第18話 運命と告白

 今日は年に一度の祭り。朝、町はすでにあちらこちらに屋台が出てにぎわっていた。どこから湧いて出たのか、ドラゴンもゴブリンも街中を闊歩している。今日ばかりはそれを白い目で見る人間もいない。俺も大手を振ってシャトーたちと一緒に歩けるというわけだ。

「あーあ、袖のふわふわの汚れが落ちなったから結局いつもの法衣だよ」

「まだいいじゃん。俺なんて腕に包帯巻いたままだよ」

「長袖着ればよくない? なんか包帯かっこいいと思ってない?」

「そ、そんなことねーよ!」

 2人とも楽しそうでよかったが、なんだか2人が仲良くなっている気がするのがもやもやする。


 俺は今朝、かなり早起きし、クソみたいな山を登り、副隊長の女をたたき起こして、色々と恋に関する助言を受けてきた。そしてクソみたいな山を下りながら、頭の中で入念なリハーサルを行い、完璧に仕上げてきた。そう。今日、シャトーに自分の気持ちを伝える。そこからは相手の出方次第だが、できれば副隊長のように一緒に暮らすのがいいだろう。洞窟に戻れば暮らすのには困らない。シャトーと一緒に魚を捕ったり、酒を飲んだりしながらのんびり過ごす日々を夢想すると、とても温かい気持ちになる。


 今回のプランにおいて、最大にして唯一の障害が、この男チンジャオだ。副隊長の女も言っていたが、〝告白〟は2人きりであることが大原則だ。しかし彼は、昨日の戦闘ですっかり1人になるのを怖がってしまっており、なかなか2人きりになるのは難しい。


「あら! 隊長じゃない!? 久しぶりー! 戻ってきたの?」

 人間の女が声をかけてきた。全く思い出せないが、女で俺のことを知っているということはまた飯屋か酒場の女だろう。祭りだからかひどく薄着だ。

「いや、町には立ち寄っただけだ」

「ウチもそこで露店だしてんのよ。ちょっと寄ってってよ。サービスするよ?」

 女が指をさした方向には簡素なテーブルとイスが並んでいた。普段ドラゴンも相手にしているだけあってデカめだ。

「2人どうする? 味は別にマズくはないが、取り立ててうまくもない」

「ひどーい。うち最近ご飯も人気なんだよ。もちろん若い子も大勢いるよ」


 2人とも興味がある、という感じだったので席に着いた。

 何も言ってないのにビールが3つと料理が運ばれてきた。

「私まだ町の法律で飲めない歳なんだけど」

「そうなのか? だがシャトー、今日は確か赤子でも酒を飲んでいい日だぞ。この町では感謝祭の日は法律が半分くらいになるらしい。他にもいろいろ緩くなるが、争いだけは普段以上にご法度だ。感謝祭だからな」

「そうなの? じゃあ飲んじゃお」

 そう言って3人で乾杯した。乾杯なんて何年ぶりだろう。昔は毎日やっても特に何も感じなかったが結構いいものだ。


 チンジャオがこちらに顔を近づけ、店員に聞こえないよう小さい声で言う。

「あのさ。この店って、その、なんというか、多分普段は大人のお店だろ? それが露店で朝からとは。大きい町はすごいな……」

「どういうことか分からん」

「エロい女の子が見られてうれしい、ってさ」

「そ、そんなんじゃねーよ!」

 またこのやりとり。なんだかこれ悔しいんだが。

 だが待てよ、そういうことなら使えるかも。


 席を立った時に、貧相な女どもにチンジャオを引き付けてもらうよう頼んだ。バカ高い酒を頼むよう要求されたが、仕方ない。やれることはやっておきたい。


 その甲斐あって、チンジャオは貧相な女に熱心に話をしている。もともと酒に酔いやすいタイプなようだ。

「あ、この包帯? これはね、仲間のためにケンカした時にちょっとね。俺は平和主義者だからさ、話し合いで解決しようとしたんだけど、向こうは切羽詰まってたようでね。サクッとやられちゃったわけさ。防御法術をかけてなかったら、今このジョッキを持ってる手はないだろうね。ははははは」


