第19話 結婚とリクルート

 もうそろそろ私たちの町〝タブリバー〟に着く。

 チンジャオと2人で、町に戻ってきたのだ。目的は町に仕事の報告するため、新しいメンバー募集のため、ゴーダとビワの結婚式に出るため、など色々あるのだが、私にとってはトカゲから急にプロポーズされたためびっくりして逃げてきたという理由もある。




 数日前。


「俺は君が好きなんだ。俺と結婚してほしい」

「え? 嫌だよ」

 するとトカちゃんは、予想外だと言わんばかりの表情を浮かべた。

「え? なんで?」

「だってトカちゃんトカゲじゃん」

「トカゲじゃなくてドラゴンだが、仮にトカゲだとしてもいいじゃないか別に」

「全然よくないでしょ」

「じゃあ、どうすれば結婚できるんだよ」

「だから、結婚できないんだって」

「できるよ、愛し合っていれば。俺の知り合いも人間とドラゴンで――」

「愛し合ってないから。私は愛してないよ」

「そうなの!? でも、今は量が少ないだろうけどそのうち増えるよ」

「量とかじゃないから。大体結婚って言ったってどうするの? ちゃんとどういうことか分かってるの?」

「その辺は分かってる。まず暮らしを安定させる必要があるから、魔法石の採掘を管理することで安定した収入を得ようと思う。さらに、君の町とガノの交流に案内役、需要と供給のマッチングを手伝うことで、どちらの町にも拠点を設けようと思う。なんだかんだ、町にいるのは便利だからな。だがやはりシャトーとは自然の中で暮らすのが一番かなと思うから、おいおいは洞窟の近くの村を――」

「待って。そうだった、そういうの得意だったよね。でも無理だから」

「なぜだ。じゃあどうすればいいんだ」

「どうもできないでしょ。私は普通に人間の男の人と結婚するつもりだから」

「チンジャオか!?」

「いやチンジャオでは絶対にないけど」

「じゃあいいじゃないか。予定ないんだろう」

「だから嫌だって。あなたと結婚したくないの」

「したくない!? それは困る。したくなってくれ」

「無理だよ! 絶対無理!」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!」

「だからどうにもならないって言ってるでしょ!」

 その後も、なぜ断られるのか納得できないと言った様子で、話は3周も4周も同じ場所を回った。普段は並の人間より賢いくせになぜ分からないんだ。


 私も、モンスターからプロポーズされるとは思わずびっくりした。というか、プロポーズされたのは初めてだ。いや、よく考えたら、男の人からちゃんと「好き」と言われたことも初めてかもしれない。男というよりはオスだが。いやそもそも彼らにオスとかメスとか、そういうのがあるのかも分からないが。

 でも……、本当に私のことが好きなんだろうか。トカちゃんの表情は真剣そのものだったが、「好き」という言葉がどういう意味か、「結婚」の意味するところがどういうものか理解しているのだろうか。ただ、嫌な気持ちはしない。むしろうれしい。うれしいことではあるんだけど、どうにもならない。




「ゴーダとビワちゃんの結婚式……は間に合わないか。でも結婚披露パーティーにはいくだろ?」

「うん。いくよ」

 なぜチンジャオが私の友達の結婚式に呼ばれているのか分からないが、私だけ呼ぶのもアレだから世間体的に呼んだのかもしれない。

 ビワとゴーダとはちょっと前までほぼ三角関係とも言えなくもない状態だったわけだから、正直言って若干の行きにくさがあったのだが、チンジャオみたいな全く無関係な奴もいるし、トカゲからのプロポーズという滅茶苦茶な事があったおかげで気持ちがリセットされ、ずいぶん気が楽になった。これなら2人を素直に祝うことができそうだ。


「せっかくだから、結婚パーティーでいい魔術師マジシャン治癒師ヒーラーがいたらスカウトしちゃおうぜ」

「うん、そうだね…………じゃない!」

 冒険者パーティの基本は指導者、戦士、魔術師、治癒師だ。

「魔術師と戦士でしょ! 治癒師はおもっきりいるよ!」

「もう戦士はいいじゃん。剣のプロを素手で倒せる奴いるんだからさ」

「いつも勝てる訳じゃないよ!」

「でもトカさん言ってたよ。ガノの町じゃ剣士軍団半壊させたの凶暴なメスのモンスターだって言われてるって。凶暴モンスターは戦士超えてるだろ」

 あのトカゲ野郎、振られたことを根に持って、あることないこと言いふらしているに違いない。意外と女々しい奴なのかもしれない。元はといえばあいつのせいで戦うハメになったというのに。




 結婚パーティーは広い庭で立食形式で行われていた。参加者は100人は軽くいるだろうか。

 なぜか色々な人から声をかけられた。どうやら結果的にだがチンジャオ隊は破竹の勢いで功績を残しているらしく、チンジャオが本当にデキる奴なのかを聞きたいようだった。本人も来ているのだから直接聞けばいいのに、それをさせない彼の負のオーラはさすがだ。まあ、聞いたところでムカつく言い方をされるのが皆分かっているのかもしれない。彼は独りポツンとテーブルに佇み、サラミを食べている。腕にはまだ包帯を巻いていて、本当は包帯のことを誰かに聞かれたくて仕方がないんだろう。少しかわいそうだ。


