第23話 良い尾行と悪い尾行
「『
最高に面倒なことをしてくれやがったあのクソトカゲめ。
私とブルストがモンスター軍団を見つけた瞬間に、いきなり乗り込んできてブルストをぶっ飛ばすなんて、どうかしている。私の治癒で彼の出血は止まるだろうが、完全に伸びてしまっている。
いやいや、その前にそもそもなんでトカゲがこの町にいるんだ。「洞窟に戻る」とか言っていたはずなのに。しかも、ちょうどこんな場面に現れるなんて、ずっと私を見張っていたということだ。完全にストーカーじゃないか。
色々騒がしかったため、冒険者たちがたくさん来た。どさくさにまぎれゴブリンは逃げやがったし、トカゲもそそくさと逃げた。くそう、追いかけて全員ボコり倒したい。この山の中なら負ける気がしない。
「君! 大丈夫か?」
あらあら、他の隊の指導者さんじゃない。
「私は大丈夫だけど、うちの戦士がやられたの」
「そうか、災難だったな。まさかあんなのが出るなんて」
「そうだよね。びっくりしちゃった」
まさかこんなところにトカゲがいると思わず本当にびっくりした。
「君たちの指導者はいないのか? まあいい、俺から町に報告しておくよ。あんなの相手に
「わあ、ありがとう。とっても助かるよ」
しばらくして日が昇り、ブルストは目を覚ました。もちろん私はその間かいがいしく彼のケアをし、心優しき治癒師であるアピールを欠かさなかった。
ブルストは私を守ってくれようとしたのに、トカゲは、彼とゴブリンがグルだと捨て台詞を残して去った。一体どういうことだ。何を根拠にそんなことを……。
山を下りると、私とブルストはミーティングと称してチンジャオに集められた。治癒師アピールのせいで眠いというのに。
「ブルスト君さあ、なんでこんなことになるわけ? デカいモンスターに会ったんだっけ? 勝てない相手に会ったらまず逃げろよ。怪我をしたのがお前だったから良かったけどさ、シャトーが先にやられてたら全滅だよ? パーティで
「すまなかった。今後気を付けるよ」
「一撃でやられちゃったんだろ? へー
「ちょっと! やめなよ!」
「いやいいんだシャトー。公開仕事なんかで怪我する方が悪いよ」
その後もブルストはチンジャオにねちねち言われ続け、病院に行くからと言って帰っていった。
「言いすぎだよ。話の流れで分かったと思うけど、急にトカちゃんが出てきたんだよ。だからやられてもしょうがないでしょ」
「でもシャトーはトカさんに勝ってるんだろ」
「私の時、トカゲは武器も持ってなかったし、私は防御法術もかけてたの」
「でも戦士だよ? 何にも戦えてないじゃん。まあいいけどさあ。それにしても不思議だな」
「何がよ。トカちゃんがいたこと?」
「違う、ブルだよ。あいつはあんな聞き分けのいい奴じゃないんだ。あんなボロクソ言われて黙ってる奴じゃない。切れ散らかして机をバン、くらいはするはずだよ絶対」
「成長したんでしょ」
「やけに肩持つな」
「当たり前じゃん。普通に男らしくていい人だったよ。私を守ってくれたしね」
「うはー。マジかよ」
チンジャオはトカゲがこの町に来ていることは知っていたらしい。しかもライスから聞かされていたという。なぜいきなりライスが出てくるんだ。たまたまライスがトカゲを見かけたということか? 登場人物が多すぎるし、考えることが多すぎてわけがわからない。
何日か経ったがまだ次の仕事が決まらないのでアパートを探しに行った。でも今の給料では山で野営するのと大差のない、ボロ家しか借りられないようだ。私はおしゃれな部屋に住み、かわいい三面鏡とかを置きたいのだ。
町で買い物をするついでにそれとなくトカゲを探してみたが、見つかるはずもない。トカゲをとっ捕まえて話を聞くのが一番早いのだが。チンジャオはライスからトカゲの存在を聞いたと言っていたが、そもそもあの2人は結婚パーティーでちらっと話しただけじゃないのか? なぜそんな込み入った話をしている? そしてトカゲはなぜあの山に? そしてなぜブルストとゴブリンが関係あると?
