第25話 新たな仕事と殴り合い
私たちパーティはもうそろそろ次の仕事を行う〝パインツ〟に着く。
いや、もうパーティという言い方はやめよう。パッと見は冒険者とは誰も思わないだろう。どう考えても謎の人外集団、いやもうシンプルに〝盗賊〟の方がしっくりくる顔ぶれだ。
自称ドラゴンのトカゲ型モンスターに、新たに加わったゴブリンのメス。そしてそれらモンスター達と並ぶことにより、ゴブリンや泥猿に見えてくる性格の悪い小男。私がいるとはいえもう言い逃れできないモンスター集団だ。
新加入のゴブリンはなぜか私の後ろをニコニコしながらついて来ている。こんなのは情が移らないうちに捨てたほうがいいに決まっている。だが指導者であるチンジャオが彼女に対してよからぬ欲望を抱いてしまったようだ。本人はあくまで博愛精神に基づく保護のつもりだというが、彼女を見る顔のキモさがそれを全否定している。
なぜトカゲもいるかというと、パインツまでの道を知っているからだ。パインツとガノは紛争中のため、大きく迂回する必要があるらしく、もう何日も道なき道を進んできた。チンジャオはきつそうにしていたが、カッコつけたがりなので、なんとか気張っている。
「次の
「トカちゃんは、ガノの兵士だったわけでしょ? 敵の町に行って大丈夫なの?」
「普通に考えたら大丈夫じゃないだろうな。だが、今のドラゴン隊の隊長は俺じゃない。俺はもう何年も戦ってないわけだから敵と認識されないかもしれん」
普通の人間にトカゲの区別なんてつかないと思うが。
「ゴブちゃんは行っていいの? 町にすでにメスのゴブリンがいたらまずいんでしょ?」
「パインツにゴブリンはいないと思う。いたらオスは戦闘員をやってるだろうからな」
「シャトー、ゴブちゃんってなんだよ! なんか失礼だろ! せめて『リンちゃん』とかにしろよ!」
でたよ。
「ねえゴブちゃん、リンちゃんっておじさんから言われるのは気持ち悪いよね? 『ゴブちゃん』でいいよね?」
ゴブちゃんは私の服をつかみにっこりとほほ笑む。ほらみろ。……まあ言葉が分かっているのかは怪しいが。
「さあそろそろ着くぞ」
目の前には広大な町が広がる。建物や町並みはガノの町の方が洗練されているが、この町はとても活気がある。人や荷車が往来し土埃はひどいが、歩く人々の表情はどこか楽しげだ。それに何者かよくわからない人型モンスターが我が物顔で歩いている。
「トカちゃん、あのモンスター何? あの人間とエビの中間みたいなの」
「あれは『エビ』だな。エビっぽいからそう呼んでた」
「あははは。まんまじゃん」
私たちパーティもトカゲをはじめ結構ハデなメンツのはずだが、この町ではあまり目立たないようだ。誰もじろじろ見るようなことはしない。ガノの町もそうだったが、異種族との交流が盛んなのだ。どちらの町が先か分からないが、争いのためにモンスターの力を借りるうちに、色々な種族を仲間に引き入れることになったのだろう。
「さあ! そろそろ受付締めきるよー! チャンピオンに勝ったら賞金だよ!」
広場で何やらイベントを行っており、人だかりができている。
「さあさあ! おいで! 賞金目指してレッツファイト!」
よし、よくわからないが行くしかない。盛り上がっているし賞金ももらえるようだ。
「チンジャオ、賞金だって。ちょっと私行ってくるよ」
「え? マジで? 何するのかも分からないじゃん。危ないだろ。もうちょっとこの町の様子見てからにしろよ」
「いいでしょ。町のことを知るにはこういうの参加しなきゃ。やばかったらやめとくからさ」
芝生の地面にロープが四角く張ってある。どういう形式か分からないが、体を使ったバトルではないだろうか。体がうずうずする。こんな遠くの町なら、私が暴力を振るっても誰かに見られることもない。治癒師だってたまには体を動かしたい。
事務局のテントに入ってみると、歯のほとんどない小汚いおっさんに歓迎された。
