第18.5話 魔術師ビワと治癒師の子
「結婚式、シャトー来なかったな。一応チンジャオも呼んだから来れるかなーと思ったんだけど」
礼服姿のゴーダが言う。
私とゴーダの結婚式は無事に終わった。この後始まる結婚パーティーまでの間、ラウンジでゴーダと2人だらだらと過ごしている。
「パーティーには来てくれるんじゃないかな。なんとなく」
シャトーは体のラインが出るドレスはきっと着たくないだろう。だから結婚式には来ないかもしれないとは思っていた。でもこのあとのパーティーには来てくれる気がする。
私の彼女に対する第一印象は「岩?」だった。
一緒に冒険に出るパーティが初めて顔合わせた日、握手したシャトーの手は治癒師とは到底思えないほどゴツかった。もともと学校でも体が大きく目立つ子だから存在だけは知っていたけど、こんなに硬い中身が詰まっているとは思ってなかった。でも、私には好都合だった。私が冒険する主目的はパートナー探しであり、同じ人を好きになった場合私の方に断然分があると思ったからだ。
しかし旅に出てすぐ、それは間違いだということが分かった。この子には包容力がある。なぜかは分からないが、こんなきつい旅でもいつもニコニコ余裕たっぷりだ。結局男なんてものは女に優しく包まれたい生き物で、シャトーにはその力がある。私にもないわけではないが、こんな劣悪な環境では自分のことだけで精いっぱいだ。私は過去の実績からして、ある程度かわいいはずだが、時間がたつにつれ彼女の包容力が私のかわいさを上回る時が来るかもしれない。かわいさは減るが、性格的なものは減らないのだ。時間はかけられない。
彼女は冒険における食事や、野営の準備などを完璧にこなすわりに、戦闘においてはあまり役に立たなかった。治癒師だから当然ではあるのだけど、何も攻撃できないくせに、大きい体で私の前に出るものだから魔術が打ちづらい。ゴーダにいいところを見せたいのは分かるが、治癒師は治癒師らしく後方支援に徹してほしい。
そう、シャトーがゴーダに気があるのはすぐにわかった。きっと彼女にとってゴーダは単にかっこいい指導者のうちの一人なのだろうが、私には違う。私は色々な誘いを断ってゴーダからお呼びがかかるのを待っていたのだ。私は彼を一目見たその日から、きっと私は彼と結婚するのだという思いが、ぼんやりと、しかし明確に心にあった。
彼はいつも友達に囲まれて楽しそうに笑っていて、性格が良いのは遠目に見ていても分かった。指導者は甘やかされて育ち横柄な人や、教育が厳しく歪んでしまった人が多いが、彼は違った。人間の本性が出ると言われる冒険に出ても、それは変わらなかった。決して家柄や容姿などに惹かれたわけじゃないけど、たまたま家柄もよく、たまたま容姿端麗だった。そうほんとたまたま。
困ったのは彼が冒険に対して生真面目だったこと。女子のネットワークを駆使した事前の調査で、彼が兄の仇を討つために優秀な仲間を探していると知り、パーティに選ばれるべく、今までテキトーにやっていた魔術の練習をかなり頑張った。自分でも驚いたが割と才能があったため、すぐに上達し成績も上がった。その甲斐あって、ゴーダからお呼びがかかった。
でも、後でゴーダに聞いたら「かわいいから選んだ」と言っていた。私の努力は何だったんだ。まあうれしいけど。
ちなみにシャトーは栄養学やサバイバル術の成績で選んだそうだ。何でも亡くなった彼の兄から「トカゲの前に山籠もりがキツい」と、聞かされていたらしい。彼は先生にも相談し、山籠もりに必要な野営や食料調達などのスキルを持っている彼女が適任だと教えてもらったそうだ。確かにあの〝黒の森〟での野営にシャトーがいなかったらと思うとゾッとする。
ゴーダがもう1人のメンバー、戦士を選んだ理由は一応聞いたけど忘れてしまった。
栄養学の成績が優秀なだけあってシャトーの料理は基本的に美味しいが、時々突拍子もない物が出た。私とゴーダが初めて結ばれたあの夜は、おぞましい虫の唐揚げが出た。シャトーはそれを
本当は次の日、もう帰るはずだった。予期していなかったとはいえ、ゴーダと結ばれたわけだから、私たちの町の決まりによりこれで婚姻関係は成立、私としてはもう冒険する理由はなかった。
きっとゴーダは引き継ぎのことを考えたのだと思う。あと1日捜索すれば、ちょうど1ブロック捜索が完了し、大トカゲの調査を後任に引き継ぐにはちょうどよかった。結婚となれば、しばらくは休暇が与えられるため冒険には出られない。兄の仇を取りたい彼にとっては志半ばで離脱することになる。あと1日、それは彼にとっては最低限のけじめだった。
