そういうわけか」
「話が早くて助かる」
「バカかてめえは? 俺たちは今まで移植を何度もやろうとしたんだぞ。それでも無理だった。これが1つ目のバカだ。それに、仮にその辺境の町とやらに移植して俺たちに何の得があるんだ? これが2つ目のバカだ」
やはりな。なんだかんだで聞く耳は持っている。後は、こちらの手札を強く見せることだ。
「まず1つ目のバカだが、樹の移植ができない理由は、ガノの戦闘部隊が強くて、移植に必要な時間がとれないからだろう。特に俺たちドラゴンがな」
俺はニヤリとしてみせる。ジジイはわざとらしく首をすくめている。
「ドラゴンは俺が無力化する。お前たちが安全に移植できるように協力させてもいい。そして2つ目のバカ、お前たちのメリットについてだが……、お前たちは戦いを辞めることができる。どうだいいだろう?」
「……何を言っているんだバカめ。俺たちはお前たちクソ野郎をぶっ殺すのが好きなんだ」
「そんなのはドワーフの中でお前だけだろ。他の連中は平和に暮らしたいって顔してるぜ。なあ皆さんよ?」
俺は周りのドワーフに分かるように言うと、声のボリュームをさらに上げ、皆に話すように続ける。
「好きで戦ってるガノの剣士とか一部のドラゴンとは違って、君らはビジネスって感じだ。その分冷静で強いがな。だが好きでもないことを続けるのは体に良くないぞ。樹がなくなれば戦う必要がなくなる。血なまぐさいことはもううんざりだろ? もちろんガノと戦う必要がなくなった後のために2つのプランを用意する。1つはこの町でそのまま幸せに暮らす方法だ。俺の計画では君たちは樹の奪取に関して完全に被害者となるから、失敗しようが成功しようが生活に何ら影響がない。そしてもっと君たちにぴったりのプランがある。それは……」
「分かった分かった。お前はほんとにめんどくせえ野郎だな。奥で聞く」
ドワーフの大将、暴力ジジイと2人で別の部屋に来た。いわゆるVIPルームだ。
「ふー。俺の部下を惑わすようなこと言うんじゃねえよ。戦いにうんざりしてるやつが出てきてるんだからさ。士気が下がるぜ」
「痛いとこを突けたようでよかったよ。お前らは見た目と違ってガサツな奴が少ない、あんまり好戦的という感じではないからな。よく闘技場なんてやってるよ」
「みんなを奮い立たせるために俺がやらせてんだよ。競技は好きだからな」
ジジイは俺に酒を注ぐ。まさか敵と酒を飲む日が来るとは。
「さっきの話だが……、実はお前らドラゴンと手を組むのは悪くねえと思ってた。町同士で争うんじゃなくて、もっと別の道があるんじゃないか、ってな。ただし、お前が隊長をしてた時の話だ。今は前より弱いが品がないから嫌だね。反対に剣士はお上品になったがな。まあ、どっちにしても協力はムリだ。さすがに酒を1杯一緒に飲んだだけの奴を信じろって方がどうかしてる」
俺は酒を飲み干し、これ見よがしにお代わりを注ぐ。
「信じてもらえるまで待つさ。もちろんただ待たせるわけじゃない。次のドラゴンとの戦いから、彼らをただの草食トカゲにしてみせる。お前らに対し一切攻撃を加えさせない。それも、お前が協力してくれるまでの間ずっとだ」
「無理だろ? ずっと隠居してたお前にそんな力があるとは思えん」
「まあすぐに分かるさ」
「分かった。それでも期待はするな。俺はドワーフの長だ。仲間の幸せを優先する」
やはり信頼できる性格をしている。俺はジジイに酒を注ぐ。
「仲間の幸せか。だったら分かるだろ? 俺たちモンスターは戦いが終わったら、町にとって要らない存在になる。全員の幸せを考えるなら、どこかで区切りを付けなきゃいけない。未来に不安をかかえたまま、信念もなしに戦い続けるなんて幸せじゃないに決まってる。お前や剣士のような戦闘狂ばかりじゃないんだ」
「俺たちが人間に好かれてないのは分かってるさ。だが俺は人間の町が好きなんだ。食い物はうまいし、酒も好きだし、ベッドも気持ちいいし、格闘も好きだ。今の状態に満足してる。みんなだってそうさ。戦いが好きじゃない奴も危険を承知で今の生活を選んでるんだ。急には変われん」
「俺が思うに、ガノとパインツ、今の均衡状態は長く続かない。めちゃくちゃな戦争になるか、やんわり和平に向かうかは分からないが、もう限界が来ている。両方の町ともモンスターが増えすぎてるんだ。人間は基本的にモンスターを恐れているから、これ以上モンスターを増やすことはしない。制御できなくなっちまうからな。だから、どこかで決着をつけるしかないんだ」
「……俺には難しい話は分からん。ただ〝めちゃくちゃな戦争〟とやらになったら、ドワーフで喜ぶのは確かに俺くらいだ。そうか、
「そうか、じゃあ〝恋〟の話でもするか? お前〝恋〟が分かるか? 俺は何の因果か人間の女を欲してしまってな……」
「ほう! 打算ドラゴン様が人間に恋とな!? 酒の肴としてはゲテモノだが、悪くねえ」
なんにせよ話はできた。俺の誘いに乗ってくれるかは五分というところか。奴の一存で決まるならうまくいきそうだが、大将という立場はそういうわけにもいかないのはよく知っている。
俺たちモンスターが人間とうまくやっていけるのは、敵がいるからだ。敵がいなくなった時人間がどう行動するのかは分からない。ただ、ドワーフのジジイが言っていたように人間の文化にはいろいろな快感があり、今や俺たちにとってそれは手放しがたいものとなってしまっている。食事や寝床、競技や賭け事は全員が恩恵を受けている。
だが一番の快楽は、出世だ。人間の社会には明確な階級があり、社会に貢献すればするほど地位が上がる。要は敵をぶっ倒せばぶっ倒すほど、周囲からもてはやされ、生活もよくなるのだから得も言えぬ高揚感がある。俺も以前はこのシステムにハメられ気持ちよくなってしまっていた。人間ならそれでもいいのだろうが、俺たちはモンスター、人間の気分次第でどうとでもなってしまう。俺が剣士連中に疎外されたように。
とにもかくにもドワーフと約束したからにはドラゴンの奴らをおとなしくせねば。
よし、ササっと隊長のガキをさらってくるか。
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