第17話 人質と仲間

 俺はチンジャオの姿を確認すると、足を止め、木に身を隠す。

 〝四の剣〟らしき男は、チンジャオを捕らえ首元に刃を当てている。チンジャオは腕から血を流し苦悶の表情を浮かべており、もう戦えそうにない。奴らが少しずつこちらに歩いているのは、俺と一の剣が戦っていた場所に向かっているからだろう。

 俺の存在はまだ気づかれていないが、もう少し距離が縮まればきっと気づかれる。なんせ俺はデカい。


 何か視線を感じると思ったら、シャトーが木に隠れこちらを見ていた。ちょうどチンジャオたちの真横、奴らからは死角の位置だが、それでも結構距離はある。

 ともかくシャトーが無事でよかった。二の剣を見事退けたのだ。これで問題はほぼすべてクリアとなった。後はチンジャオを無事に救えば完璧と言っていいだろう。

 シャトーとアイコンタクトを取り俺はゆっくりと歩き出す。どっちにしてもどうせ俺はすぐ見つかる。それなら敵の注意を俺に引きつけたい。

 四の剣と他数人の剣士たちは俺の存在に気づき身構える。


「き、貴様がなぜここに!? うちの隊長をどうした!」

「話し合いの結果、剣士やめるってさ」

「うううう嘘をつけ! 何をした貴様!」

 チンジャオは俺の姿を見て、涙を流し、嗚咽を漏らしている。喜んでいるのか、ただ辛いのかなんなのかよくわからない。

「お前は静かにしてろ!」

 チンジャオは四の剣に剣のつばで額を殴られている。結構痛そうだ。


 四の剣は部下を下がらせると、捕らえたチンジャオをこちらに見せつける。

「クソ爬虫類が! こいつを殺されたくなかったら剣を――」

「殺されたくなかったら剣を捨てろ。その男に人質の価値はない。その男は死んでも構わないので、俺は剣を捨てない。お前がその男を殺してもお前は死ぬ。俺は一の剣を倒してここに来た。お前らじゃ俺に勝てない。分かるだろ?」

 頭を失った部下の行動は読めない。立場を明確にさせながら、できる限り冷静に話し合いたい……とこではあるが、シャトーはきっとそんなに待たない。


「トカさん……嘘だろ? 俺たち……ずっと一緒にここまで……」

「お前は喋るな!」

 剣の鍔でまた殴られる。かわいそうだ。

「隊長を倒しただと? ハッ! どうせうまいこと逃げてきただけだろ! 試しにこいつを殺しても――」


 ゴッ、という鈍い音に次いで、彼の体は地面に崩れ落ちる。そう、チンジャオの体が。

 シャトーの投げた石がチンジャオの胸に当たったのだ。

「なんだ!? どこから攻撃が!? おい寝るな! 立て!! 早く立ち――」

 シャトーの膝が四の剣の顔面にめり込む。助走のたっぷり乗った飛膝蹴りだ、きっと痛いなんてどころじゃない。四の剣は地面に倒れこむと同時に、シャトーに腕をからめとられる。そして骨がどうにかなる嫌な音が響く。

「ぎゃやあああぁ!」


 俺も、突っ込むと残った剣士たちを剣で叩き伏せる。


 俺はチンジャオの元に駆け寄る。シャトーはすでにチンジャオの状態を確かめている。

「う……う……」

 シャトーは俺の方を見て、屈託なく笑う。

「石、外れちゃった。えへっ」

 面倒に巻き込んでしまった俺に対して、こんな美しい笑顔を見せてくれるなんて、なんといえばいいのか。女神とは彼女のことを言うのかもしれない。心が浄化されていくのを感じる。

「ふ、ふたりとも……ひどい……ひどいよ……痛い……笑い事じゃないよ……ゲホッゴホッ……息が苦しい…… 俺死ぬんじゃないこれ……」




 テントのある場所に戻ると剣士たちがうつろな表情で寝転がっていた。シャトーが1人で蹴散らしたのだ。うずくまって泣いている者も何人かいた。キツいとどめを刺されたのだろう。心も体も戦闘不能といった様子だ。その中には〝三の剣〟もいる。


