第9話 交渉と魔法石

 洞窟の入り口に着くと、蔦で罠が仕掛けてあった。罠といっても人が通ると音が鳴るだけの簡単なものだ。

 ということは、おそらくトカゲはこの中にまだいるのだ。わざと蔦に足を引っかけ音を鳴らし、洞窟の中に声をかける。

「おーい、トカゲの人ー! 今から入るけど、争う気はないから魔術やめてよねー!」

「トカゲが魔術を使えるのか……」

 チンジャオは森に入ってからずっと私に隠れるように後ろを歩いている。者とは一体何なのか。


 洞窟の奥のほうに進んでいくと、トカゲはいた。テーブルの前に縮こまって木の実のようなものを食べている。2メートル以上あるとは思えない卑屈さすら感じる姿だ。こちらをじろりと見る。

「何しに来た」

「やだなあ、話し合いだよ」

「何の話だ。その男は?」

「指導者だよ。前にあなたがぶっ飛ばした人と同じポジション」

「そうか、君に比べてずいぶんおとなしそうだが」

 チンジャオは、私の後ろでよそ見しながら話を聞いている。「この女に頼まれて仕方なく付いてきただけ」とでも言いたげだ。

「で、話っていうのはなんだ? 俺にどうしろと?」

 チンジャオを引っ張って来て前にやる。さすがに仕事をしてもらわなければ。


「えーとそう、話。……そうだな。俺たちは、いやその前に俺の名前だな。俺はチンジャオという。俺たちは、あなた、つまり大トカゲさんの調査を町から命じられている。この場所も町に報告しなければならない。本来はシャトー、えっと彼女のことだが――、シャトーがあなたと戦ったことも報告すべきだったんだけど、彼女に止められちゃってねはははは。えーと、それで俺たちが町に報告するとどうなるかというとだね、まず優秀な冒険者がたくさん集められ――」

「で、彼はどうしろって言ってる?」

 トカゲは何を言っているのかわからないといった様子で、私の方を見る。

「死にたくなければどっか行け、ってこと」

 トカゲは得意げに杖を見せる。

「足が悪くてね。ちょっと出られないんだよ。肉も魚も捕れないから木の実ばかりだ。リスになっちまう」

「全くしょうがないなあ。ちょっと待ってよ。……『ヒール治癒』これで少しは治りが早くなるはず」

「おいおい大丈夫かよ! 治癒なんかして襲われたらどうするんだ!」

「大丈夫、悪いトカゲじゃないよ。戦った者同士だからこそ、分かり合える部分があるの」

「分かり合った後すぐに足折られたけどな」

「でもさ! うちの〝撃滅隊〟を皆殺しにしてるんだぞ!?」

「それなんだが、俺じゃない。思い出したんだ。2,3年位前に森で人間が大量に死んでいたことがあった。俺が見たときにはすでに死体はイボシシに荒らされぐっちゃぐちゃのぐっちゃぐちゃだった」


 トカゲの推測はこうだ。

 町の撃滅隊約10人は森の中で野営した。そして皆で毒キノコを食べた。

「あの辺りにはお前ら人間が好きなキノコにそっくりの、毒キノコが生えてるんだよ」

 みんな死んだあとイボシシが死体を食べた。

「その場所は臭くてずっと近づけなかったが、しばらくして通ったら白骨があったから穴を掘って埋めといたよ。知りたければ場所を教える」

 ただ撃滅隊を結成するきっかけとなった、調査隊はトカゲが殺したらしい。

「3人組の男だったかな、いきなり森で炎の魔法ぶっ放すわ、人の話は聞かないわでムカついたから殺した」

 でも、奴ら村を荒らしていたようだから良かったんじゃないのか、と。


「お前ら人間は『いただきます』って全員で同時に食べだすだろ。あれ良くないぞ。だからみんな一気に死ぬんだ」

 なるほど、納得してしまった。いつの間にか私とチンジャオにお茶と木の実も出してくれている。やはり悪いトカゲではなさそうだ。


「俺は殺ってない。そこで、そこの君に相談だ。この洞窟は俺の家だ。手放したくない。何とか平和裏に解決できないだろうか」

 チンジャオは顎に手を当てて考えている。ビビリモードから「仕事のデキる俺」モードに切り替わったようだ。私からしたらどっちもうざいだけだけど。

「確かにそれが本当なら俺たちが戦う意味は薄れるな……。ただ町にもメンツがあるからな。はいそうですかって納得するかどうか。〝調査隊〟は殺してるわけだし」


 もっともだ。トカゲの言うことを信頼するに足る何かが必要だろう。例えば、トカゲのしっぽをちぎって差し出すのはどうだろう。こんな太い尻尾を持つモンスターは他にいない。

