第26話 争いと樹

 好き好んで殴り合いをする者は、我々ドラゴンにも少なくない。だがそいつらは例外なくバカだ。シャトーはその美しさに似合わずどうやら殴り合いが好きらしい。知らない町に来てすぐに、わけの分からない殴り合いイベントに参加するなんてどうかしている。ただ人間は競技が好きだから、シャトーの場合も殴り合いというより単に競技が好きなだけなのかもしれないが……ずいぶんと楽しそうに男と殴り合いをしている。

 チンジャオはあきれた様子で見ている。


「ねえトカさん、シャトー結構相手に押されてない? 実はそんなに大したことないの?」

「いや、あれは相手がうまい。いいパンチは1発も当てられていない。シャトーのパンチはまともにもらったら地獄だぞ。それより、チンジャオもああいう競技をやりたい時があるのか?」

「まさか。知らない町に来ていきなりあんな殴り合いやるなんて完全に頭おかしいだろ。脳が筋肉に乗っ取られてるよ」

 やはりそう思うのか。


 しかし、競技とはいえシャトーを殴るなんて、ちょっとムカムカしてきた。シャトーも偶然を装って頭突きをかましてやればいいのに。


 な! 今、あの野郎シャトーの股間を触りやがった! 許せない。人間の基準に照らしても女性器を触るなんて許してはいけないはず!

「チンジャオ爆発魔法できたよな。3,2,1でやるぞ。詠唱の準備はいいか? いくぞ。3……」

「ちょ、ちょちょ! ちょっとなんだよ急に!」

「シャトーが辱めを受けたんだから、あの男は木っ端みじんにすべきだろ。ついでにクスクス笑った客も爆破だ」

「そんなめちゃくちゃな……。そんなことしたら町にいられないよ。あ! ほら、反撃するみたいだぞ」


 その後シャトーは見事に男の股間にパンチをめり込ませ、勝利を収めた。にもかかわらず試合はシャトーの反則負けらしく、場の怒りがシャトーに向きそうだったので、俺たちはそそくさと逃げることとなった。




 大通りは異種族が触れ合っているのが目立つため、路地裏のスラムのような通りに入り、露店で飯を食べる。

「困るよシャトー、いきなりあんなもめ事を起こしてさ。俺たちはこれからこの町で仕事するんだぞ。遊びに来たわけでも、ましてや殴り合いに来たわけでもない。パーティの一員として自覚を持って行動してくれないと」

「ごめん、でも向こうが先に反則したから」

「だからって、あんな思い切り股間殴るなんて、見てるだけで寒気が走ったぞ。俺ですらあのバヌーシュって奴に同情したよ。そもそもが、あんなイベントにいきなり参加するなんてどうかしている。殴り合いなんてやって何になるって――」

「はいはい、どーもすいあせんしたー」

「チッ」

 明らかに反省していないシャトーにチンジャオはいら立っているようだ。せっかく飯を食っているんだ。雰囲気を変えたい。


「チンジャオ、お前の仕事はもう終わってるんだろ? どうだ、先手を打って次の仕事をやるってのは」

「次の? 俺たちの町から出る次の仕事ってことか? なんでそれがトカさんに分かるんだ?」

「別に分かるわけじゃなくただの予想だが、おそらく次の仕事は『〝樹〟を奪取する方法を探せ』だ」


 ガノとパインツは、両者の町の間に見つかった、若い〝動力の樹〟を巡ってもう何年も争っている。動力を蓄え取り出すことのできるこの樹は町の中心だ。動力をうまく運用すれば土木、建築、工業、農業とあらゆる面で効率を大幅に上げることができ、それは町の力に直結する。ガノもパインツも樹は大きいものが1本あるのみ、もう1本あれば町の力は倍だ。

 シャトーを尾行した際に彼女の町の樹を見たが、小さいものだった。冒険者の制度を作り、色々な町に派遣していることを考えると、あの町はもっと勢力を伸ばしたいと考えているはず。樹がもう1本あればそのスピードは飛躍的に増すだろう。


「〝動力の樹〟ならうちの町にもあるし、わざわざ狙うかね」

「チンジャオ、仕事は誰が出しているんだ?」

「町の役員から出されるよ」

「それが不思議なんだ。その町の役員とやらは俺の事や、ガーゴイルの谷の事、ガノの事を一体どうやって知ったんだ? お前らの町の冒険者はお世辞にも優秀とは言えない。俺が住んでいた洞窟にたどり着くまであんなに時間がかかった上に、戦闘技術も大したことない。その割に周囲の様子をよく知っていることを考えると、おそらく相当有能な者を偵察に充てているぞ。通信の魔法もそうだ。あの田舎町のレベルを超えて高度化されている。『これからどんどん拡大するぜ』って言わんばかりだ。何か狙いがあるんだろう?」

