第14話 怨と剣

「ふう、だいぶ雷が出る位置を制御できるようになった」

「そうだな、とても筋がいい。この魔法は発生位置がポイントだ」

 シャトーのいるテントからだいぶ離れた場所でチンジャオに魔法を教えている。

 なぜここまで魔法の習得なんかに熱心になれるのか分からないが、このチンジャオという男はとても勤勉だ。自分独りの時も練習をしているらしい。やはりシャトーにいいところを見せようとしていると考えるとつじつまが合う。気のないふりをしているが、自分の本心を隠すのは人間の得意技だ。もしやこれは副隊長の女が言っていた恋の手法〝サプライズ〟のためではないのか。


「トカさん、誰か来るぞ。5人……6人……いや、もっとだ」

「なに!? こんなところに?」

「ああ、念のため結界を張っていたんだ。間違いない」

「そうか、逃げるぞ。テントのほうへ急ごう」

 心当たりと言えば1つしかない。剣士の奴らだ。でもなぜだ。今更俺を襲ってどうなる? 何の得があるというんだ。とりあえず面倒はごめんだし、シャトーが心配だ。ただの盗賊であってくれ。


「オイオイ! 逃げるなよ隊長さんよォ! テントにいる女が死ぬぞォ?」

 俺は足を止めた。知っている声だ。

「人間と組んで何を企んでるんだよ。教えてくれよ、俺たちにさァ!」

 ざっと20人。下品な声の主は、やはり〝一の剣〟と呼ばれる、剣士軍団のリーダーだ。うざったい長髪と、これ見よがしに腰に差した剣のことはよく覚えている。俺のことを疎ましく思っていたのは知っているが、もう何年も前の話だ。今更何しに来たというんだ。

「俺になんの用だ、今更――」

「おっと喋るな、口八丁で俺たち人間を煙に巻くのは、お前の得意技だ。そうだな、とりあえず剣を捨ててもらおうか。そこのチビのお仲間さんもだ」

 俺は、仕方なく背中の剣を投げ捨てる。チンジャオは手が震えて腰の剣を外せないでいる。

「早くしろよ! 仲間を殺されてえのかよォ!」

「ちち、ち違うんだ…… 取れないんだよ、固く結びすぎちゃって…… かったい、紐がかったいよぉ……」

 演技でないとは言え、いいアイディアだ。今は時間を稼ぎたい。なぜならシャトーが無事だと分かれば状況は全く異なる。この場に一の剣に加え〝二の剣〟もいる。残る〝三の剣〟1人ぐらいシャトーならなんとかしているかもしれない。倒せないまでもせめて逃げてくれていれば、こいつらの言うことなど聞く必要はない。

「もういいよォ! 剣抜いてこっちへ投げろ!」 

「わわわ分かったよ」

 チンジャオは剣を抜いて投げる。

「届かせろよてめェ!」

「い、いや、だって強く投げて刺さったりしたら、大変じゃないですか」


 クソっ。この間合いでは魔法の詠唱もできない。なんでこいつらは今更俺なんかを……。シャトーを巻き込んでしまってなんと詫びればよいか。

 突然、男2人が森から出てきた。剣士の連中だ。

「ほほ、報告です! さ、三の剣がやられました! ほかの仲間も!」

「はァ? 何を言ってやがる。事前の調べじゃ、テントには女1人って話だろ? なんでやられるんだよ」

「それが……ただの女じゃなく、あれはモンスターの類いかと思われます。おそらく……あれは……、あれは、メスのサスカッチではないかと!」

「はァ? そんなのいるわけねえだろ。大体、雪山じゃねえぞここ」

「で、でも見たんです! 白い毛むくじゃらの巨人で、仲間たちを一撃で粉砕し、そ、その、人の……人の肉を! 食ってました!」

 一の剣は驚いたようなあきれたような表情を浮かべている。


 さすがにめちゃくちゃだ。いくら戦闘時のシャトーがおっかないとは言え、シャトーは毛むくじゃらなどではないし、サスカッチは岩のようなごつい顔をしているという噂だ。美しい顔のシャトーとは全然違うではないか。それに人間の肉を食べるだなんて……いや、俺が知らないだけで食べるなんてことは……。いやいや、万が一食べるとしてもシャトーなら火は通すはず。さすがに寝技でもかけてるところを見間違ったんだろう。