「もちろんタダでとは言わんさ。この洞窟の奥を掘れば魔法石が出る。例えば、それを定期的に提供するというのはどうだ。君らの仲間がこの辺を調査していたのも元からそれが狙いだったんじゃないかな」

 トカゲのくせに、よく文化的な方法を思いつくもんだ。野蛮な方法しか思いつかなかった自分が恥ずかしい。


 魔法石は魔法能力を向上させる力があると言われている。治癒師が学校を卒業をするともらえる武器、〝法力の棒〟にも先っぽにゴマほどの魔法石がついている。パワーは特に感じず、短すぎて武器にもならないため、私はすりこ木にしか使っていない。石のついている側が植物用、ついてない方が生肉用だ。

「交渉するにも現物が必要だろう。案内するよ」


 洞窟の奥には、青く光り輝く壁があった。魔法石がたくさん埋まっているようだ。

「こんなにあるなんてすごい。私の武器にもこれが入ってるのか」

 私は法力の棒を取り出す。

「おいおい、そんな大きさじゃ魔法の力など……プフッ、飾りでももうちょっと、プフフフッ、というか何その棒、フフッ、そんな棒で何するの」

 何笑ってるんだこのトカゲ。私の卒業記念品をバカにしやがって。

「チンジャオ、剣かして。そんな石持って行かなくても、トカゲの尻尾をちぎって持っていけば話が早い」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんだその山賊みたいなやり方は。この場所も見せてやったんだぞ」

「うるさい、尻尾はまた生えるからいいだろ」

「生えねーよ! トカゲじゃないんだから!」

「トカゲじゃんか!」

「ドラゴンだっつっただろ!」

「まあまあ2人とも。それにシャトー、トカゲの尻尾は生えるといっても、骨までは再生されないんだ」

 何その豆知識。今要らない。


 その後、私の尻尾案は却下され、トカゲがリンゴより少し大きいくらいの魔法石を部屋から持ってきた。

「硬くて重いから、掘り出すのは大変なんだ。これを持っていくといい」

 そう言ってチンジャオに渡すと、チンジャオは下に落としそうになる。

「重っ! これ持ってくの?」

「そのくらいないと信用されないだろう。あと、今後の採掘に関してもいくつか条件があるんだが、チンジャオ君って言ったかな? あなたの町に伝えてくれ」


 トカゲの条件は3つ。

 毎月決められた量以上は採らないこと。

 採掘には最小限の決められた人間のみが入り、その者はチーブの村より選ぶこと。

 再び交渉する際には、シャトーが必ず出席すること。この3つだ。

 ……って、なんで私。




 私たちは洞窟を出てチーブの村へ向かう。トカゲの話を伝えるため一旦町に戻ることになったのだ。

 どうせトカゲへの回答に戻ってくるんだから、チンジャオ1人で帰ればいいのに私も行かされることになった。この深い森を抜けるのが怖いんだろう。私は前にも来たし慣れてきた。

「あのトカゲ、いろいろ考えてるな」

「何が?」

「条件さ。採掘の量を絞るのは、魔法石の価値を維持するため。採掘者を村の人間に絞るのは、悪さをした時すぐに報復できるようにするためだ。もしかしたら、あの貧乏な村に仕事を与えようとも考えているのかもしれない」

「仕事を与えてどうするの?」

「貧しいと人はロクなことにならないからな」

 ロクでもない金持ちが言うと説得力に欠けるが。

「じゃあ私はなんで条件に入ってるの?」

「君はほら、脳が……あれじゃないか。何ていうのがいいんだろう。……そうだ! 君は嘘がつけなそうだから、だ。そうそう、嘘がつけない」

 なんか言葉を選んでやがる。私が倒したトカゲが強そうだと知って、ちょっと気を遣い始めたのだろうか。

「それにこの約束を結んじゃったら、あそこがトカゲの家だと認めることになる。あいつちょっと前から勝手に住んでるだけだろ? ちゃっかりしてやがる。そして〝これ〟もそうだ」

