第24話 決闘と保護

 トカちゃんはブルストの頭を尻尾ではたく。それにしても「何も悪いことはしてない」とは大きく出たな。

「良いか悪いかなんて聞いてないんだよ殺すぞ。うまく話せないなら、俺が質問してやるから答えろ。では聞くぞ。ゴブリンとつるんで何をしようとしていた?」


「……それは、その……女を……女を調達しようとしてた」

「どんな女だ?」

「だからそれは……人間に近いモンスターの……でも女というかただのメスっていうか……」

「何のためだ?」

「そ、そんなこと別に関係――ぎゃあああ!!」

 トカちゃんがブルストを蹴る。普段はこんなに容赦ないんだなこのトカゲ。

「早く話せ」

「分かったよ! だから! それは! それは…… その…… ヤるためっていうか…… ヤるためだよ! だからってなんだよ! 別に悪い事してないだろ! 何も悪くない! 何の法律も破ってない! なんだよみんなして! 何にも悪いことしてねえ!」

「ゴブリンからメスを買ってたんだな」

「そうだよ! だからって何の問題もねえだろうが! なんの法律を破ったか言ってみろよ!」

「じゃあゴブリンにシャトーを襲わせたのは悪い事じゃないのか? 法的に問題ないか?」

「それは…… その…… 仲間から言われたから仕方なく、っていうか……」

 モンスターに私を襲わせたことは許せないが、それを言ったら、トカゲがブルストを痛めつけている今も結構アウトだと思うんだが……。


「つまり、お前は悪いことをたくさんした。この町の法律など知らないが、合計ポイントでお前は死刑だ。ってことでいいよな? な?」

「ちょ、ちょっとトカちゃん、それはいくら何でも……」

 やりすぎ……と、思えないのが正直なところだ。モンスターとはいえ女の子を欲望のために利用するというのはやはり絶対に許せない。


「殺すのは勘弁してやってくれ。一応俺の幼馴染なんだ」

 ずっと黙っていたチンジャオが口を開いた。

指導者リーダーとして、町の決まりにのっとって処分は進めるよ。ただブルスト、1つだけ約束してくれ。俺はお前を除隊させるが、納得しろよ」

 ブルストはまだ地面に座ったままだが、表情は明らかにいら立っている。

「……俺は何もしてない。モンスターのメス買ったからって何の罪になるんだ……悪い事なんて何もしてない……。ゴブリンがシャトーを襲ったのも仲間の伝言を伝えただけだ、俺のせいじゃない……! 隊も抜けない! 抜けてたまるか! チン、お前みたいな弱虫がそんな成果上げられるわけねえだろ! どうせ汚え手を使ってんだろ。大体このデカブツモンスターはなんだよ。金で雇った用心棒か? こいつ使って汚えことしてるんだろ? 俺も混ぜろよ。俺は自由に生きたいんだよ。お前みたいな弱っちい奴だけじゃこの先辛いだろ? いつもはママがやってくれてるんだろ? いつもピーピー泣いてママに頼ってたもんな。弱虫のチンカスが!」


「いつの話をしてるんだよ……。確かに俺は弱虫だった。よくいじめられてお前に助けてもらったよな。でも一番いじめてきたのもお前だった。お前は弱虫が好きなんだよ。自分の思い通りにできるから。だからちょっとでも俺が弱くなくなると、仲間を引き連れて俺をいじめたんだろ。弱虫で泣き虫のチンジャオに戻すためにさ。でも俺は努力した。もうお前より強いよ」

 チンジャオがいつになく真剣だ。こめかみに指を当て、あふれ出る感情を抑えるように言葉を絞り出している。

「正直に言うよ。うちの親はお前の親に頭が上がらない。だから俺はお前を除隊させられない。だから頼むから、お前から、ことにしてくれ。例えば、今ここで俺とお前が戦って、俺が勝ったら除隊してくれるか? 弱虫を倒すなんてわけないだろ?」

「は? 俺が勝ったらどうするんだよ?」

「今日のことは全部見なかったことにするし、俺の隊は好きにしていい」


 は? お前の隊の正式メンバー私だけなんだけど。何が好きにしていいだよ。……でも……これはちょっと面白い。互いの人生をかけた決闘なんてなかなか見られるものじゃない。

「いいんだな。男に二言はねえぞ」

「ああ、もちろんだ。あと、これも使えよ」

 チンジャオは自分の剣をブルストに投げる。

「剣のない戦士ウォリアーなんて何もできないだろ」

「ははは助かるよ」

 ブルストは剣を手に取り立ち上がる。その表情は笑みをこらえているように見える。悪事がバレ、窮地に追い込まれた彼にしてみれば破格の条件というわけだ。

 それにしても、決闘とは。チンジャオにこんな男くさい事ができるとは思わなかった。それほど昔からの恨みつらみが募っているのだろう。チンジャオの話が本当なら、小さい頃から続くブルストの影からようやく逃れたのに、同じパーティとして入ってきてしまった。ここで断ち切りたいに違いない。

 正直言ってチンジャオを見直した。決闘はいい。やはりなんだかんだ言って、人間は話すより戦う方が分かり合える。なんだかすごくわくわくしてきた。


「シャトー、合図くれ」

 チンジャオが言う。

「チン、恨むなよ」

「ブル、お前もな」


「じゃあいくよ、3…… 2…… 1…… 始め!」


 一気に駆け寄るブルスト。

 チンジャオはナイフを持っているが、ブルストにとって脅威は魔術だけだ。それを彼も分かっているから詠唱の時間を与えないつもりなのだ。

 しかしチンジャオは、逃げない。しかも表情はいつものキメ顔だ。

「死ねクソ野郎……『ライトニング雷光!!』」

 バリバリという轟音と共にブルストに光が突き刺さる。ブルストは地面に突っ伏し動かない。

「死ね! 死ねっ! このゴミカス! そのまま死ねよクソが! 何がチンカスだよクソゴミッ! 弱っ! よっわ! 低脳なうえに弱いとか生きてる価値ないだろ! 死ねば? 死んだ方がいいんじゃない?」