 チンジャオがシャトーの膝に頭を乗せた状態で横になっている。なんだろう、すごくうらやましい。

「あー、石が当たった所は大したことないけど、切られた腕がひどいね。『ヒール治癒』……うん、石の方は全然大丈夫だけどね」

「石のとこも痛い、それになんか枕がかったいよぉ」

「膝枕してもらっておいて何言ってんの」

 シャトーはチンジャオの頭をはたく。なんだろう、このやり取りはかなり腹が立つな。俺も腕くらい切られておけばよかった。


 俺は地面にしゃがみ込み頭を地に擦りつける。人間である2人に対する最大限の謝意を表すためだ。

「2人ともすまない。俺のもめごとに巻き込んでしまった。できる限りの償いをする。許してくれ」

 2人は顔を見合わせ、黙っている。

「そしてチンジャオ、すまない。借りた剣を折ってしまった。これについては俺が剣士からもらった剣を受け取ってくれ」

「そっち? それはどうでもいいよ。俺が引っかかってるのは『人質に価値はない』って言われたことなんだけど……」

 そっちかよ。そんなに間違ったことは言っていないが、なんだかもじもじしているところを見ると、気にしているようだ。


「あれは俺の方を注目させるための方便だよ。隠れていたシャトーに剣士たちの意識が行かないようにしていたんだ。俺が早々に剣を捨てたりしたら、俺の動向を注視する必要がなくなるだろ? あいつら剣士たちには、ドラゴンと人間は仲良くできない、という思いが根底にある。今回のいざこざも元はと言えばそれが原因だ。だから俺のセリフにも信憑性はあるんだ。少なくともあいつらにとってはね。それに、仮に俺が降参したとしても、あんな乱暴な襲撃をする以上、目撃者も消すに決まってる。君もシャトーも生かしてはおかないさ」

「土下座なんてやめてくれ」

 チンジャオは俺の手を取り立ち上がらせると、両手で俺の手を握る。

 そして俺の方に微笑みかける。

「俺はさ……ドラゴンと人間、仲良くできると思うぜ? だろ?」

 なんだか誇らしげな表情をしている。とりあえず根が単純な人で良かった。


「ちゃんと事情は説明してもらうけど、私たちはトカちゃんのおかげでここまで来られたわけだし、結局みんな無事だったわけだしね」

「俺は全然無事じゃないんだが……腕は千切れるところだったし、胸の骨もヒビは確実に――」

「あ! でも、服は血が落ちなかったら弁償してもらうから。これ結構高かったんだから」

 シャトーはそう言って笑って見せる。やっぱり女神だった。


 明日は感謝祭だ。今日はゆっくり休んでもらうよう2人に促した。

 俺は、念のため三の剣に話を付けに行く。確か剣士の中では比較的話せる奴だ。


 この戦いが片付いても、今のドラゴン隊が襲われてはまた争いを繰り返すだけだ。俺はドラゴン隊とは無関係だと分かってもらわないといけない。またシャトーたちの貿易に支障が出てもいけない。シャトーもチンジャオも完全に巻き込まれた側だが、いかんせんシャトーはやりすぎた。結局、部隊長である二の剣、三の剣、四の剣を倒し、雑魚剣士をめちゃくちゃに叩きのめした。心をへし折り、体も文字通りへし折りまくった。さすがにこれで恨むなというのは無理がある。ここはなんとか説得、それが無理なら脅迫するしかない。


 三の剣は木にもたれかかり気だるそうにしていた。 

「やあ、久しぶりだな隊長。戦いは終わったのか?」

「ああ。一の剣も倒した。引退するそうだ。後でお前か誰かのところに行ってくれると思う」

 俺は一の剣からもらった剣を見せる。

「そうか……」

「2つお願いがあって来た。1つ目だ。今のドラゴン隊と俺は関係ないから、今後彼らを攻撃するのはやめてくれ」

「分かった、皆には言っておく。お前が無関係なのは、今のドラゴン隊長に聞いたから知ってるよ。今回のは一の剣の個人的な恨みさ。お前へのな」

「本人もそんなようなこと言ってたよ。で、もう1つのお願いだ。今回俺と一緒にいた人間たちは、今後も町に出入りするんだが、彼らを見逃してくれ」

「これだけやられたんだ、さすがにそれは無理だ。……と、言いたいところだが、何とかなるかもしれない。俺たちは、強そうに見せる、ってのも仕事のうちだ。だから女1人にコテンパンにやられました、なんて言えるわけがない。かといってこれだけの被害は隠せない。ほとんどの奴はこの後病院に直行だしな。誰か別の奴にやられたことにしてみるが……」

「そうしてくれると助かる」

「というかあの女って何者? あいつやばくない?」

「ああ、俺もまいってるよ。完全にな」


「うちの町は今、パインツの連中に結構押されてるんだ。あっちにも新戦力が入って手を焼いてる。お前の後任はどうも指揮がうまくない。それに一の剣みたいな頭のおかしい奴がいなくなったら、敵はますます戦いやすくなるだろう。このままじゃいずれうちの町は負けちまうよ。お前はもうドラゴン隊には戻らないのか?」

「ああ、他にやりたいことがあるんでな」

「そうか。そりゃ残念だ」


 三の剣は、立ち上がり、部下たちに負けたことを告げる。そして、町へ帰るよう号令をかけた。

「祭、久しぶりだろ。楽しんでいけよ。じゃあな」

「ああ」

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