第27話 次の仕事と次の恋

 チンジャオたちモンスター軍団はジムの外に追い出された。ジムにはトレーニングをしている客もいる。モンスターは明らかに場違いなので当然だ。


 私がここへ来たかったのはもちろん〝動力の樹〟について聞きたかったからという訳じゃない。バヌーシュに試合に負けたということをちゃんと伝えたかったからだ。真剣勝負だったのだから。

「あのまま試合を続けていたら私の負けだった。それをどうしても言いたくて」

「あー? そりゃ君はボクシング経験が全然ないだろ? それにしちゃ強かったぜ? 一番下のあばらが多分いっちゃってるよ。まあ、股間のダメージほどじゃないけどな」

 思わずフフフという笑いが漏れる。

「おいおい、笑い事じゃねーぜ? ものすごい血尿出たんだぞ血尿」

「私、実は治癒師なんだ。治癒してあげようか?」

「ハハ勘弁してくれ。お前に股間任せるのは怖すぎるよ」


 彼のあばらに『ヒール治癒』をかける。

「へー痛みが少し引いたよ。便利なもんだな魔法ってのは」


「で、なんで私がボクシング経験がないって分かるの? パンチには結構自信あったんだけど」

「そりゃあ、『一撃で仕留めてやるぜ?』ってパンチばっかりだからだ。他にも色々あるが……、面倒くせえな、説明するからリングに上がってくれ」


 四角くロープを張ったリングに上がる。

「構えてみろ」

 構えるがこれで何が分かるというのだ。

「逆なんだよ。君は左利きだろ? ボクシングじゃ利き腕は後ろ、逆が前、これが基本の構えだ。こんな感じで、利き手と反対の手で距離を測ったり、タイミングを計ったりしながら、隙を見て大きいパンチをぶち込む」

 バヌーシュは前後左右と軽やかに動きながら、ジャブを繰り出す。流れるような動き、これはなんというか、素直にかっこいい。

「君は、ジャブからして体重のせまくってるから、バレちゃうよ?」

 私は基本的に、殴ったらそのままつかんで、こかして、上に乗って、ボコる。というのが普通の動作だ。距離は縮まれば縮まるほどいい。拳は痛めやすいため牽制にパンチを使うという戦法は実戦ではなかなか使えそうにないが、知識は何かの役に立つかもしれない。実際、試合で使用した手首を固めるあの皮はすぐにでも使えそうだ。


 バヌーシュに簡単なボクシングの動きを教わり、ベンチに腰掛ける。

「ふー、うちのジムに入会すれば、もっと色々なことを教えられるぞー?」

「いいね。でも私この町の人じゃないから。仕事で来てるんだ」

「そうなんだ? こんな町に何しに来たの?」

「この町とガノの町が争ってる原因の調査なの。なんか〝動力の樹〟を巡って争ってるってね」

「あーそうだね。あんなの1本ありゃ十分だと思うけどね俺は。それより、ガノの町に行けないほうがつれーよ。感謝祭行きたかったのにさー?」

「あ、それ私行ったよ。楽しかった」

「俺もよく行ってたんだよ。今はえれー遠回りしなきゃならない。早く降参しちゃえばいいのになあ、ガノの奴ら」

 そこは勝ちたいんだ。


「ふーん。じゃあ、この町でおいしいものって何?」

「あ? それも仕事の話なのか?」

「違うよ、単純に聞きたいだけ。別に仕事なんてどうでもいいよ。私は楽しみたいから」

「いいご身分だな。この町の名物で、おいしいものはソバかなあ? 灰色の麺料理だ」

「あ、それなら食べたよ。とってもおいしかった」

「じゃああとはなんだろうな? 食べ物じゃないが、君にとって楽しいのはドワーフの闘技場、じゃないかな?」

「何それ」

「ドワーフ連中がやってる格闘技のイベントだ。ボクシングと違ってなんでもありだから君向きじゃない? どうせ君はそっちの方が得意だろ?」

「まあそうだけど」 

「俺ももっと若いころ出たことがあるんだが、失神したり骨折れちゃったりするから嫌なんだよね。ドワーフの連中、体が異様にかてえし」

 この町は戦力増強のため、ボクシング以外にも格闘技や剣術のイベントが催されているらしい。

「ふーん。どうせ暇だし行ってみようかなあ」

「お、そろそろ仕事に戻らねえと」

 そういえば私もみんなを外で待たせているんだった。

 でも、これだけは聞いておかねば。


「あ、あのさ……、バヌーシュは誰かと結婚とか婚約ってしてるの?」

「あ? してないが?」

「そ、そうなんだ、じゃあまた来るね」

「おう、スパーの相手でもしてくれや」


 なんだろう。胸の高鳴りとは違う、心が温かくなるような感覚がある。こんなことは今までになかった。私が本当の姿を出せた初めての男の人だ。私は今まで、筋肉や格闘術のことを隠して男の人と接してきた。でも、彼は違う。ありのままを受け止めてくれた。もし、彼と一緒なら私は隠れて筋トレをする必要もないし、体を動かしたくなったら、いつでも付き合ってもらえる。なにより、私のパンチが止められたのはクソジジイ以来ではないか。強い人は、好きだ。出会いこそあんな形だったが、金的から始まる恋があってもいいじゃないか。