 だが、今が好機。チンジャオに耳打ちする。

「あれできるか? あの甲高い破裂音が出る魔法」

「え、できるが何で?」

「いいからすぐやってくれ」

「分かった…………『ポスト投函!』」

 上空で甲高い破裂音が響く。余裕でガノの町まで届く音だ。


「すまんな〝一の剣〟よ、じきに町から俺の仲間が来る。それまでに俺を襲う理由を聞かせてくれよ。とんと心当たりがなくてな」

 もちろん仲間など来ないが、逆に仲間を呼ばれてじっくり時間をかけられては困る。できれば退散いただきたい、それがダメなら短期決戦に持ち込みたい。

「やっぱり仲間を集めて、何か企んでやがったかこの野郎ォ」

「何を企むっていうんだ。今のドラゴン隊の隊長から聞いてないのか? 俺は案内係としてこの町に寄っただけだ。用が済んだら出ていく」

「嘘つけ! わざわざ感謝祭の時期に来たのは、俺を引きずりおろして自分が祭の幹部席に座るつもりだろうがよォ!」

「いや、ドラゴン隊長はすでにいるんだぞ、俺がお前を倒したところでどうやって俺が幹部になるんだ。それに祭は明日だろ。さすがにスケジュール的に無理がある」

「うるせえ! そんな方法お前なら考えてるはずだ! それに俺を恨んでる! お前らクソ爬虫類をぶっ殺した俺を!」

 元からやばい奴ではあったが、やばさに磨きがかかっている。動機がめちゃくちゃだ。この町の幹部は祭の様子をいい場所から見られるが、それだけのために俺は剣士を倒しに戻ってきたとお考えか。

 まあ彼の中でも理由なんてどうでもよく、とにかく俺を殺したい、ということなのかもしれない。


 ただ、この町に来たの方の用は、さっきの彼の発言で解決しそうだ。

「やっぱりお前が俺の部下を殺したのか。ノリたち人間を殺したのも」

「はァ? どうせ知ってたんだろうがよ」

 そうだ。知っていた。実際に手をかけたのが副隊長かもしれないと思っていたから、深く追求しなかったんだ。これに関しては俺が悪い。俺が甘い。

「やっぱりお前は追い出すんじゃなく、殺さないといけなかった! 失敗だ!」

「俺の評価が高いのは光栄だが、お前が今引かないなら、部下を殺した報いは受けてもらう。戦うなら、死んでもらう」

「はははァ! 殺すだってよ! たった3人で何ができるってんだ! こっちの…………あれ? 減ってる?」


 剣士軍団後方の茂みからシャトーが出て、ぐったりした男を放り投げる。白い服に返り血が飛び散っており、なるほど暗がりならモンスターと間違ってもおかしくない姿ではある。だが美しさは全く損なわれていない。妖艶な雰囲気とはこういうことを言うのだ。チンジャオも見とれて固まっている。

 シャトーは剣士軍団の裏手、こちら側が挟みうちの格好だが、いかんせん3人しかいない。剣士たちはまだ10人以上いる。

「トカちゃん! こいつら何!? 敵でいいのね!?」

「すまん! だが説明は後だ。逃げてくれ、あとは俺がやる」

「そんなこと聞いてない! 倒しちゃっていい奴らなのか聞いてる!」

 まいったな。正直、俺だけで剣士全員と戦うのはキツいが、シャトーを巻き込むわけにはいかない。こいつらが襲ってくる理由もシャトーたちには関係がない。昔のいざこざを俺がきっちり片付けなかったせいだ。

「あー、倒していい奴らだが、ちょっと複雑でな。ともかく一から説明しないと、俺も正当性を主張しづらい。だからこの場は関わらずに……」

 と、言っているうちに近くにいる男をぶん殴っていた。なんなんだ、聞いた意味はあるのか。


「何やってんだよォお前ら! 早くやっちまうぞ! 二の剣は女をやれ! 俺と四の剣で爬虫類とチビをやる!」

 それを聞いたシャトーは、俺に手を振ると森に入っていった。これでだいぶ楽だ。後でめちゃくちゃ謝ろう。


 チンジャオは詠唱していた魔法を自分にかける。

「『コート防御塗装』…………『コート・レイヤード重層防御塗装!』お、お、俺は後方から援護するよトカさん」

 よくもまあ、実戦経験があまりないくせに、こんなに色んな魔法が使えるもんだ。

「では悪いが剣を貸してくれ」

 俺はダッシュし、チンジャオの投げた剣を拾う。まさかこういう展開を読んでわざとおびえたふりして手前に投げていたのか? と、思わせるほど絶妙な位置だ。俺の体格では短刀になってしまうが、ないよりは100倍マシだ。


「お前のそのさあ、『俺剣もできます』みたいなの最高に腹が立つんだよォ! いつもいつも俺たち剣士隊の前でこれ見よがしにやりやがってさ!」

 一の剣が部下をけしかける。

 剣士隊の部下はさしたる技術も経験もない。それに持っている剣自体も一や二の剣と違って大して切れない。俺たちドラゴンの皮膚なら刺されなければ致命傷たりえない。注意するのは、やはり一の剣や二の剣といった部隊長クラスのみ。切れる剣というのはそれだけで厄介だ。


 かかってくる手下どもを剣で叩き伏せる。時折一の剣が突っ込んでくるが、後ろに逃げるようにかわす。

「一斉に行け! 時間がねぇんだ!」

 ありがたいことに焦ってくれてこちらの思うつぼだ。

 数人が雄たけびをあげ襲ってくる。俺は後ろに逃げる。と、見せかけて尻尾で一掃! 俺は別に剣士じゃない。倒せればなんでもいいんだ。しかし人間の世界も大変だ。襲ってくるこいつらは大して俺に恨みなどないはずなのに。


「クソがァ! 役立たずどもめ!」

「やっと2人きりだな一の剣」

「ククククク……クククッ! あぁはっはっはは!! 俺はどうやらお前のことを買いかぶっていたようだ。やっぱり脳みそも爬虫類じゃねえかよ!」

 ふむ。虚勢を張っているようには聞こえない。何か見落としがあったのだろうか。

「2人だけということは、四の剣はどこへ行ったと思ってるんだ?」

 そういや三剣士から四剣士になったんだっけか。確かに、雑魚どもとは違うそれっぽい格好をした奴はいた。まさかシャトーを! いや、しかしシャトーが逃げた方向への警戒は怠っていない。

「四の剣という奴は知らんな。お腹でも壊したんじゃないのか?」

「ククク、後ろを見てみろよ。大切なお前の仲間がいないぞ!」

 一瞬頭の中が真っ白になった。

 何のことか分からなかったからだ。だがよく考えるとチンジャオのことだ。四の剣がチンジャオを追いかけて殺そうとしている、ということを言いたかったのだろう。


 俺は踏み込んで、一の剣の手首を狙い剣を振る。しかしさすがに止められた。

「お前人の話聞いてた? あのチビを見殺しにするってのかァ!?」

「なんで俺があのチビを守らにゃならんのだ。意味不明なことを言うな」

「はァ? お前、さっきは俺の言うこと聞いたじゃねえかよ!」

「はぁ? シャトーと彼とでは価値が違うだろ。人間のくせに見て分からんのか」

 一の剣の表情から察するに誤算だったようだ。

 しかし、そうは言ったものの、チンジャオが殺されてしまうのも本意ではない。シャトーは彼の部下なわけで、彼が死んでしまうと、別のリーダーの下に付く可能性がある。そうなると俺は彼女との接点を失いかねない。この感謝祭の間に、結婚の前段階くらいまで関係性を一気に深められれば彼がいなくても問題はなくなると思うが、正直言って自信がない。まだシャトーとうまく話せてすらいない気もする。嫌われたくない、とか、いい返答をしたいだとか思考を巡らせているうちに、会話のリズムが悪くなってしまっているのだ。だが、原因がわかっていてもうまく制御できない。こんなことは今までなかった。まるで呪いでもかけられたように、頭と舌が直結しないのだ。


「はは、分かってるぜ。そういう〝フリ〟だろうがよォ。今も頭の中で色々作戦を考えてる、って顔してるぜ? そういうとこ昔から大嫌いだよ!」

 そう言い終わる前に一の剣が切りかかってきた。借り物の剣で捌く。

 考えていたのは別のことだが、別のことを考えている場合ではないな。一の剣は頭はおかしいが、強い。

「俺もお前のことはあまり好きではなかったよ。今日でケリをつけよう」

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