 チンジャオは魔法石を私に渡す。

「この光を見たら、たぶん喜んで言うこと聞いちゃうようちの連中。こんなに要らないだろどう考えても」

 チンジャオはいつものキメ顔をしている。なんであんたが誇ってんだよ。

「あのさ……」

「なんだ?」

「石が重いからって私に運ばそうとしてない?」

「……別に違うが?」

 そう言って、チンジャオは石を取り戻した。


 森を抜けたので、チンジャオだけで町に帰ってもらうことにした。帰るのが面倒くさいのもあるが、トカゲのことをゴーダにどう説明するかがまとまっていない。あなたの憎き仇はトカゲではなくキノコでした、なんてうまく言える自信がない。ビワに言って伝えてもらうのがいいかもしれない。2人はもう家族なんだから……。うっ、なんだか胸が痛い。

 私の秘密をチンジャオが町の連中に喋らないかだけが心配だが、ここは彼を信じよう。彼の友達のいなさを。




 1週間以上経った頃、チンジャオが戻ってきた。私はその間、小川でクソガキどもと魚を捕ったりして過ごした。やはりトカゲは子供たちとは交流をしていたらしい。トカゲもずっと独りで寂しかったのだろう。私のことも「ケンカが強い女」としてガキに話したようだ。ガキの口コミはバカにできないから勘弁してほしい。


 チンジャオと洞窟に向かう。町との交渉の内容は「2人にまとめて話す」と教えてくれない。もったいつけやがって。

 洞窟に着くと、トカゲがお茶を入れてくれた。いつの間にか来客用の椅子が用意されている。

「交渉の結果だが、町は全面的に呑むそうだ」

「それは何よりだ」

 あれ? 私が条件に入っていたはずなのに、何勝手にの呑んじゃってんの。

「これでも苦労したんだぜ? 町の連中は極端に周りの顔色をうかがうからさ。当然〝撃滅隊〟と関係の深い奴らもいるわけで、証拠がない中、あの話を信じてもらうのは大変だったよ。それにどうやってトカゲを説得したのか? ってしつこく聞かれてさ。シャトーからは戦ったこと言うなって言われてるし。そこで俺は考えたわけさ。まず爆発の魔術で落石が起きて偶然トカゲが足を負傷し、こちらも落石で手を出せない状況に陥った。そこでお互い話しているうちに齟齬があることに……」

 あ、これは聞かなくてもいいやつだ。言葉が途切れたらすごいね、って言ってあげよう。


「……というわけで、シャトーは川で遊んできていいぞ」

「すごいね、って、ええ!? なんか私バカにされてない?」

「今から採掘する人間の選定とか、報告の方法とか細かい話するんだけど……」

 チンジャオはお前に話しても分かるのか、と言いたげな顔をしている。腹が立つ。


「そんな話より先に聞きたいんだけど、私たちパーティの次の仕事はもう決まった?」

「決まったよ。次の仕事ミッションはだな……」

 チンジャオはきりっとした顔で私を見る。

「〝ガノ〟との交流樹立だ」

 ガノ? 町か!? 町だな!? やったー! よくやったチンジャオ! 今のうざいタメも許しちゃう!

「新しい町だね! うん頑張ろう!」

「ずいぶん嬉しそうだな。そしたら、そっちを先に話すか。この件に関してもトカゲさんに相談しようと思ってたんだ」

「ガノか……俺の古巣だ。俺はガノから来たんだ」

「じゃあ、行き方も知ってるわけだな。町からは、〝ガーゴイルの谷〟が難所だと聞いた。どうしたもんかと思ってね」

「確かにあの谷を越えないと行けない。そこを棲み処にしているガーゴイルは空を飛ぶモンスターだ。そしてバカだから、だれかれ構わず襲ってくるんだ。飛べるバカほど厄介なものはない」

「でもあなたはそっちから来たんでしょ?」

「そうだ。対空の手立てがあれば問題ない。基本的なのは弓や爆発の魔法なんかだが、それなりに上手くないと当たらん。雷のような魔法が使えるとだいぶ楽だ。俺はそれが使える」

 トカゲのくせに器用だな。

「つまり……俺が一緒なら、ゴホン、谷は抜けられるわけだ。ゴホンゴホン」

「じゃあ、ガノまで送ってよ」

「ま、まあ? そんなに言うなら? 別に構わんぞ。別に全然構わん。足もシャトーのおかげで治ったしな」

 折ったの私だけど、まあいいか。

「いいのかトカゲさん? この洞窟を空けても」

「それについては考えてある。採掘の詳細と合わせて話そう」


 別に細かい話は聞きたくないので、私は川に遊びに行くことにする。

「シャトーちょっと待て。一緒に旅するにあたって、2人に1つだけお願いがある」

 トカゲはニヤッと笑う。

「〝トカゲ〟はやめてくれ」

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