「やあシャトー、久しぶり」

「おお、ライスも来てたんだね。調子はどう?」

 ライスは私が最初に組んだパーティの戦士だ。特に役に立っていた記憶はないが、憎めない奴だ。

「上々だよ。学校にも治癒師として再入学できそうだ。卒業すりゃ同業者だな。それよりあっちを見ろよ」

 ライスが急に顔を近づけひそひそと話す。彼が目で示す方には、小さい女の子がいる。とても美しい顔立ちだが、見るからに気が強そうだ。

「ビワちゃんの妹だってさ」

 そういわれると似ている。

「さっき集めた情報では魔術師として入学するらしい。俺と同級生になるぞ、ぐふふ」

「何がぐふふだよ。あんな美人どう考えてもあんたには無理でしょ。懲りろよ」

「そんなの分かんねーだろ。恋なんてなにがどうなるか」

「まあ多少はねー。そういえば、ゴーダの弟も今年入学なんだって」

 そうなのだ。私はすでにチェック済みである。ゴーダに似て凛々しいが、まだあどけなさをたっぷり残しており、あまりの可愛さによからぬことを想像してしまう逸材である。

「えっ、そうなの? ビワちゃんの妹とゴーダの弟と俺……」

 ライスは何かを思いついたように顔を上げる。

「ライス君、悲劇が繰り返されないよう願ってるよ」

 そう言って、私たちは笑いあった。

 短い間だったとはいえ、やっぱり共に旅した仲間はいいものだ。


 いつの間にかチンジャオが私たちのそばで、サラミを食べている。いかにも興味なさげだが、ならなぜ近くにいるんだという話だ。私に紹介してもらうのを待っているに違いない。うざい。

「ライス、この人が今の私の指導者、チンジャオ」

 ちっ、めんどくせえ。だけど、誰に見られているか分からない。この場では礼儀正しい女性でありたい。

 人の精いっぱいの優しさにも関わらず、チンジャオは軽く会釈するのみだ。

「ねえライス、空いてる戦士知らない? うち戦士と魔術師がいないんだ。できれば強くてかっこいい人」

 チンジャオがこちらを怪訝な目で見る。だが、余計なことを言ったら、高速ボディブローで今日食べた物をすべて吐き出させてやるからな。

「戦士なあ。俺の同級はどこかの隊に所属してるか、辞めてるかだなあ。でも先輩に一人女戦士がいるよ。確か前の隊が解散になったとか」

「ライスさん……だっけ? ちょっと教えてもらえないかな。シャトーが言った通り、うちは戦士と魔術師がいないんだ」

 おいおい、戦士要らないとかいってたくせになんだこいつ。

「サロンで聞いてみてよ。リブさんって名前だ。美人だよ」

「俺は別にそういうのはいいけど」

 嘘つけよ。

「そうだよね。あなたの隊には超絶美人のシャトーがいるもんねははは」

「ふっふふ」

 うぜえ。

 ただ、ライスのこういうコミュニケーション能力はうらやましいところではある。チンジャオともすんなり話せるんだから大したものだ。




 結婚パーティーが終わった。ゴーダとビワは離れたところにいたが、時折目を合わせたりと、心を通じ合わせている感じがして、とてもうらやましかった。そしてやはり少し悔しかった。ビワたちは毎日ああいう幸せな顔をして暮らすのだ。私も人間やモンスターをシバきまわすより、家で愛する人のために料理をしたりする方が性に合っている気がする。

 そんなことを考えている私が、今居る場所は山の中である。仕事の報告と今後の方向性を町に相談するため、町にしばらく滞在することになったからだ。もちろんそんなのは指導者の仕事、私には関係がないので、その辺の野山に何泊もして時間をつぶすことになる。冒険者学校の卒業と同時に住み込みのバイトも辞めたため、住む場所がないからだ。なんだか学生の時の方がまだ人間らしい暮らしだった。住む場所はないわ、トカゲから告白されるわでどんどんモンスター側に寄って行っている気がする。これは非常にまずい。私も早く結婚相手を見つけて温かい家庭を持ちたい。




 今日はチンジャオと打ち合わせのため冒険者サロンに来た。サロンのテーブルで彼の長い話を聞いている。

「……だからさ、ああいう事件に巻き込まれたとはいえトカさんにはお礼しなければいけないし、もちろん俺に付いてきてくれたシャトーにも感謝しなくてはならない。俺に対して色々不満もあるだろうが、仕事ミッションを達成するために仕方なく厳しくしている部分もあると理解してくれ。そしてそれらの種がようやく実を結んだと言えばいいのかな、さっき町と色々話して来たんだ。まず俺たちの功績について、町の考えでは……」

 何か良いことがあったらしく、その報告のイントロが終わるのを待っている。早く本題を言ってくれないと寝てしまいそうだ。

「……というわけで、ガノとの交流に成功したら、俺は魔導師ウィザードになる」

 そう言った後、いつものキメ顔でこちらの反応を待っている。だが残念ながらウィザードとやらが私にはよく分からない。

「はぁ……それは何?」

「は? なんで知らないの!? 役だよ役。魔術師系統の役だよ。町の役員になるんだよ。運営にも多少口を出せるし、大きいミッションも任されるようになる。俺の若さで役なんてかなり異例だよ」

「はあ」

「なんで分からないんだよ。シャトーの報酬も上がるよ」

「いいじゃん! それ先に言ってよ」

「チッ」

 露骨に舌打ちしやがった。私が驚かなかったのがそんなに悔しいのか。


「よお、チンじゃないか、久しぶり」

 男が声をかけてきた。背が高く、ワイルドで彫りの深い顔立ち、そして何より……

「久しぶりだな。何か用かよ、ブル」

 頭にしびれのような感覚がある。あれ? こんなことは今までなかった。何か他の男の人とは違う。分かる。きっと私はこの人とつながりができる。

「戦士を募集してると聞いてさ、入れてくれよ」

 ほら。

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