第22話 モンスターとモンスター
山に入り、ようやくシャトーたちの姿を捕らえた。『
「俺はもう帰っていいだろ? 俺は冒険者じゃないから、このモンスターを追う仕事に参加しているのがばれたら最悪入学取り消しなんだよ」
「分かった。帰っていい。色々と助かったよ」
ブルストの顔も確認できたし、一緒に来たライスを帰してやる。最初はダメな奴かと思っていたが、情報収集に関してはなかなかに有能だった。
「じゃあな。貸しだぜトカさん」
そう言って満面の笑顔で帰っていく。
トカさん? 俺をそう呼ぶのはチンジャオだけだ。彼とも話したのか。そういえばチンジャオは指導者のはずなのになぜいないんだ。あいつのせいで、シャトーとブルストが2人きりではないか。
夜まで監視を続けたが今のところブルストに怪しい動きはない。人物評が本当だとすると油断はできないが。
シャトーたちはこのまま2人で野営、ブルストが見張りを行うようだ。きっとシャトーの結界魔法がグズグズだから見張りを立てる必要があるのだろう。同じテント内にいないとはいえ油断はならない。少しでも間違いが起こりそうなら、すぐに踏み込まなくては。
ライスの話ではこのモンスター捜索の仕事は、冒険者なら誰でも参加できる仕事らしい。報酬もいいため、他のパーティと手を組んで当たることも普通だという。実際この山で見た他の隊はもっと大勢いた。なのにブルストは2人だけで、途中他の隊とも会っていながら、離れた場所で野営している。そこだけが唯一気になると言えば気になる。安全とは言えない山の中で、他の隊と距離をとらなきゃいけない理由があるのだ。報酬を独り占めにしたい、とかならまだいいが、ライスの言っていた〝経験者〟という言葉が引っ掛かる。シャトーと2人きりになりたいのではないか。なんだかもうここまでの証拠で殺しておいた方がいい気もしてきた。
暗い中で『
――と思っていたら、ついに動きがあった。
ゴブリンだ。4、5……、6体がシャトーのテントの方へ向かっていく。それとは別に手を縛られた何者かがいる。あれは……メスか?
ブルストはゴブリンたちに気づく。彼は剣に手を添えている。
だが争う様子はない。ゴブリンの1体となにやら話している。何をしゃべっているのか分からないが、ジェスチャーを見る限り、やっているのは…………道案内か? 少なくとも捕らえようとする雰囲気などない。逃がそうとしているのだ。ゴブリンと通じているのか? だがなぜ? 何の得があるというのだ。町ぐるみで探しているモンスターを逃がすなんてよっぽどのことだ。
だが、人間の目的など大体決まっている、金か力か、そうでなければ、性。そう、きっとあのメスを取引しているんだ。商品だから手を縛られているのだ。
シャトーがテントから出てきた。まずい。きっと状況が分かっていない。
ブルストは剣を抜きゴブリンの方に構える。まだシャトーには悟られてないと思って演技しているのだ。ブルストの出方を見るか? いや、危険だ。近づこう。シャトーが彼を信じ切っていたら背後から刺されることもあり得る。
俺は斜面を急いで登っていく。草木をかき分けるガサガサという大きい音は隠せるはずもない。気づかれるのは時間の問題だ。
ゴブリンの1体がこちらに気づく。さすがにモンスターは勘がいい。
「キエエエェェ!!」
バカが奇声をあげやがって。全員がこちらを振り向く。めんどくせえな、シャトー以外を一旦みんなぶっ飛ばすか。
とりあえず走ってきた勢いのままゴブリン1体を殴り飛ばす。
「モ、モンスター!? なんでこんな所に! こっちに来るな!」
ブルストは構えていた剣を俺に突き立てる。
シャトーに目をやる。すると目を逸らしやがった。ひでえ。まあいい後で諸々説明するとしよう。今はこのブルストをやっておかないと危険だ。
「誰か! 誰か来てくれ!! モンスターが出たぞ!!」
ブルストが大声で叫ぶ。
なるほどその手があったか。これで人間がゾロゾロ寄ってきたら面倒だ。
「おい君、ゴブリンが逃げようとしてるぞ。いいのか? 君の仕事だろ?」
「しゃ、喋れるのか化け物め!」
「分かってるんだぞ、お前がゴブリンとグ――」
「黙れえええええ!!」
ブルストが向かってきたので仕方なく尻尾でぶっ飛ばす。おっと、うっかり頭に当ててしまい気絶させてしまった。別にそのまま死んでいただいて構わないが。
人の声がする。近くのパーティが気づきやって来たのだ。いくらなんでも早すぎる。ブルストの声ではなく、ゴブリンの奇声に反応してきたのだろう。
「あそこだ! 誰かやられてる!」
続いて甲高い爆発音が響く。誰かが仲間を呼ぶ魔法を使いやがったのだ。非常にまずい。この町とは和平を結んだが、あいつら一般の冒険者にまで話が行っているはずもなく、俺の容姿も知らないから敵だと認識するだろう。
集まったのは6、7人。
「でけえぞ…… こんなの相手に
そりゃそうだ。お前等の目的はゴブリンであって、俺じゃないからな。そのゴブリンはメスを抱えてとっとと逃げた。
だがこいつらに追う気配はなく、俺に対して臨戦態勢を取っている。ボスさえ倒せばそれでいいということか。戦い方としてはそれで間違ってないんだが、俺がモンスター軍団のボスだというのは間違ってるんだよクソが。このまま人が集まってきては俺も手加減などできない。虐殺になっちまう。将来のことを考えるとシャトーの町と揉めるのは避けたい。
シャトーはといえば、ブルストを治癒している。色々と誤解されてしまった気がするが、シャトーを外敵から守るという当初の目的は達成されたし、人も集まってきてブルストも悪いことはできまい。一旦逃げよう。
「あーあ! そこの男とゴブリンたちがグルだってことがばれちまったから、退散するぜ!」
デカい声で言ったし、これでよし、と。
いや……大丈夫かな。分かってくれるだろうか。シャトーは俺のことは完全無視だった。あの感じ、おそらく怒ってるよな。まあ黙って尾行されたりしたらいい気はしないか。後からちゃんと説明できればいいが……。
適当にウォーなどと叫びながら、冒険者を怯ませ、山を下りる。
シャトーが俺との結婚を「無理」といった理由がなんとなくわかった。そう、したいかしたくないかの前にまず「無理」なんだ。人間にとって俺は紛うことなきモンスターであり、モンスターは結婚の対象足りえないというわけだ。ガノの町のように人間がドラゴンやゴブリンなどと交流しているというわけでもない。いや、ガノの町ですら町と無縁の環境の中でしか結婚は成立していない。結婚したドラゴン副隊長とその女は誰とも会わず隠れて暮らしているのだ。
障害は大きく分けて2つ。1つは仕組みの問題だ。俺は森で魚をとって2人だけで暮らしてもよいが、シャトーはそれを望まないだろうし、他者との関わりはどうしたって多少は出てくるものだ。俺たちが結婚しても問題のない社会、それが要る。先は見えないが1つずつクリアしていくしかない。
もう1つはシャトーの気持ち的なものだ。彼女は今、発情期の動物のように交尾相手を探している段階である。1つめの問題がどれほど根深いものかまだはっきりしないが、それをクリアするまで俺が候補に挙がらない可能性もある。それまでは他のオスを遠ざける必要がある。そのためにシャトーの仕事に意地でも絡んで、敵を排除ないし消去しなければなるまい。
まずはブルストだ。
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