 ……いやいや、でも彼の気持ちもあるし、私もそんなチョロい女ではない。この町には意地でもしばらく滞在しよう。私たちはもっとお互いを知るべきだ。




 チンジャオとゴブちゃんと私は、3人で宿を探しながら町をぶらついている。トカゲは用があるとかでどこかへ行ったらしい。

「シャトー、俺ちょっと思ったんだけどさ、動力の樹の事なんか別にまだ調べなくてもいいと思うんだよね。トカさんはああ言ってるけど、もしかしたら次の仕事ミッションは全然違う物かもしれないし。1回町に戻らない? もう十分仕事ミッションはクリアしてるしさ」

「まだいようよ。もう少しこの町の事調べないと」

「はあ? なんでいきなりやる気だしてんだよ」

「1人で帰ればいいじゃん。私は引き続き調査を続けてるから」

「チッ」

 仲間を置いて帰れるわけないだろとかなんとかぶつくさ言っている。どうせ怖いからだ。チンジャオもあれだけ魔法が使えるんだからそんなに弱いわけじゃない。1人で帰ればいいのに。


 しかしチンジャオがいるとなると困った。ぶらぶらしているわけにもいかないから、仕事をせざるを得ない。でも、動力の樹うんぬんというのは心底どうでもいい。あんなもの町中全員が体を鍛えればもともと必要ないのだ。


「動力の樹を手に入れるには、まずは町の戦力を測るべきだと思うんだよね。だからドワーフって人たちのところへ行ってみようよ」

 テキトーに言っただけだが、我ながら一理あるなと思った。

「なんだそのドワーフって。それが凶暴な奴らだったらどうするんだよ。大体俺の話聞いてた? これ以上は仕事ミッションに決まってからでもいいだろ」

「チンジャオはどうしたいのさ。言われた仕事だけをしたいの? 町のためになることをしたいの?」

「は? な、何なんだよ。俺は指導者リーダーなんだ。自分の好き勝手に動くわけにはいかないんだよ。パーティのことも考えなきゃいけないし、もちろん町全体のことも考えている。町のために言われた仕事をするのは当たり前だし、それ以上のことは慎重に判断しなきゃいけないんだよ指導者リーダーは。お気楽な治癒師ヒーラーとは違うんだよ」

「お気楽な私でも町のために何かしたいと思ってる。トカちゃんが言ってるんだよ。やって損はないでしょ」

 いい加減この男の喋り方にも慣れてきたし、「町へ帰るのは命令だ!」などと鼻息を荒くされでもしたら困る。何とかプライドに訴えたい。




 次の日、チンジャオはぶつぶつ言っていたが、結局ゴブちゃんと3人でドワーフの闘技場まできた。

 なんとなく薄暗くて違法な感じの場所を想像していたが、大きく立派な建物がドーンとある。周りには明らかにドワーフと思しき人たちがいる。ドワーフなんて初めて見たが、容姿はやたらごつくて小さいおじいちゃんという感じだ。私を育てたクソジジイをぎゅっと縮めたらこうなる気がする。人間型だし話もできそうだ。

 建物に入る。中もとてもきれいだ。きっと儲かっているのだろう。

「すいません参加したいんですけど」

「ちょ! はあ!? 頭おかしいの? まず話聞けよ」

 こんなのやってみないと分かるわけがない。


「申し訳ないねえ。今はトーナメント準備のため休みなんだよ」

 受付のドワーフが言う。全員がマッチョおじいちゃんなせいで全く区別が付かない。

「トーナメントはいつからですか? 今から参加できる?」

「おい! 勝手なことするな!」


 ドワーフが何人か集まってきて、何やら話し込んでいる。ひょっとして人間がここに来るのは珍しいのだろうか、こっちをちらちらと見てくる。

「調べるからちょっとそこで座って待っててくれ」


 結局、長い時間待たせた割に、「空きがない」という回答だった。がっかりだ。こんなきれいな会場で格闘技のトーナメントが開催されるのに参加できないなんて。

 それよりまずいのはこれじゃやることがない。チンジャオが帰ろう帰ろうと騒ぐに違いない。トカゲにこの町にとどまるべき理由を作ってもらおう。万が一町から別の仕事が割り当てられたらバヌーシュと会えなくなってしまう。




 夜、トカちゃんと会うと、私の説得もむなしくこの町で私たちにできることはないようだった。それを聞いたチンジャオは予想通り「町へ帰る帰る」とわめきたて、それが決定した。そしてトカちゃんはしばらく別行動をとると言った。私たちに「また連絡する」と言っていたが、どうやって連絡するというのだ。次に落ち合う方法などロクに決めないまま私たちは別れることになった。

 それにしてもトカゲは、私に告白しておいて離ればなれになることをなんとも思わないなんて、薄情な奴だ。もう二度と会えないかもしれないのに。

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