第20話 戦士ブルストと夜

「ダメダメ、絶対ダメ、あんなやつ入れるくらいなら解散するから」

「なんでよ!」

 先ほど、戦士としてチンジャオ隊に入りたいと言ってきた彼の名はブルスト。チンジャオとは幼馴染で家族ぐるみの付き合いがあるらしい。せっかくのパーティ入り希望者なのにチンジャオは頑なに拒んでいる。

「さっきも言っただろ。あいつはロクな人間じゃないんだよ。家が金持ちなのをいいことに威張り散らしやがってさ、その割に努力もしないから、勉強ができないし、地頭も悪い。どう考えても指導者になれる家柄なのに、頭が悪すぎて指導者コースに受からず、戦士なんてしょうもない事やってるんだよ」

 半分はあなたにも当てはまるし、偏見がひどいので説得力に欠けまくる。ロクな人間じゃない奴から「ロクな人間じゃない」と言われる場合、足し算でよりロクでもなくなるのか、掛け算でマトモな人間になるのか。


「それに戦士を入れるなら魔術か法術が少しでもできる人じゃないとバランスが悪い。あいつはきっとどっちもできない。うちを物理攻撃専門の暴力パーティにする気かよ」

 暗に私の悪口を言っている気がする。

「剣が使える人は必要でしょ。あなた全然使えないじゃん」

「確かに。俺の剣はシャトーの法術並みにへたくそではあるな」

 くそ、腹が立つ。

「俺は剣は苦手だが、指導者クラスに入れるくらいには練習したんだ。だがあいつは何も努力していないからあの体たらくだ。この歳まで努力しなかった奴は、今後も努力はしない。どうせ前のパーティも使えないから追い出されたんだろ。とにかくあいつは不要以下、邪魔だ。それに剣が必要ならトカさんに頼む。ブルストの1万倍強い」

 あれは剣うんぬんの前にトカゲじゃんかよ。だめだこれ以上言っても意固地になるだけだ。最終的にはパンチをちらつかせて私の要望を通す必要がありそうだ。




 そんな私の覚悟をよそに、ブルストの加入はあっさり決まった。チンジャオとブルストの親同士で話し合いがあり、決まったようだ。あんなにボロカス言っていたチンジャオだが親には逆らえないらしい。

 チンジャオはコーヒー2杯分ほどの愚痴を私にこぼした後、神妙な面持ちで〝解散〟の可能性を口にした。

「すまんなシャトー。せっかく魔導師ウィザードの隊で活動できることになったというのにな。おそらくそう長くはやれない」

 給料アップは惜しいが、正直、解散は構わない。今のゲテモノパーティより人間らしいパーティに入れることは間違いない。ただブルストと仲良くなる時間は欲しい。やっとまともな男の人と話せるチャンスがきたのだ。




 意外にも早速その機会はやってきた。町から発表されている〝公開仕事クエスト〟に参加することになったのだ。公開仕事とは町がすべての冒険者に対し参加を認める仕事である。大体は町が丸投げしたい面倒な仕事で、危険度は低いが、達成できる確率も低いもの。その分報酬が良いようだ。冒険者にしても名を上げるチャンスだったり、他のパーティと交流できる機会でもある。

 私としてもこれを達成すればこの町に小さいアパートを借りられるかもしれないし、移籍先を探すのに都合がいい。


 今回は町はずれの山にモンスターの軍団が出たということで、ブルストと2人で向かっている。チンジャオは魔導師とやらに昇格するための講習を受けるとかで、「行けたら後から行く」とのことだ。どうせ来ないに決まってる。


「すまないなシャトー、自己紹介もほとんどまだなのにいきなりこんな仕事に付き合わせて」

「それはこっちのセリフだよ。チンジャオは講習受けてるってさ」

「はは、あいつらしい。昔からマイペースな奴だったから」

「幼馴染なんだって?」

「そうだよ。家も近いし、親同士の仲がいいんだ。俺は体動かすのは得意だが、勉強が苦手でね。あいつは俺と真逆だ。よく親にあいつと比べられて嫌な思いをしたよ。きっとあいつもそうじゃないかな。まあ悪い奴じゃないよ」

 確かに一緒に旅をする中で、悪い奴じゃないのはなんとなくわかった。だが依然嫌な奴ではある。だとしても友人の悪口を言う女、であってはならないので、ブルストには「そうだね」とだけ言い、にっこり微笑んだ。


「下がって!」

 ブルストが急に私の前に立ち剣を抜いた。モンスターかと思ったら、クマズリーだ。小さい子供を連れている。子連れのクマズリーはちょっかいを出すと、死に物狂いで襲ってくるため厄介だ。