 チンジャオはチラッとシャトーの方を見る。どうやら聞かれたくないようだ。


 彼女は麺料理を頬張りながら、ゴブリンに箸の使い方を教えている。なんだか少しほほえましい光景だ。

「俺も詳しくは知らないが、確かに町は色々と野心を持っているようだ。俺たち指導者リーダーにしか知らされないことはある。通信魔法も指導者リーダー以外に教えることは禁じられていて、仕事ミッションの内容もメンバーに伏せる部分もあるんだ。でも、俺が言われているのはそんな大したことじゃない。まあ、仮に町が動力の樹を望んだとしても、ガノやこの町の大きさを考えると、うちの町じゃどうこうできないよ」

「ああ、単純な争いなら話にならんだろう。だが両者が争っているのは、樹を含めた土地の領有権だ。樹木の移植ってのは結構な確率で失敗するし、樹は他の樹と離れた場所にあるのが理想だから、両者の町にとっても今の場所がちょうどいいんだ。争いが長引いているのがその証拠だよ。樹が成長したら移植できなくなるから、本来ならこんなにチンタラ争ってられないんだよ。つまり第三者が〝かすめ取る〟ならほんのわずかながら可能性はある」


 麺を食べ終わったシャトーが、明らかにつまらないといった表情でこちらを見ている。

 そうだ、こっちはこっちでうまくやらないといけない。シャトーに嫌われまくってしまっては、他の何が完璧にうまくいこうが意味がないのだ。


「じゃあまずその樹の事を調べるか。でもとっかかりがないなあ」


「私にいい考えがあるよ」

 シャトーが急に入ってきた。絶対今の話を何も聞いていなかったのに、いい考えあるなんて、悪い予感しかしない。

「なんだよいい考えって、採用するかは俺が判断するからな」

「まあ、どっちにしても少し時間が必要だから、デザートでもゆっくり食べようよ」




 シャトーは深々と頭を下げる。

「ゴメンなさい」

 ここはバヌーシュとやらが働く施設〝ジム〟。ボクシングやランニング、重量挙げ、縄跳び、ボール遊びなど人間が好む競技を教える場所らしい。こんな商売が成り立つなんてこの町の人間はよっぽど暇らしい。ほとぼりが冷めたころ、試合の運営者にバヌーシュの居所を聞きやってきたのだ。

「試合の時、足を踏んじゃったのは、私の反則だよね。どうしてもそれを謝りたくて」

 シャトー以外の全員が「そっちかよ」と心の中でつぶやいたに違いない。彼女の中では、股間の件はあおいこなのだ。

「それを言いに来たの? まあ……もう別にいいよ。俺もちょっと調子に乗っちゃったから」

 そうだ。ふざけてシャトーの股間を触ったことはやっぱりムカついてきた。

「それよりそのモンスターたち何? 超怖いんだけど?」



 

 クソったれ。俺とメスゴブリンとついでにチンジャオも追い出された。やっぱりシャトーのいいアイディアはロクな物じゃなかった。だが、今のところ他にとっかかりはない。樹を手に入れるためにはこういう風に飛び込んで行くしかないのかもしれない。

 俺もわざわざかつての敵の町まできたんだ。なりふり構っていられないな。

「チンジャオ、俺はこの町の関係者のところへ行ってくる。俺は一昔前まで敵だったから、危ないかもしれないが来るか?」

「え、え!? 危ないの? じゃあどうしよっかな……でもここにいるのもな……。リンちゃんどうする?」

 チンジャオがジェスチャーを交えながら聞くと、メスゴブリンはシャトーがいる方を指さす。

「しょうがない。俺たちは残るよ」

「分かった。じゃあ夜に落ち合おう。場所はさっきの飯屋の……」


 さて、どうするか……。まずはドラゴンや俺に対する敵意がどれほどのものか調べて、この町における戦闘部隊の力関係を頭に入れてから…………。いや、そんなまどろっこしいことをしていては目的は達成できないな。

 俺が今やるべきことは1つ。〝樹〟を奪うこと。そのために、最短距離を最速で進むのだ。今すぐドワーフのところへ行こう。

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