「まさか君がシャトーさん? 女か! こりゃ珍しい! でも大きいし強そうだ。君なら戦えるかもねえ。いやあでもよかったよ。実はチャンピオン強すぎて最近挑戦者がいなくってさあ、挑戦してくれるだけでありがたいよ。ボクシングの経験はどのくらいある?」
〝ボクシング〟は私を育てたクソジジイから聞かされたことがある。拳だけで戦う競技だというが、やったことはない。アシスタントにグローブを付けられながら、簡単なルール説明を受ける。
基本的なルールは3つ。皮のグローブを付けた拳の〝突き〟のみで戦う。肘はもちろん、掌打や裏拳も使えない。
次に、攻撃していい範囲は腰骨から上の前面と側面のみ。背中や後頭部を殴ってはいけない。
そして、勝敗は降参するか、倒れてから10秒以内に立てなかったら負け。非常にシンプルでよい。
今手首にまかれている硬い布は、手首を固定するためのものだ。この状態で殴れば手首がぶれない分、パンチの威力はかなり増す。グローブを付けているため外傷は減り、頭や体への衝撃は変わらないというわけだ。純粋に殴り合いの勝負になる。こんな楽しそうなイベントを道端でやってるなんて、大きい町はすごい。
「さあ、お前らお待ちかね、メーンイベントの時間だぞ! 今日の挑戦者はなんと! 若い
名前を紹介されたので、段取り通り、砂袋を殴るパフォーマンスを行う。ここでのパンチ力を見て、客が賭ける方を決めるらしい。
「おお…… すげえパンチ。これはやるんじゃないか?」
「ああいう大振りは当たらねーだろ」
「いや、チャンピオンも女だから舐めてかかるかも」
客が好き勝手言ってやがる。やるからには男も女も関係ない。
「迎え撃つのは! 彗星のごとく現れ、ここ数ヶ月で並み居る強敵をなぎ倒してきた無敗のチャンピオン……戦いの神に愛されし無敵の王者!
バヌーシュゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
仕切りの仰々しい呼び声の後、チャンピオンのバヌーシュとやらが出てくる。声援がすごい。
身長は私より若干高く、引き締まった体をしている。砂袋を殴るパフォーマンスからもかなりデキるのは分かる。顔は濃く、かっこいい部類に……いや、かなりかっこいい部類に入るだろう。明らかに賭けなどやらなそうな女の観客が多いのもうなづける。だが戦う以上そんなことは関係ない。
「ではゴングの音が鳴ったら、開始だ! いいな? じゃあ始めるぞ!」
ゴングが鳴った。
まずは手始めに軽く左のパンチを当てに行く。だが、グローブで弾かれる。なるほどグローブはこういう使い方もできるのか。相手の顔はうっすら笑っておりムカつく。舐めてやがるんだ。
相手の左パンチを数発受ける。速いジャブだ。威力はないが予備動作が見えないし的確だ。ただ、次にそのパンチを打った時がお前の最後だ。
次のジャブに、自分から額をぶつける。そして同時に左のオーバーハンドパンチを繰り出す。
しかし、大きくステップしてかわされる。速い。そのあとのパンチも上体や首をそらしかわされる。完全に読まれている。体を動かすスピードが異常だ。
こうなったらボディしかない。渾身の左ボディを繰り出すも畳んだ腕でガードされる。クソっ。角度を変えてもう1発――
側頭部に強い衝撃、相手の強い左のフックが私の側頭部を貫く。
ちくしょう、ガードは下げてなかったつもりなのに。
その後はまた相手の細かいジャブの雨、近づけない。攻めあぐねているうちにゴングがなった。1分間の小休止だ。
「ふー、ねえ! みんな俺に賭けてくれた? もう次のラウンドで決めちゃうよー?」
女の客に手を振っている。そんなことより息が全く上がっていない。なんて奴だ。
次のゴングが鳴る。
やはり相手のジャブが邪魔で近寄れない。無理に突っ込むと、強いパンチが来る。
くそう、蹴りたい、投げたい、タックルしたい、へし折りたい。
腕を畳んで相手の懐に潜り込み、左手で相手の胴をつかみ、ボディを殴る。
硬い。さすがに鍛えてやがる。
もう1発ボディ、と見せかけて上!
