第16話 剣士隊長と元隊長

「おらァ! おらァ!」

 一の剣が切りかかってくる。乱暴だが的確な剣だ。俺の尻尾への警戒も怠っていない。また、魔法を打たれない程度の間合いをキープしている。旧知の間柄だからそういう対策をされても仕方ないが、情報量に差がある。俺の知っている一の剣は、うざったらしい長髪と、いくさの時に先頭でオラオラ言ってるイメージが強すぎて、どう戦っていたかはあまり覚えてない。


「おらァ! どうしたァ! かかってこいよ! 爬虫類のくせに剣持ってんじゃねえ!」

 奴はこちらとの距離を適度に取りつつ威嚇してくる。

 急いでいる割に、安全圏からの攻撃しかしてこない。……なるほどな。


「そういやお前が戦っているところって見たことがねえなァ! 適当に雑魚倒して俺強ぇアピールしてただけじゃねえのかァ? そうやって町の連中にいいカッコして取り入ったんじゃねえのか? コスい奴だ! 図体だけデカくて、中身はスカスカなんじゃねえのかよ」

 俺は一の剣を見据えたまま、尻尾を大きく後方に振る。

 ベキッという音と共に背後から近づいて来ていた男が吹っ飛ぶ。

「なるほど、お前は大声で騒いで敵を引き付ける係、ってわけか。それで自分をわざとうざくてムカつく奴に仕立ててるのか? だとしたら大成功だ。天性の素質も持ってる、誇っていいぞ」


「クソ…… クソったれ! なんて使えねえ奴だ! ばれてんじゃねーよ! クソがァ!!」

 口調とは裏腹に剣は俺からそらしていないし、間合いもしっかりとっている。冷静だ。

 間合いは向こうが有利だ。俺の剣が短いことを抜きにしても、一の剣は踏み込みが早いし、剣速もある。奴の得意な剣の間合いの外で戦うか、または剣の振れないゼロ距離で戦うか……。だが、無傷で距離を詰めるのは難しい。なんとか隙を作って魔法の準備をしたい。

「俺の仲間まだ来ねえな。普段ロクな物食わないせいで、切れの悪いクソでもしてるんだろうな」

 一の剣は、表情を1ミリも変えず、剣のつばをカチャリとだけ鳴らす。

 ここからは文字通り真剣勝負ってわけか。ついさっきまで不意打ちを狙ってたくせに勝手な奴だ。まあ、俺の援軍が来ないことはそろそろ勘づいているかもしれないし、俺としてもだらだらやるつもりはない。


 一歩詰める。

 奴は一歩下がる。

 もう一歩詰める。

 奴は下がる。

 次の一歩と同時に、尻尾で足払い。

 奴は小さいジャンプでかわすと、俺の胴を狙い一閃。

 俺は奴の剣を目がけ、全力で剣を当てる。

 派手な金属音と共に、俺の剣は折れ、先端が地面に勢いよく突き刺さる。だが、奴の剣は横に大きくはじけ飛んだ。

 奴の目は、もういつものギラついた目ではなくなっている。負けを悟ったのだろう。剣がなければ俺には勝てない。


 俺は折れた剣で、奴の肩をたたき切る。骨の折れる鈍い音がして、奴は地面に伏す。

「……ンでだよォ……なんで頭狙わねえんだクソが! 情けをかけたつもりかよォ! どこまでムカつくクソ野郎なんだ貴様は!」

「後でちゃんと死んでもらうさ。聞きたいことがいくつかあるんだよ」 

「その前に聞かせろよ! なんで俺はお前に負けたんだよォ! お前はずっと俺のことをバカにしてたのかよ!」

「バカになんてしないさ。1回きりで1対1の戦いなら俺のほうが強いってだけだ。剣技はお前のほうが数段うまい。だがパワーが圧倒的に足りない。だから、剣の勝負じゃなく、パワーの勝負にさせてもらっただけだ。剣だってパワーは重要だろ」

「クソっ! 結局自分の種族が優れてるって言いたいだけかよォ!」

「鍛えればいいだろ。鍛えれば人間の女ですら……」

 シャトーと戦った時、俺の巨体を持ち上げられた時のことが頭をよぎる。

「クソ…… 鍛えたって知れてんだろ…… ムカつくぜ、クソ…… で、聞きたいことはなんだよ。早くしろよ肩が痛ェんだよ。気を失いそうだ」


 どの順番で聞くか迷うところだが、1つ目はやはりドラゴンと人間が揉めた事件についてだ。誰が計画し、誰が実際に刃を振るったか。

 もうどうでもいいと言わんばかりに、一の剣は「すべて自分が考え命令した」と告げた。細部に関しても、俺が知っている情報との整合性が取れるため、言っていることに嘘偽りはなさそうだ。ただ、こいつの計画にしては周到すぎるので、誰か頭の回る奴にでもアイディアを出させたのだろう。

 そして一番聞きたかった「あの夜我々を襲った者の中に、ドラゴン副隊長はいない」という確約もとれた。副隊長が言っていたとおり彼には俺を見張らせたようだ。正直俺はこのことが聞きたかっただけなのかもしれない。

 また、俺の予想どおり、副隊長には彼のパートナーである「酒場の女を殺す」と脅して協力させたようだ。


「じゃあ2つ目だ」

「……いくつあんだよ」

「なぜ今日俺の居場所が分かった? そしてなぜテントに俺の仲間の女がいると知っていた? 尾行された覚えはないし、シャトーたち人間と俺の関係は、お前らに知られていなかったはずだ」

「それは、なんつう魔法だったか……、とにかく魔法で遠くまでよく見える奴が俺の隊にいるんだよ。すげえ見えやがるんだよそいつ。だから町からお前をずっと見てた」

「なるほどな」

 町からここまでは、遮蔽物の少ない開けた平原だ。尾行を避けるにはちょうどいいんだが、それが裏目に出たというわけか。そんな魔法、俺がいた時代にはなかったはず。俺がいない間に、町も色々と強化しているらしい。


「質問はこれで最後だ。なぜ俺を目の敵にする? 数年前にお前の企みは成功したはずだ」

「お前がムカつくからだよ」

「それだけならあんな面倒くさい事件を起こさず俺を殺せば仕舞いだ。俺たちドラゴンの立場を奪い、俺を追放。それがお前らの考えたプランだ。俺を殺すより、ドラゴンの立場を危うくすることを優先してるんだよお前は」

 一の剣は血交じりの唾を吐き捨てる。

「いいか、この町は人間が作った人間の町だ。お前らが戦に参加するのは構わねェ。だが、俺たちのモノを奪っちゃいけねえんだ。特に女はな。おまえらの副隊長は酒場の女とデキてたんだぞ。この恐怖がお前に分かるか? わけの分からん爬虫類に俺たちの女を奪われる気持ちがよォ!」

 お前たちの女なのか? と言いかけてやめておいた。言いたいことはよくわかる。

「一匹そうなったら絶対にまた出てくる!」

 ええ、まあ、そこはちょっと。

「爬虫類は爬虫類同士やってろよクソが!」

 興奮して右手を突き上げようとした一の剣は、肩を抑え苦悶の表情を浮かべる。


 ドラゴンと人間の結婚は許さない。たとえそれが自分と無関係であっても、ということか。副隊長が隠れて暮らしているのは、酒場の女の考えだとばかり思っていたが、人間とドラゴンの〝恋〟が、他のドラゴンに引火しないよう、こいつら剣士から隠すよう言われているのかもしれない。

 俺とシャトーが結婚するにしてもこういう障害はあるわけか。考えなかったわけではないが、ぼんやりと何とかなるだろうと思っていた。俺はシャトーさえいれば洞窟での隠居生活で構わないが、彼女はそういうわけにはいかないかもしれない。ちゃんと良い方法を考えておく必要がある。


「とにかくよォ、お前らがこれ以上この町で幅利かせだしたら、俺たちはいろんなものを失うんだよ。……だから、お前の仲間を殺して、お前らの信用を奪った。だが今日お前に会って思った。やっぱりお前だけ殺すのが正解だったよ。ほかの奴はお前ほど色々考えてねェ。俺が怖ェのはやっぱお前だよ」


 一の剣はまた唾を吐き捨てる。

「さあ……もういいだろ」

「そうだな。じゃあ選べ、お前の死に方は2つだ。普通に死ぬか、社会的に死ぬか、だ。その場合はこの町には永久に来ない、と約束してもらう。どこか遠い町で暮らせ」

「ずいぶん優しいんだな」

「お前にハメられたとはいえ、俺たちもお前の仲間を殺してる。副隊長の裏切りもあったしな。それに俺はもうこの町ともドラゴン隊とも無関係だ。お前をでそれが証明できると考えている」

「ありがたいが、剣士の死に方は1種類しかねェんだよ」

 一の剣はよたよたと自分の剣が落ちている方へ歩いていく。剣士には自決の文化がある、と聞いたことがある。奴は真剣な表情で剣を手に取る。

「おい、爬虫類ふぜいに負けたんだ。剣士は5分前に廃業だろ」

 一の剣はニヤっと笑う。

「それもそうだ。それにやっぱ自分で腹切ったりはムリだわどう考えても」

 一の剣は再びよたよたと森の方へ歩き出す。そして、剣を無造作に投げ捨てる。

「廃業したからやるよそれ。すげェ高値で売れるぞ」

「ちょっと待て」

 俺は人間のあいつにも分かるようしっかりめにニヤっとして見せる。

「鞘も置いてけ」

 奴は「フンッ」と鼻で笑うと、鞘を投げ捨て、森へ消えていった。


 さて、奴と戦っている間に、爆発音が聞こえていた。チンジャオが残りの剣士と交戦していたのだろう。俺は自分の剣と貰った剣を手に取ると、急いで爆発音のあった方向へ向かう。

 もう手遅れだったらどうしよう。チンジャオが死んでも何とかシャトーと旅を続ける方法を考えねば。

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