第21話 追跡者と情報屋
「『
遠くを見ることができるこの魔法にもだいぶ慣れてきた。しかし、この魔法を唱えるのに必要な、両手をちくわ状の輪にして、自分の片目に重ねてあてがう、というダサい作法にはいまだに慣れない。この魔法を教えてくれた剣士の奴も「色々試したが、ちくわを作らないとできない」という結論に達したようだ。もう1つ教えてくれた視覚魔法『
そんな魔法で、今見ているのはシャトーの知り合いらしき男だ。やはりシャトーに結婚を断られたことが納得いかないので、結局シャトーの町まで来てしまった。俺の図体で尾行するのは難しいので、ガノの剣士が言っていた遠くを見る魔法を習得してきたのだ。
この男を見ている理由は、結婚パーティか何かで、シャトーに顔をぴったりと近づけ、仲良く会話していたからだ。仲良くなければあの距離では話せない。忌々しい。そして夜になった今、奴が人気のない道に入ったところを見計らって、声をかける。目的は2つだ。
1つは、奴がシャトーの結婚相手の候補者かどうか確認するため。もし候補者ならば辞退してもらう。辞退できないというのであれば、遠い遠い世界に行ってもらう。2つ目は、1つ目の結果次第なのだが、俺の代わりにシャトーの情報を集めてもらうためだ。『テレズーム』では建物の中は見られないし、何をしゃべっているかも分からない。それに俺が尾行を続ければいずれ誰かに見られる。なんせ俺はデカい。
「ぴんぴんぴかぴか、あ~よいしょっ、よいしょっ! ぴんぴんぴかぴかぴ~ん」
ずいぶん酒を飲んだようで気持ちよさそうに歩いている。楽しいパーティだったのだろう。
俺はダッシュで奴の前に立ちふさがる。
「やあ、こんばんは」
「ヒィッ!! トカっ! トカっ!! トカゲっ!! あの時のトカゲっ!!」
男はしりもちをつき驚いている。
「なんでこんなところに! だってトカゲとは話し合いで解決したって! 俺は何もしてない! 許してくれ!」
「まあ落ち着け。俺は手荒なマネをしないことで有名なドラゴンだが、あまり騒がれるとその限りではない。落ち着いて、俺の質問にだけ正直に答えればいい。そうすれば君は多分無事に帰れる。今俺が言ったことが理解出来たら、声を出さずにうなずけ」
男はうなずく。
「最初の質問だ。俺のことを知っているようだが、どこで会った?」
「……どっ、洞窟だ。ゴーダたちと一緒にあなたと戦った時だよ。あなたが尻尾でゴーダをやった。俺たちはあなたに何もやってない……。ただ逃げただけじゃないか!」
シャトーが洞窟に来た時の仲間か。覚えてないが確かに男は2人いたな。しかしシャトーはあんなに俺をボコボコに殴っといて、何もしてないことになってるんだな。
「次の質問だ。君がシャトーと仲良くしているのを見た。君はシャトーの結婚相手か?」
男は顔をしかめ、黙っている。
「ふむ、質問に答えろと言ったはずだが……。シャトーの結婚相手かと聞いている」
「す、すまん。意味が分からなかったんだ。シャトーの結婚相手ではないよ。恋人とかでもない。ただの仕事仲間だよ、しかも元な」
「では今後もシャトーと結婚しないと誓えるのか?」
「誓える、誓えるよ」
「……俺は正直に答えろと言ったんだ。いくら何でも早すぎる。そんな訳ないだろう。本当のことを言え」
「え!? いや本当だよ! なんなんだよ! なんて答えれば言いんだよ! 本当だよ…… 俺にだって選ぶ権利くらい……」
シャトーほどの女性を相手に悩まないなどありえるだろうか? 信用できない。受け答えも軽薄な印象を受ける。
まあいい。シャトーと知り合いであるという利点は捨てられない。こいつに探らせるとしよう。それに、もし少しでも結婚へ向かう動きをしやがったら、許さなければよいだけだ。
「では次は質問ではなく命令だ。シャトーの周りの状況を調べて俺に報告しろ。調べることは大きく2つ、シャトーの新しい仲間と、次の仕事についてだ」
男は口を開けぽかんとしている。察しの悪い奴だ。
「『なぜ命令を聞かなきゃならん』か? ではなぜお前に命令できるか教えてやろう。お前はここまで来るのに2回も小便をしたな。一度目は民家の脇の木に、二度目は草むらで歌いながらだ。俺は特殊な力でお前の動きを追うことができるんだ。つまりいつでもどこでもお前を襲えるというわけだ。平和に暮らしたかったら俺の言うことを聞いたほうがいい。では質問だ。俺の命令を聞くか?」
「き、聞くよ。別に断ろうなんて思ってないよ。でも分からないんだ。なぜシャトーのことを調べさせるんだ? 俺たちとの敵対関係は終わったと聞いたが」