「へー。あのチンジャオが女の子と話せてるじゃん」

 チンジャオはカウンターで女と話しているため、シャトーと2人きりだ。

「チンジャオは酒が好きそうだな。俺も人間の文化で一番好きなのは酒だ。法律がどうとか言ってたがシャトーは飲まないのか?」

「うん、一応ね。でも私がバイトしてたところが、前科者とかろくでもない人間が集まるようなところだったから、少しは飲んだよ。別にそこまで好きじゃないけど」

「なるほどね」

 俺はビールを飲み干し、おかわりを頼む。空いた会話の間を埋めるためだ。俺は普段皆と何の話をしていた? 俺はつまらない奴だったのか? いや違う。考えろ。またとないチャンスなんだ。今は頭でひねり出した会話でいい。次へつなげるんだ。

「料理もそこで覚えたのか? シャトーの料理はとてもおいしい」

「そう、うれしい。チンジャオと2人の時は作り甲斐がなくてさー。トカちゃんがおいしそうに食べてくれるから楽しいよ。料理はおじいちゃんと2人で山で暮らしてたからその時に覚えたかな。普通の人が食べないようなのも食べてたから、たまに知らずに出して引かれちゃうけどね」

「俺は絶対引かないぞ。ドラゴンのから揚げとか出ない限りな」

 シャトーは、「あははは」と声を出して笑う。戦っているシャトーも美しいが、やはり笑顔は格別だ。よく考えたらこんなまじまじとシャトーの顔を見るのは初めてだ。本当に美しい。

「君の顔はとても美しい」

 しまった。つい言ってしまったが、こういうのは流れを読んで要所で言うよう習ったんだった。だが、シャトーは照れ、少し嬉しそうに見える。

「……いや、あ、でも、あれかな? 顔に傷がないってことかな? それならトレーニング中とか顔に傷ができたときは、おじいちゃんが町の治癒師のところに連れてってくれたから。その時は傷を治せるなんてすごいなあって思った。私が治癒師になった理由の1つだよ」

 今はすっかり傷をつける専門家だな、と言いかけて止めた。会話のトーンからして今はそういうことを言う雰囲気ではないという判断だ。

「じゃあどうだ。これから君を育ててくれたおじいちゃんと、その治癒師の恩人に〝感謝〟しに行かないか?」




 ほぼ完璧だ。シャトーと2人っきりで中央広場のやぐらのところまできた。チンジャオはしばらく貧相な薄着の女と話しているそうだ。

 まだ昼過ぎだというのに、やぐらの周りには行列ができている。

「あれは〝祈りのやぐら〟だ。あのやぐらを中心に渦状の行列ができているんだ。そして、ぐるぐる回りながらやぐらに近づいていく。その間はなるべく感謝する対象のことを考えながらな。そしてやぐらに着いたら、感謝を伝え、1つだけ、なるべく些細な願いを言うんだ。思うだけでもいい」

「へえ。些細なのを1つだけか。悩むなー」

「これが夜になると列はさらに長くなり、なかなか着かなくなるから、みんな暇で踊りだすんだ。みんな酔っぱらってるしな。踊りたいがために何週もする奴もいる」

「楽しそう、行こう!」


 俺とシャトーは行列の最後尾に並ぶ。いくら今日が種族を越えた祭の日だからとはいえ、人間の女とドラゴンの組み合わせはなかなかに珍しい。

 文化だからしょうがないが、隣の列を歩く、俺たちより1周先の奴らから話しかけられる。俺は町の部隊関係の奴からやたら知られているし、人間の男どもはシャトーがよその町から来たと分かると、調子に乗ってしゃべりやがる。シャトーも楽しそうに振舞っている。まあ、シャトーは優しいから多少は仕方がない。


 列が進むに従い、シャトーは自分から男どもに話しかけに行くようになった。ま、まあ、シャトーは社交性があるから、多少はね。シャトーは文化を大切にするし。多少は。


 見覚えのある男が声をかけてきた。部隊関係の奴だろうが、詳細は記憶にない。体格から見るに、魔法系の部隊か事務方だろう。

「本当に戻って来てたんだな、隊長」

「戻って来てないし、もう隊長じゃねえよ」

「ははは、そうか。ところで知ってるか? 剣士の連中が何者かにメッタメタにやられたらしい」

「初耳だ」

「これは噂なんだがな……、奴らメスのサスカッチに襲われたって話だ」

「ほう」

「サスカッチとか雪男とかの伝説は大体がオスなのに、なんでメスかって思うだろ? なんでもやられた剣士の多くが、大事な大事な金のタマを失っているらしい。しかも決まって片方だけな。きっとサスカッチのメスの好物はタマなんだ。サクランボみたいに食っちまうのさ」