そうして、私もパーティも帰還を控え、ちょっと浮かれていたときにそれは出た。大トカゲとはいえ所詮トカゲだからとタカをくくっていたが、私たちの前に現れたそれは、あまりに大きく、速く、そして強かった。
予想外のことはそれ以外にもあった。特に、いつも冷静で抑制の利くゴーダが、一瞬で我を失ったことは衝撃だった。兄の仇が目の前にいるのだ、当然と言えば当然だ。だけど、彼の怒りは完全に悪い方に作用した。無策で敵に剣を突き立てた彼は、一瞬で吹っ飛ばされた。私はほとんどパニック状態になっていたと思うが、横にいた戦士の男はそれ以上だった。結局、冷静だったのはシャトーだけだった。
「ビワ! 火!」
彼女は素早くゴーダに駆け寄りながら、私に炎の魔術を使うよう言った。
この時は、私が出せる中で一番大きい炎の魔術がすぐに出た。火事場のなんとやらだ。
治癒を終え私の前に立った彼女は、落ち着いた口調で、しかし命令するような厳しさで、ゴーダを連れて逃げるように言った。
この時ようやく気づいたが、彼女が戦闘の時いつも私の前に立つのは、防御力の弱い私を守るためだったのだ。彼女の背中は大きく、自信に満ち溢れているように見えた。
指導者であり婚約者でもあるゴーダをやられた上、ほとんど初めてとなる強敵を前に、私は頭の中が真っ白で、逃げるプランも戦うプランも思いつかなかった。横にいた戦士の男に至ってはもはや棒立ちを通り越し、本物の棒のようだった。本来なら残る3人で協力して対処すべきところだが、もうシャトーの言うことを聞くしかなかった。実際、シャトーの言うことを聞かず、やみくもに逃げたり突っ込んでいったりしていたら、きっと全員死んでいただろう。
彼女が「私は大丈夫」と言った時、本当に大丈夫なのだと思った。あんな巨大なモンスターと1対1で戦って大丈夫なわけがないと、理屈では分かっていたのだのだけど、シャトーが負けるなんてまったくもって思えなかった。それは肌で感じた直感的なものだろう。女の勘と言い換えてもいい。事実彼女は負けず、無事に逃げ帰った。
だけど、本当は勝ったんじゃないかと私は踏んでいる。なぜなら、大トカゲとはその後話し合いで和平が成立したが、指導者であるあのチンジャオに話を付けられるわけがないからだ。きっとシャトーが戦いに勝利してトカゲに要求を呑ませたのだ。さすがに武器もなしにあんなのを倒せるはずはないから、うまく策をめぐらせたのだろう。
トカゲと戦う理由がなくなってゴーダは複雑だろうが、妻である私としては、復讐心に駆られて彼が無茶せずに済むから安心だ。
結局、私が彼と結婚できたのも、これから彼と幸せに暮らせるのもシャトーのおかげだ。彼に好意を寄せていた彼女には悪いけど。
私の予想通りシャトーは結婚パーティーには姿を見せた。なんだかかわいい法衣を着ている。
「結婚おめでとうビワ! とってもかわいいよ!」
「ありがとう」
「ゴーダは?」
「彼はあっちで友達に囲まれてるよ」
「あ、ほんとだ。結婚式も出たかったんだけどさ、ついさっき帰ってきたばかりなんだ」
「そうなんだ。聞いたよ、結構遠くまで行ってるんだもんね。新しい指導者はどう? なにか嫌なことされたり言われてない?」
「まあ、そっちは別に今のところ害はないよ」
「そっちは? ってことは他のメンバーとなんかあったの?」
シャトーは言い淀んでいる。こんな歯切れの悪い彼女は見たことがない。
「実は……もう1人一緒に旅していた人がいて、その人に変なこと言われちゃって……ビワなら慣れてると思うんだけど、私はちょっと……」
「何? 何? 詳しく聞くよ?」
「いや、いいんだ。今日はほらビワの結婚式だから。また今度聞いてね」
なんだ、何があったんだ。あの大トカゲを倒したであろう彼女が困惑するほどの出来事とは一体……。その前に、他のメンバーって誰の事だろう。確かチンジャオの隊にはシャトー以外入らなかったはずだが。ゴーダがシャトーのために知り合いを勧誘していたが、それでも結局誰も加入しなかったと思うが。
シャトーは押し寄せる人に流されるように去ろうとする。
「シャトーちょっとまって、……恋愛がらみ?」
彼女は照れたようにうなずき、それをはぐらかすように笑顔を振りまくと、向こうへ離れていった。
「じゃあゴーダに挨拶してくる。やっぱりすごくかっこいいね彼。お幸せに!」
ゴーダとシャトーとの冒険ならもう少し続けてもよかったな。でもやっぱり続けていたら今こうして結婚式はできていないかもしれない。これは女の勘だけど。
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