「俺がシャトーと結婚する予定だからだ。彼女の動向は知っておきたい」
「えへぇっ! ど、どういうこと!? シャトーはオーケーしてるの!? というか結婚なんてできるの?」
男は急に立ち上がり、ヘラヘラしながら近づいてくる。なんだこいつ。急になれなれしいな。
「別にできるだろ。したいんだから」
「マジかよ…… そんな世界が…… で、シャトーはなんて言ってんの?」
「無理、とのことだ。なので障害を取り除くためにも彼女の情報は必要なのだ」
「まあ、そりゃそうだよな。分かったよ。シャトーの様子を教えればいいんだな。復讐とかじゃなければ協力してもいい。俺も恋は自由であるべきだと思うから、そういうのもアリだと思うよ。うんうん。あ! それでさっき俺がシャトーと関係あるか聞いたのか。ないよないない。そこは安心してくれよ。ビワちゃん覚えてる? 洞窟の戦いで炎の魔術使った子。俺はああいう普通にきれいな子が好きだから」
「シャトーは普通にきれいだろうが。殺すぞ」
「あはは、ごめんごめん。そうだよね。そういうことなんだよね」
「……まあいい、明日また、この時間にこの場所に来い。いいか、新しい仲間と次の仕事について調べるんだぞ。じゃあな」
「ちょっとまってくれよ。シャトーのどういうところが好きなの? 聞かせてくれよ」
そう言い腕をバンバン叩いてくる。なんだこいつ。分からせるために1発殴っておくかな。
「なあ教えてくれよ。俺はシャトーとパーティだったんだぞ。色々知ってるぞ?」
クソっ。多少聞きたいじゃねえか。
その後もこのライスと名乗る男と毎日のように会った。この男も暇なのだろう。特にシャトーの情報がなくても毎日世間話をした。シャトーは俺がぶっ飛ばしたゴーダという男が好みだったようだ。だがそのゴーダは炎の魔法の女と結婚したということだ。安心したが、なぜシャトーではなく別の女を選んだのか、その男を問いただしたいところではある。
ライスが今度入学するという冒険者学校についても聞いた。チンジャオのような指導者を育てる学校があり、何人もの指導者がパーティを率いて色々な町に行ったり、
そしてやっと今日、情報が得られた。
「ようやく動きがあったよ」
なぜか脅さなくても積極的に調べてくれるので、ライスを選んで本当に良かった。
「ほう、で仲間と仕事どっちに動きがあった?」
「どっちもだ」
シャトーの新しい仲間はブルストという戦士。戦士とは先頭に立ち、武器や腕っぷしで戦う者。ライスも元戦士だったらしいが、俺と戦った時、こいつが何をしていたのか本当に記憶がない。
「加入したばかりのブルストと町の裏山へモンスター狩りに行くようだ。モンスターと言っても、どうせこの辺に強いモンスターなんていないからそんなに危険じゃないよ。問題があるとしたらブルストって仲間の方だ」
「ほう。続けてくれ」
「ブルストが前のパーティを抜けた理由は除隊だ。素行が悪くて辞めさせられた、って話だ。まあでもこの話は単に指導者とそりが合わなくてそう言われてるだけなのかもしれない。だがもう1つは結構いろんな奴が言ってるから間違いない。ブルストは自分が〝経験者〟だと自慢している」
〝経験者〟とは交尾をしたことがある者を言うらしい。シャトーの住む町では交尾をすると結婚になるため、未婚で交尾をしている状態というのは、レアケースなようだ。それでも人間の男は交尾に関して大いに興味があり、貧しい既婚者に金銭を渡して頼んだり、町の者じゃない流れ者と事を成したりするらしい。何にしてもそれを威張るということは、ロクな奴じゃない、ということだ。
「そりゃ俺だって正直やりたいけどさ、ちゃんとお互いが認め合ってやりたいよね。それに1回で終わっちゃうなんて嫌だし」
「もしそいつがシャトーと交尾したら結婚になるのか?」
「シャトーが同意してなきゃならないよ。まあ、してたらなるよ」
「よし。ブルストだっけ? そいつを殺そう」
「早えよ!」
「なぜだ。そんな奴は殺すに限るだろ。同意がなかったら殺すべきだし、同意があっても殺すべきなんだから」
「そんなめちゃくちゃな。〝経験者〟ってのは一応まだ噂だし、彼がひどい人間だったとしてもシャトーにまでそういうことをするかなあ。それに俺の情報で殺されたりしたら嫌だよ」
「ならば見張るしかない。よし行こう。山に」
「行こう……? 俺はいいよね? 俺はいかなくても……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます