第15話 拳と剣
私を追ってきた奴らのうち〝二の剣〟と呼ばれていた男以外はすぐに倒せた。仲間同士の連携が取れていないから、1人ずつ攻めてくるので楽だ。同士討ちを嫌っているのだろうが、人数のアドバンテージを生かさないでどうするんだ。バカなのか。
だが残ったこいつは少し厄介そうだ。体格は私の方が二回りくらい大きいが、雑魚とは違う、いかにも切れそうな細身の剣を持っている。包丁のように前後に押したり引いたりするだけで切れるのだろう。これまでのように拳で刀身を弾き軌道をずらす、といったことはできそうにない。
長ったらしい前髪を掻き揚げている。剣士の隊長は髪を伸ばさなきゃならない決まりでもあるのか。
「おいおい、あいつら何がモンスターだよ。その格好、よく見ると治癒師じゃねーか? どうして爬虫類なんかと一緒にいるんだ?」
「私たちは、仕事でこの町にきた。トカゲには道案内をお願いしただけ」
「なんだ、じゃあ俺たちがやりあう必要なんてねーじゃねーか…………なんてな!」
いきなり刺しにかかってきた。後方に飛びのく。
「ウソをつくな! よくも部下をボッコボコにしやがって! 剣士を素手でボコボコにできる治癒師がいるかってんだよ! 正体を現せ! 何を企んでやがるんだよ貴様ら!」
「何も企んでないよ。治癒師も本当だよ」
なんなんだこいつらは。剣を持ってて乙女にボコられる方が悪いだろ。
「お前らはあの爬虫類が何をやってきたか、知らねーんだろ? 絶対だまされてんぞお前。あいつは町の連中に取り入って、軍や運営にも口を出すようになった。中枢に入り込み、町を乗っ取ろうと企んでやがったんだ。それを食い止めたのが俺たち剣士ってわけだ。この町は人間が作った人間の町だ。モンスターの町じゃない」
実際に何があったのかは分からない。ただ、トカゲの、トカちゃんの言葉のほうが正しい気がする。というより、こいつの言葉がどこかウソっぽい。うっとうしい長髪のせいでそう感じるのかもしれないが。
「なるほど分かった。君らよりトカゲのほうが頭がいいから町の人に重宝がられた、それが許せない、ってことでしょ?」
「フザケるな!」
また剣をこちらに突き立てようとしてくる。たまらず後ろへ退く。
「お前はよそ者だろうが! 町をモンスターに乗っ取られる恐怖が分からんだろ!」
確かにそれはわからない。だが……
「あんたらよりトカゲに乗っ取られるほうがましじゃない。だってあんたらは乙女の寝床に無断で入ってくるようなクズだから!」
声を張り上げ、踏み込むそぶりを見せると、二の剣は少し後ずさる。
「『
お話している間に詠唱し、うまく出てくれた。私が使える中では、戦闘用最強の法術だ。透明の盾で体に自由に貼ることができる。これならあいつの剣も防げるはず。ただし私の魔法力では盾の大きさがせいぜい大根程度なので、防ぐにしても剣筋をピンポイントで読まねばならない。
二の剣は腕を引くようにコンパクトに剣を構えている。周りに木があるため、当たらないようにしているのだ。戦闘に関してはそこまでバカでもなさそうだ。スピードはそこそこあるし、剣の扱いにも慣れており、落ち着いている。戦闘経験は豊富なのだろう。
「おらぁっ! そりゃ!」
突きを放ってくる。後ろへ逃げる。
あいつに一撃を加えるには、剣をかわして打つ、か、剣を防いで打つ、しかない。間合いは圧倒的に向こうが有利で、隙は見せてくれそうにない。ただ一撃が入ってしまえば私の勝ちは間違いないだろう。体術のできる体つきには見えない。
奴の剣を避け、下がりながら、スリットの編み上げの紐をちぎる。くそう、買ったばかりの服なのに返り血がついたりと散々だ。早く洗って、縫い直したい。
低空タックルをするそぶりを見せると、奴はバックステップ。やはり分かってやがる。強引に行って、もし足を取れなければ背中を刺される。シールドを背中に貼ったとしても、私の背中はそこそこ広いため、防げる確率が低すぎる。
ハイキックのフェイント入れる。しかし奴は動じない。上半身への攻撃はすべて切り落とす自信があるのだろう。
「おりゃ!」
奴からまたも突き。
大振りをしてこないのは剣をつかまれるのを警戒しているのだろう。隙がない。なりふり構わなければつかめないこともないが、指がちょん切れる可能性が高い。
時折木に身を隠しながら、後ろへ下がる。
「おいおい逃げてばっかじゃねえか! さっきドヤ顔で魔法唱えてたじゃないか、それはどうしたんだよ?」
うるさい、ドヤ顔なんてしてない、チンジャオと一緒にするな。
「俺の剣を防ぐ魔法なんじゃないのか? おらぁ! おらぁ! ほらほらどうしたんだよ おらっ!」
くそう、調子に乗りやがって。なおも後ろに下がるうちに、少し開けた場所に出た。
よし、ここでやってやる。五体満足で勝てるかは分からない。だが、逃げられない以上やるしかない。
「見てたぜ? 俺の足を狙って突っ込もうとした時、砂利かなんか拾っただろう? 俺それ投げられちゃうってワケ? はははは!」
嫌な奴だ。
しかしそれでも……砂利を投げる!