 マジかよ。隣でよその男と楽しそうに話しているサスカッチに詳しい話を聞きたい。さすがにタマを食べはしないだろうが……、だが今思えば、剣士の奴らタマを潰されたからあんなにぐったりしてたのか。タマを潰しまくる治癒師がどこの世界にいるんだよ。やばすぎるじゃねえか。


「トカちゃん何の話してるの? 昔の知り合い? 私にも紹介してよ」

「いや、こいつはすぐにどっか行くらしい。だったよな? な? な?」

 そういいながら尻尾で膝をつんつんすると、男は離れてくれた。


 そうこうしているうちにやぐらに近づいてきた。シャトーは他の人がそうしているように、目を閉じて、胸に手を当てている。俺も胸に手を当てる。

 俺が感謝することは決まっている。この出会いにだ。シャトーと出会わせてくれたこの運命にできる限りの感謝をしよう。そして彼女と一緒にいられるこの時間が続くことを願おう。


 俺たちは祈りのやぐらに手を触れる。柱は生温かく湿り気がある。すでに何人もがこの柱に手を当て、感謝と願いを伝えたのからだろう。俺も感謝を伝え、祈りをささげる。彼女の方に目をやると、同じようにやぐらに触れ、何やら唱えている。何を願っているか分からないが、俺と同じ願いだったら最高だ。




 感謝を終えた後、俺とシャトーは屋台で肉を食べ、魚と酒を買って、小高い丘に来た。

 すでに先客が何組かいる。それもそのはず、この丘からは中央広場の祭りの様子が一望できる知る人ぞ知るスポットだ。もちろん俺は知らなかったので、副隊長の女に聞いた。人間はよくこんなことを思いつくもんだと感心するが、夕方から行列が徐々に踊りだす。それを上から見るのは楽しい、らしい。

 シャトーと焼き魚を食べながら広場の様子を見ていると、怒号が聞こえだした。よくわからないが「遅え!」とかなんとか言っている。そして別の場所から「待ってろ!」とかなんとか返している。それが徐々に掛け合いのようになり「せっ! せっ!」「てっ! てっ!」という意味のない掛け声に変わっていく。

 そしてどこからともなく踊る奴が出てくる。するとせきを切ったように渦状の列が動き出し、うねるように渦が脈動する。

 ただ騒がしかった掛け声も一定のリズムが出来てくる。

 そして広場に人が集まりだし、渦はさらに大きくなる。


 シャトーも目を輝かせている。

「すごい! なんかすごいね! 蛇に熱湯でもかけたみたい!」

「ふふ、そうだな」

「また後で、もう1回行こうよ。踊りに」

「ああ、いいぞ」

「もう1周すれば、もう1つ願いを言っていいのかな」

 ここしかない。ここで〝告白〟だ。自分の素直な気持ちを言うんだ。

「……多分、もう1つお願いをしていいが、俺にはもう願うことがない。なんせ今が叶っちまってる。さっき俺が感謝したのは、シャトー、君と出会えた運命にだ。そして願ったのは、君とずっと一緒にいられるようにだ。君と旅ができて、こうして祭に一緒に参加できて、一緒にこの景色を見られて、俺は生きてきた中で今が一番楽しいよ」

 俺はまっすぐ祭の渦を見ながら話しているが、シャトーが俺の方を見ているのがわかる。

「だから……、だから、俺とずっと一緒にいてほしい」

 俺はシャトーの方を向く。彼女と目が合う。

「俺は君が好きなんだ。俺と結婚してほしい」

 灰色がかった美しい瞳は、驚いているようだ。無理もないが、俺たちは最初に敵として戦い、お互いを分かり合った。そして、ここまで一緒に旅をし、仲間として共に戦った。普通の関係ではありえないほど、濃密な時間を共にしてきたんだ。性格的にも、俺たちはお互いを補い合えるような――

「え? 嫌だよ」

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