しかし軽やかなステップでかわされる。
「ふー、すげえパンチだ、ほんとに女かよ」
その言葉とは違い、ヘラヘラと笑ってやがる。相手の顔はきれいなままだ。こっちのパンチはほとんど顔に当てられてないので当然だ。私はと言えば女の子なのに結構顔にもらってしまっている。この程度、『
悔しいが細かいパンチと、避ける技術、そしてカウンターの精度は私より数段上だ。手首を固めているため、手首を曲げて相手のパンチを引っかけ、体勢を崩させるといったこともできない。ボディも密着しすぎて威力がでないが、中間距離でのパンチは捌かれる。ばれないように頭をぶつけるとか、そういう戦法ばかり頭に浮かんでくるほど、正攻法ではつけ入る隙が見当たらない。
「ほらほら、近づかなきゃお腹殴れないよー?」
そう言って、またジャブを打ってくる。くだらない煽りには乗らない。だが、あいつの言う通り、近づいて腹を殴るしかない。体ごとぶつけてフットワークを殺す。そして腹を嫌がりガードが下がったところで、顔面にとびっきりの一撃を入れてやる。
相手の肩に引っかけるようにフックを放ち、懐へもぐる。そして密着状態で――
直後、脳が揺れる。私が突っ込んだのに合わせ、相手のアッパーが私のアゴを捉えたのだ。クソ、迂闊だった。だめだ倒れてしまう。平衡感覚が完全に狂っている。私は両腕で相手の胴をつかむ。
「はい離れて! 離れて!」
審判が私をはがす。だめだ今殴られたら倒れる。仕方ない。私はすぐに、もう一度相手の胴をつかみにいく。
「おいおい、女の子に抱きつかれるのは嫌いじゃねーが、これじゃ試合にならねーよ?」
私は抱きついたままボディを殴る。これならいいだろう。
「おぅっ! いいパンチじゃねーか。本当に女かよ。タマ付いてるんじゃねーの?」
そういって相手は私の股間を触る。
私はたまらず離れる。不埒な……!
観客からクスクスという笑いが漏れる。
相手は審判に注意されている。だがその審判も薄ら笑いを浮かべている。もう許さない。腰骨より下への攻撃は反則だったんじゃないのか。
「いくら俺が好きでも、もう抱きつくのはやめてくれよー?」
そう言ってまた得意げに高速ジャブを放ってくるが、明らかにさっきより、踏み込んでいる。先ほどのアッパーが私に効いているのが分かっているのだ。隙を見て一気に大きいパンチを放り込んでくる気だろう。
やるしかない。私には〝貯金〟が1つあるんだ。見てやがれ……
相手のジャブに合わせ、体を低くし、相手の足を踏んづける!
そしてここだ! 股間目がけ渾身の右のアッパー!
相手は魂の抜けた表情で一瞬停止した後、球体にでもなるかのように地面で丸くうずくまる。
ざまあみろ、と言いたいところだが、股間に皮のパットか何かを入れてやがったな。感触が違った。私はそんな物入れてない股間をまさぐられたというのに。
「ひでえ……」
「めちゃくちゃだ……」
「反則だよ……」
客の男どもが口々に漏らしている。何を言っているんだ。先に股間を触ったのはあっちだぞ。
「地獄だよあれ……」
「足も踏んでなかった?」
「やりすぎだ……」
「あぁ!? 先に触ってきたのはこいつでしょ! 文句ある奴はリングに上がってきなよ! 全員ぶっ殺してやるから! 今言ったのお前か!? んん!?」
審判がゴングを連打する。
「終わりだ! シャトーの反則負け! 今日はもう仕舞いだ!」
チャンピオンがうずくまったまま運ばれていく。客が私を見る目が冷たい。ふむ、これはまずったか?
客から離れた場所でチンジャオが逃げながら手招きをしている。表情は怒りに満ちている。仕事でこの町に来たんだから、確かに無用なトラブルは避けたい。
仕方ない。観客に弁解しよう。
「ご、ごめんなさい! わざとじゃないんですぅ! 当たっちゃったんですぅ!」
さっき叫んだ内容と完璧なまでに辻褄が合わないが、女の子だしなんとか大丈夫だろう。私はグローブを脱ぎ捨てると、チンジャオたちが去った方向へ逃げた。
しかし悔しい、完璧に押されていた。金的貯金がなければ私の負けは明らかだった。パンチだけの勝負とはいえ、力負けしたのはいつぶりだろうか。広い世界にはまだまだ強い人がいる、色々な人がいるのだ。
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