と、同時に突っ込んでいく。あいつの目は……潰せていない。やはり砂利では目つぶしになりにくいが、風のある屋外で砂は投げづらいのだ。
奴の構えは全く崩れていないが、もう引き返せない。行くしかない。
ダッシュした勢いのまま右足を強く踏み込みジャンプ、アゴを狙いすまし、左足で前蹴りを放つ!
が、届く前に、引いて構えていた奴の剣が振り下ろされ――私のすねにヒット! 木片が割れるようなベキッという音が響く。
成功だ。剣はすねに貼ったシールドに当たったのだ。本命の右の飛び蹴りが奴のアゴに命中!
二の剣は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
私は覆いかぶさり、奴の腕を膝で抑え、手首を強引に逆方向へし折る。
奴の目の焦点は定まっていない。まだ頭がグルングルンしているはずだ。でも、おかげで腕が折れた痛みも感じにくくなっているだろう。セット割引だ。
私は立ち上がって服の損傷具合を確かめる。スリットはすぐ縫えるが、血は落とせるか不安だ。
「うっ…… ううっ……」
二の剣は体を起こす。
「どう? 私の二段蹴り。かっこいいでしょ」
「ごっ…… ぐぉっ…… な……ん……なん……だ…き……さま」
「だから普通の治癒師だって言ってるじゃん。私だってほんとはこんなことしたくないんだよ。あんたらが襲ってくるから仕方なくやってるんだから。殺されそうになったわけだから、こっちとしても今やっちゃいたいところだけど、トカちゃんの知り合いみたいだし、あとはトカちゃんかうちの指導者に任せるよ」
そういえば、あっちはどうなったんだろう。2人なら問題ないと思うが……。
「あいつが悪いんだ……あの爬虫類が……、俺たちの町を…………俺たちの町だ……この町は俺たちの……」
「まだ言ってる。私にはよくわからないけどさ、ちゃんと話し合った方がいいよ。トカゲにしては話通じるよ」
「……あんなのと仲良しこよしなんて、やってられっか。……死ねばいいんだ」
「はいはい。じゃあね」
トカちゃんは数年振りに町に戻ったと言っていた。本当ならずいぶんしつこい奴らだ。というか、そんなに気になるなら、トカちゃんを町から追放したという数年前にきっちり仕留めとけばよかったのに。ちゃんととどめを刺さないからそういう……
「そうだ。念のためこっちもとどめ刺しとかないと」
「……え? 俺にとどめ? この手首は? さっき折られて、ぷらんぷらんして動かないんだけど……まだとどめ?」
「足と片手が無事だから全然戦えるでしょ」
「いやムリムリ、絶対ムリだって。俺剣士だよ? 片手じゃ剣振れないって」
「じっとしてたほうがいいよ。動くと取り返しがつかなくなる、一生ね」
「えっ? えっ? ウソでしょ? えっ?」
私は足を高く上げ、振り下ろす。
二の剣の悲鳴をかき消すように、爆発音がした。合図用の甲高い音ではなく、攻撃魔術の音だ。確か、爆発魔術はトカちゃんもチンジャオも使える。どちらが使ったのか分からないが、とりあえず音の方へ行ってみよう。服の洗濯は全部終わってからだ。
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