 あれ……なんか想像してた決闘と違うな……。もっとこう2人の歴史や思いが剣と共に交差するドラマチックな戦いを期待していたのに……。もう動かない相手に対して口汚く罵り続けてるし。


「雷の魔法よかったぞ。なるほど、わざと剣を持たせて、雷を落ちやすくしたわけか。やるな。あの時、真剣なふりしてごちゃごちゃ喋りながらプフッ……魔法詠唱してるもんだから、俺笑いそうになっちゃったプフフッ」

 トカゲもひどい。なんかブルストがかわいそうに思えてきたが、彼は彼でやってることは最悪もいいとこだしな。

 前のパーティは最高だった。理性的でかっこいい指導者に、女子トークができるかわいい魔術師、邪魔にならない脇役の戦士。ああ、なんでこうなってしまったんだ。


 チンジャオが罵り尽くし、すっきりした顔で私の所へ来る。

「ブルストのことは俺が町に報告するよ。多分仲間と一緒に汚いことをやっていたんだろうから、まとめて処罰が下ると思う。大した罪にはならないかもしれないが、証人のモンスターもいるから何かしらの法には引っかかるだろう。ついでにゴブリンも捕らえたし公開仕事クエストもクリアだ」

 忘れていた。私がボコっておいてなんだが、もうこのメンツだと彼らも被害者な気がしてくる。忘れているといえばもう2つ3つ何か忘れているような気がするが。


「そういえばあいつも一緒に連行するか?」

 トカちゃんがチンジャオに話しかける。

「あいつって?」

「ほらあそこの木の陰にいるメス」

 トカちゃんが指さす方には、ゴブリンに捕らえられていた少女がいる。そうそう、忘れていたのはこの子のことだ。

 指を差された少女は、トカゲたちを避けるようにトタトタと私の方へ来ると、私の陰に隠れる。姿は15歳前後の人間のようだが、耳がとんがっており、肌の色が灰色がかっている。血色の相当悪い人でもなかなかこうはならない。そして瞳は吸い込まれそうな澄んだ緑色をしている。じっくり見ずとも人間でないことは分かる。これはもしかしてうわさに聞くエルフとかいう人なのか?


「シャトー、そいつとっ捕まえてくれ」

 トカちゃんが私の陰に隠れたこの子を指し言う。

「ちょ! ちょちょちょ、ちょっと待とう。このまま町に伝えたらゴブリンと一緒にモンスターとして処理されるかもしれない。それはあんまりだと思う。保護する方法を考えるのが指導者リーダーの責務だよ」

 あれ、急になにこいつ。

「保護なあ……、俺もよく知らんがこいつは結構厄介だと聞くぞ」

「トカちゃんこの子が何者か分かるの?」

「何者ってメスに決まってるだろ。ゴブリンのメス」


 トカゲの話によると、ゴブリンはほとんどがオスで、1人のメスを中心とした社会を形成する。女王の命令でオスが働くという、蟻のような生活様式らしい。そのためメスはオスよりも知能が高く、魔法も覚えらえるそうだ。1つのコミュニティに1人のメスしかいないため、まれにもう1人メスが出てくると、追放されるか、殺されるかの2択だという。


「メスがという言い方になるのは、ゴブリンは成長と共に徐々にメスに変わっていくんだそうだ。そして追放されたメスは、別の土地で、性的資源を利用してよそのゴブリンをたぶらかし、新たなコミュニティを作っていく。だから本来オスのゴブリンにとって魅力的なはずのこいつが、奴らによって売り飛ばされたってことは、きっとまだ〝開いて〟ないんだろうな」

「ちょ、ちょちょ、ちょっとその開いてないってどういうこと? 指導者リーダーとして理解したい」

 リーダー関係あんのかよ。

「あのな、俺たちは人間みたいに、年がら年中性器ほっぽり出してるわけじゃないんだよ。こいつはまだ幼いから性器が露出してないんだろう。ブルストたちも不良品をつかまされてたってわけだ、プフーッざまあない」


「なんだそれ最高じゃないか。それならなおさら保護しなきゃいけないな。見捨てるなんてできない。1人の指導者リーダーとして、この町の次期魔導士ウィザードとして助けよう」

 あれなんか今最高って聞こえたような……。言っている内容はまあともかく、表情がキモすぎる。込み上げてくる喜びや興奮を必死にかみ殺しているようなそんな顔だ。これはやばいんじゃないか。保護とか言ってブルストと変わらないことを考えているんじゃ……。そういえば、この男はパーティを集めるときも小さい女の子を入れようとしていたんだったな。確かにこの少女は小柄でなかなかかわいらしいが、ゴブリンだぞ?


「トカさん、ガノの町に置けないかな? 実は次の仕事もあっち方面なんだ」

「ガノにはメスがいるから無理だ。嫌な奴だし、話すら聞いてくれんよ」

「チーブの村は? 採掘場で雇うとかさ」

「力のない奴なんて要らんし、あの村の人間はまだモンスターに慣れてない」

「そうか……どうすれば保護できるんだ。どうするのがいいんだろう」


 ゴブリンの少女は私の服をつかみ、その透き通るような瞳で私を見つめている。

 なんかすごい嫌な予感がするが……。

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