「あれは……モンスターじゃないな。このままやり過ごそう。俺から離れないでくれ」

 キュンという音が辺りに響き渡りそうだ。そう、私の思い描く治癒師の扱いとはこういうのである。チンジャオとライスはデリカシーがないし、ゴーダは全員の扱いがフラットだ。私は守られたい。そして私のために傷ついた人を癒してあげたい。それが治癒師の役割であり醍醐味なはず。ふっふふふ、想像するだけでなんだかニヤけてきてしまう。

「ふう、行ったようだ」

「ありがと」

「え、何が?」

「守ってくれて」

「戦士がパーティを守るのは当然だろ」

 そうなんだが、前のパーティの戦士は基本立っているだけだったから、この当たり前がとても嬉しい。




 夜、焚き火をしていた他のパーティと会ったので話を聞いたら、彼らも捜索に参加したばかりで、モンスター軍団の手がかりは得られていないようだった。

 私とブルストは彼らから少し離れた場所で野営することに。報酬のために、できる限り私たちだけでモンスターを見つけたいからだ。他の隊と協力して倒すにしても、先に見つければ取り分は多くなる。どうせこんな町の近くまで来るモンスターなんてトカゲより弱いに決まってる。

 しかし私はまた男と二人きりで野営することになってしまった。出会ったばかりの男と夜を過ごすなんて滅茶苦茶だ。チンジャオはしっかり管理してほしいのに、やはり夜になっても来ない。というかあのビビリが夜の山に来られるわけがないが。間違いが起こったらどうしてくれるんだ。


「今日は俺が見張るから、シャトーはテントの中で休んでなよ」

「見張り大丈夫だよ。私結界張れるから」

「いやでも……女の子と2人きりで同じテントって訳には……」

 そう。そうなんですよ本来は。そんな異常がまかり通ってるブラックパーティなんですよチンジャオ隊は。

 ただ、ちょっと優しくされすぎてしまったせいで、一緒のテントにいるくらいならいいかなと思えてきた。それ以上はまだだめだけどね!


「じゃあ交代で見張ろう。日が昇るまでは俺が見張るから」

 あ、そう。

 ただここでも彼の優しさがよく分かる。モンスター軍団、というからには目立つ行動は避けるため夜に動くに決まっている。夜の方が危険なのだ。

 ブルストの強さは未知数だが、いくら剣が強かろうが、夜目や鼻の利くモンスターに急襲されたら、勝てないことも考えられる。私もサポートをしよう。


 テントに入った私は『サークル線状結界』を張り眠ることにする。この魔法のコツを教えてくれた先生の性格がねじ曲がっていたせいか、私の結界は寝ているとあまり感度が良くない。それでもやらないよりはいいはずだ。

 しかし先生はブルストの何が気に入らないのだろうか。今のところ普通にイイ男なのだが。でも、ブルストが言っていたように幼いころから本人たちの思いとは関係なく、親の都合で比べられ続けてきたら、互いを嫌いになってしまうのも仕方がないのかもしれない。子供にとって家族の影響というのは大きいのだ。かわいい乙女に育つはずだった女の子が、かわいいムキムキの乙女になってしまうほどには。もし可能なら……、私が二人の仲を取り持つのもいいかもしれない……。こういう時には女が間に入った方が――――

「ぐぅ…………」


 うーん……。なんだか外が騒がしい……。いや、騒がしいというのとはちょっと違うな……。なんといえばいいのだろう。うっとうしい感じというのか……、まあいいや、どうせ外ではトカゲとチンジャオが魔術の練習してるんだし……

「ぐう……ぐぅ……」

 でも……この前それで襲われたんだよな……。ちょっと待て。今、トカゲもチンジャオもいなくないっけ? というか今これどこだっけ?

 そうだ! 山だ!

 ようやく目が覚めた。今ならはっきりわかる。私が張った結界内に誰か入ってきているのだ。見張りのブルストはどうなった!?


 急いでテントから出ると、モンスターの群れがいた。5人、6人くらいのゴブリンだ。そばにはブルストもおり、剣の鞘に手を掛けている。あと、両手を拘束された少女が1人。少女と言っても耳の形や髪の色が明らかに人間とは異なる。おそらくモンスターなのだろうが今までに見たことがない。

 何なんだこの状況は。やばい。状況が全く呑み込めなくて頭がおかしくなりそうだ。私が追っているのがモンスター軍団で……そいつらが別のモンスターを捕らえていて……だめだ、もう全員ぶっ倒して動けなくしてから、ゆっくり話を聞きたい。いやその方法しかない。だって訳が分からないんだもの。

「シャトー! 俺に任せて逃げろ!」

 ブルストはそう言って剣を抜く。

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