第10話 新パーティと新たな冒険

 なんでこんなことになったんだったか、殺風景な谷を珍奇な男たちと歩いている。

 一人は性格に大きな欠陥を抱える小男。もう一人は人間ではない巨大な虫のようなモンスター。ドラゴンと自称しているが、私たちが想像するドラゴンとはだいぶ違う。私がいるとはいえ、この3人ではよそから見たら少なくとも冒険者には見えないだろう。


 救いは私たちの任務が〝ガノとの交流樹立〟であることだ。チンジャオの話ではガノはとても大きな町で、異文化交流が盛んらしい。私も、ガノの金持ちイケメンと交流樹立し、このようなゲテモノパーティからさっさと足を洗いたい。まずガノへ急ごう。


「ガノにはどのくらいで着くのトカちゃん」

「何もなければ1日も……ちょっと待て、トカちゃんって何だ?」

「トカゲって呼ばれるのが嫌だっていうから、あだ名考えたんだよ」

「そうか、それはありがたいが、トカゲという言葉が半分以上残ってる。それになんか俺の感覚ではコミカルな印象を受けるんだが」

「贅沢言わないでよ。じゃあ前呼ばれてた名前で呼ぶよ。前の町では何て呼ばれてたの? トカゲの間でも呼び名くらいあるでしょ?」

「前か……。そうなると〝隊長〟だな」

「隊長? 何それ変なの。でも隊長は一応チンジャオだからなあ。まあなんでもいいか。で、ガーゴイルってどの辺から出てくるの?」

「もう出てきてもおかしくはない。あそこにデカいネズミみたいな動物がいるだろ? それを食べに来るんだ」

 確か、キャピバラとかいう動物だ。肉は美味しいと聞いたことがある。今日の夕食にしよう。

 者のチンジャオは私たちに隠れるように後ろを歩き、必要以上に辺りを警戒している。

「おい! この生き物が好物ということは、こいつの近くにいるのは危ないんじゃないか!?」

 ビビリがわめいている。そうりゃあそうだけど、この谷ではほかに行き場がない。だからこそ難所なんだろう。

「まあいい。俺は今日のために対空魔法を考えて練習して来たんだ。トカさん、ちょっと見てもらっていいか?」

「ああいいぞ。あと、呼び名はなんでもいいよもう」


 チンジャオはいつものきりっとした表情で力を溜めている。

「行くぞ! 『ファイアバード火の鳥!』」

 炎の鳥が空に舞う。すごい。こんなこともできるんだ。

「ちょっと遅いな。それじゃガーゴイルには当たらん」

「まあ見ててくれ、ここからだ」

 炎の鳥は軌道を変え、地上のキャピバラに当たった。鳥は炎の羽でキャピバラをつつむと、激しく炎上。

「フッ、ざっとこんなもんだ」

 チンジャオはここぞとばかりにキメ顔をしている。確かに技はすごいし、練習してきたのもえらい。だけど、あの鳥……

「敵を追尾するのか、これならガーゴイルも倒せるな。だが、なんていうかあの鳥……」

 トカちゃんそれは流石に言わないであげてほしい。お願い。

「あの鳥ダサくない? プフッ、あごが出すぎてるっていうか。プフフッ、なんか別のモチーフのほうが、プフーッフフフ」

 あーあ、言っちゃったよ。トカゲとは文化が違うからしょうがないんだろうけど、こういうのは言われるとキツい。私は口が裂けてもシャクレ鳥などとは……ブブッ。

「べ、別にまだ、デザインは検討してる途中だからな。それに、別に鳥じゃなくてもいいかなって思ってたところだったしさ。別に追尾の機能がイメージできりゃあなんでもいいんだよね、たまたま今回は鳥にしたけどさ。もっとブラッシュアップしようとは思ってたんだよね」

 あー、チンジャオさんめちゃくちゃ明後日のほう見てる。

 威力は結構すごいのに。キャピバラもあんなに燃えて……

「ちょっと、なんか肉が焼けるいい匂いしてきたんだけど。ガーゴイルってこういう匂いにつられてきたりする?」

「そんなこと知らん。でも来た」


 羽の生えた、かろうじて人型のモンスターが、少なくとも3体は空に見える。想像していたより小さいが、その分俊敏そうだ。

「き、きき来たぞ! シャトーはなんか対策あるの? 治癒もそんなにうまくないんだから戦力になってくれなきゃ困るよ? ちゃんと考えてきた? 弓とか持ってきてないの?」

 こいつ自分のシャクレ鳥がバカにされたからって人に当たってやがる。


 私は卵より少し大きい程度の石を左手で拾う。

「石? ウソだろ!?」

 私をこんな筋肉質に育てたクソジジイがよく言っていた。

「『いいか、シャトー。人間は鍛えなければ他の生き物に比べてあまりにも弱い。力はなく動きも遅く、爪も牙も毒も持たない。だが唯一他にぶっちぎりで優っている能力がある。それが投擲とうてき能力、つまり物を投げる力だ』みたいなことを、おじいちゃんからよく言われてね。その辺にあるものを投げる練習をさせられたんだ。だから投げるのはちょっと得意」

 チンジャオは「あきれた」とでも言いたげだ。見てやがれ。


「パンツは見ないでよ。服のすそ上げるから見えちゃうかもしれない」

「見るわけないだろ」


 来た。ガーゴイル1体がまっすぐこちらに来た。

 足を大きく上げ、振りかぶる。敵は思ったより速くない。これなら――

 体を大きくしならせて投げた石はガーゴイルの胸に直撃、地面に落下したガーゴイルはうめき声をあげる。

「どうだ! 石だって強く投げれば――」

 チンジャオを振り返ると、トカゲと何やら話している。

「なるほど、パンツというのか……ふむふむ。パンツね」


「ちょっと何で見てないの!? ほら次きたよ。早くシャクレ鳥でやっちゃってよ」

「シャク……!! 別にあれは仮のデザインだから! まだ開発段階だから打ちたくないんだよ! いいから早く石ぶつけてろよ!」

 この野郎。なんて器の小さい男なんだ。

「シャトー、チンジャオ、下がっててくれ。俺がやるよ」


 トカゲは力を溜めている。大きな剣を背負っているが使う気はないようだ。

「2人とももうちょっと下がってくれ。とばっちりを食うといけない」

 言われたとおり下がる。

「…………『雷のやつ!!』」

 どこからともなく閃光が走り、バリバリという轟音が響く。まさに雷みたいな魔術だ。

 ドスン、という音とともにガーゴイルが落ちてきた。


「このバリバリっていう音が重要なんだ。ほら他の奴が逃げていくだろ? こいつらバカだから、静かに1体ずつ倒してるとキリなく襲ってくるんだよ。まあこの魔法でもしばらくするとまた来るけどな、バカだから」

「トカさんすごい……すごいよ……」

 チンジャオがキラキラした表情でトカゲを見ている。確かにチンジャオみたいな奴が好みそうな技だ。


「そんなことよりシャトー、ちょっと聞きたい。性器を覆っている布、パンツについてだが、そのパンツを見る場合にはどういう手順を踏めば……」

 私はチンジャオをにらみつける。鳥をバカにされた腹いせに、トカゲを使って私にセクハラをしているに違いない。

「ねえ、なに変なことトカちゃんに教えてんの?」

「何も教えてねえよ! 言葉の意味を聞かれただけだよ!」

「変なこと吹き込むと殴るからね? 私があなたを殴ったら大変なことになるよ?」

 チンジャオの顎に拳を当てながらそう言うと、黙ってくれた。

 トカゲにも、ちゃんと人間の女子に対する接し方を教える必要がある。とはいえ、トカゲは町に着いたらさよならか。チンジャオと2人はきついが、トカゲと町を歩くわけにもいかないだろうし。




 その後、無事に谷を抜け、平原に出た。

 町は目と鼻の先らしいが日も暮れてきたため、今日はここで泊まり、明日の朝町に入ることに。

 今日の夕食は予定通りキャピバラの肉だ。肉を枝に刺し、焚火で各々が焼く。捕まえやすいうえに、うまい。これはガーゴイルも来るはずだ。


「トカちゃんは隊長って呼ばれてたって言ってたけど、何の隊長だったの?」

「簡単に言うと傭兵だな。今は知らんが、俺がいたときこの町は争っていた。もっと南にある町〝パインツ〟って町とな。そこで俺は、傭兵みたいなことをしていたんだ。俺はドラゴンの仲間を率いて〝ガノ〟の一員として戦っていた。かなり重要な戦力だったはずだが、ある日、事件があって俺は隊長をクビになった」

「事件か、なんだか煮え切らない言い方だが」

「まあ、簡単に言うと身内にハメられたんだ」

「人間にハメられたってことか。それはドラゴンの力が怖くなった人間に裏切られたってことなんじゃないか?」

「その辺はある程予想してて対策も考えてあったんだが、ちょっと想定外のことが起きてな……。まあとにかく、俺は人間と一緒になって戦ってたんだ。当時はドラゴンもゴブリンもマーマンの奴らも、人間と喋れる奴はみんな町にいた。住む場所こそ違っていたが、夜の繁華街では人間と一緒になって酒を飲んでいたよ」

 そんな町があるとは。世の中は広い。

「今はどうなってるか分らんから俺は別行動をとるが、毎日、日が落ちる時間にここで落ち合うとしよう。もしかしたらまだ俺の情報が役に立つかもしれん。それに谷を戻る時のこともあるしな」


 なんて律儀なトカゲなんだ。隊長をしていたからには責任感も強いんだろう。こんなきっちりした奴が、デカいトカゲの軍団を率いていたら、それは脅威に感じるだろう。傭兵なら金目当てで考えなしの奴のほうが扱いやすいに違いない。


 私とチンジャオはテントに入り、トカゲはテントに入りきらないため外で寝ることに。難所、ガーゴイルの谷を無事突破できたのも、町の情報が手に入るのもトカちゃんのおかげだ。功労者なのに外なのは申し訳ないが、デカいのが悪い。

 夜が明けたら、いよいよ新しい町だ。冒険した先の町で結婚するのは珍しくないと聞く。どうかいい出会いがありますように。

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