まあ、でも……私が悩むことでもないか。よく考えたら別にどうでもいいな。うん、私には関係ない。お肌に悪いし、家に帰ってぐっすり寝よう。家と言っても山だが。
町外れに差し掛かった時、誰かに尾行されていることに気づいた。何人かいるようだ。なぜ私が付けれられなきゃいけないんだ。決めた。もうトカゲだろうと誰だろうとぶっ飛ばす。ふざけやがって。私が何をしたというんだ。
町外れとは言え、私が拳を振るっている所を町の誰かに見られるとまずいので、廃屋に入り、敵を誘導する。かつては家畜小屋だったようで、中は結構な広さだ。ここなら存分に暴れられる。
「ぐふふふ。ここじゃ大きい声を出しても誰も来なイゼ」
現れたのはゴブリン数体。クソっ。なんでだよ。なんでこいつらが……。
ゴブリンたちはナイフを取り出す。自分でこしらえたような石のナイフではなく人間が使っているのと同じ物だ。
「おとなしくしていれば命だけは助けてヤル」
こいつらが私を襲うということは、結局……
「命は助けてくれて他には何するの?」
「痛めつける。裸にして痛めつけるンダ」
「それが頼まれたことなんだね……」
なんで……。ひどい……私は信じてたのに……。ブルストだ。ブルストが差し向けたんだ……。だってそれ以外にゴブリンが私を狙う理由がない。
トカゲがいい加減なことを言うなんて最初から思ってない。あの律儀なトカゲが「ブルストとゴブリンたちはグル」というからにはその通りなのだろう。でもそれが何だというのだ。私やチンジャオだってモンスターであるトカゲとグルだ。別に悪いことをしているつもりはないが、誰かに迷惑だってかけているかもしれない。なんでモンスターとつるんでるのがバレたからって仲間の私に攻撃が向くのだ……。
やっとまた普通のパーティみたいに男女で仲良く冒険ができるようになると思ったのに……。私に相談してほしかった。秘密を共有してほしかった。
「ぐふふふ。泣いてやがるぜこのオンナ」
不意に溢れ出る涙、と前蹴り。
ブルストがいい人だっただけにショックは大きく、不覚にも涙腺が緩んでしまった。そして悲しみのあまり無意識に近くのゴブリンを蹴っていた。涙をぬぐいながら倒れたゴブリンの顔面を踏みつける。パキっという鼻骨の折れる乾いた音がする。だが私の心の傷に比べたら、こんなものかすり傷だ。
「何だキサマ! 暴れると、死ぬゾ!」
ここで気をつけるべきことは何か。それは、この喋れる奴を最後にすること、のみ。ヘタに暴れると死ぬのはどう考えてもお前たちだ。
安全に戦うならリーチ差を生かして前蹴りだけやっていればいい。でも今はむしゃくしゃしてしまっている。
2匹目のゴブリンにはナイフを持っている腕を引っ張り右ボディを入れる。まるでバナナのように柔らかい。完全に素人の腹だ。
続く1体にはミドルキックを腹にぶち込む。あばらからメリメリと音が鳴る。
遅い、軽い、短い、技術がない、危機感がない、私に向かってくる勇気だけあるという、かわいそうな状態だ。
次のゴブリンには後ろ回し蹴りを顔面に入れる。ブーツを履いた踵が深々とめり込みとっても痛そうだ。だが、私の心の傷はもっと深いのだ。
さて無事に喋れる奴だけ残した。仲間がやられたことで戦意を失っている。ナイフを持っている手首をつかみ、力任せにねじってナイフを落とさせる。そして背後に回り首を締め上げる。
「誰に頼まれたの?」
「ギギ……知らなイ」
「ほかの奴はまだ生きてるよ? あなただけ死ぬ?」
「知らないんダ。名前を知らなイ」
「この間、山で喋ってた男の人?」
「…………そうダ」
決まりだ。やっぱりブルストが私を襲わせたんだ。ひょっとしたら私の勘違いかも、と思っていただけにまた悲しくなってきた。理由は…………だめだ、分からない。でも、私が知ってはいけないことを知ったんだ。チンジャオに話したらこじれそうだから、気が進まないが、本人に直接問いただそうか。どちらにしてもこのままにしておくわけにはいかない。
「ブルストは、彼はどこにいるの?」
しまった。落ちてしまった。考え事をしているときに首を絞めるのはよくないな。
小屋の外にでるとすぐ、デカいトカゲが目に入った。この野郎また付けてやがったのか。
「こいつを探してるんじゃないか?」
トカゲはブルストを連れている。連れていると言っても無理やり引きずっているという感じだ。近くにはチンジャオもいる。
私はトカゲに駆け寄る。そしてそのままの勢いで腹にパンチをめり込ませる。
「おごっ…………ふ……。おえっ! おえっ! な、何するんだよ!」
「何するんだじゃないよ。なんで私の事尾行してんの? てかなんでこの町にいるの?」
「な、なんでって、シャトーに危険が迫っていたからだろ。現にこの男のせいで襲われただろうが。昨日の山でも俺が行かなかったら、こいつに後ろから刺される可能性もあったんだぞ」
くそう、一理はある。
「おいクソ野郎、ゴブリンとつるんで何しようとしてたか、シャトーに説明しろよ。さあ」
トカゲはブルストを地面に投げ捨てる。
「嘘も隠し事も許さないぞ。俺はお前なんて普通に殺すからな」
「俺が何やったってんだよ…… なんにもしてないだろ…… そうだよ何もしてない……! 悪いことなんて何にもしてない!!」
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