第8話 指導者チンジャオと夜

 チンジャオとの顔合わせ当日、私は重い気持ちで、ゴーダたちと初めて会ったレストランに行った。あの時の気持ちは宙に浮くほど軽かったのに。

 店に入るなりキンキンした声が飛んでくる。

「あ、君が治癒師ヒーラーのシャトーだね。うはー、でかいねー」

 なるほどこれがチンジャオか。会って2秒でこんなにムカついたのははじめてだが、とりあえず笑顔であいさつはする。

 チンジャオはビワよりも小さく華奢で、前髪をうざったらしく垂らしている。細い目に薄い顔、この時点ですでにゴーダとは性格も容姿も正反対だ。

 私の頼んだお茶が運ばれてくると、チンジャオは酒のグラスを持ち上げ、乾杯した。そうか彼は留年しまくっているせいでお酒を飲める年齢なのだ。


「くぅー、効くぅーっ」

 はい。

「最初に言っておくけど、俺が指導者リーダーになったからには基本俺の指示には従ってもらうから」

 うっせえな。言われなくても指導者の指示には従うよ。

「で、私たちは何をするの?」

「大トカゲの調査だよ」

 あれ、私たちは〝討伐〟だったのに、調査に戻っちゃった。まあ2人で討伐も何もないか。

「君らトカゲから逃げてきたんでしょ? ゴーダもあばら折られちゃってさ。でも弱っちい割にやることやるのはすげえよなー。ビワちゃんかわいかったもんなー」

 ああ、へし折りたい。すべてのあばらをへし折りたい。

「ビワちゃん俺のパーティ何回も辞退してこれだもん」

「ええ!? 誰を入れるか選べるの?」

「コネがある人なら、まあ俺とかゴーダなら選べるよ。彼だって顔で選んでるんでしょビワちゃんは」

 そうなのか、ということは私も容姿で選ばれた可能性が!? なら本当にもったいないことをした。チャンスを逃したばっかりに今はこんな奴とこのありさまだ。

「結局ビッチだったわけだけど」

 おっ……と。反射的に手が出てしまうところだった。恋敵だったとは言え、一緒に旅した仲間の悪口を言われるのはさすがに腹が立つ。

「仲間を悪く言わないでほしいな。あんまり言われると……」

 お店は壊したくない。お前だけバキバキに壊したいがこのスペースでは難しい。

「うはー。ごめんごめん。俺正直者だからさー」

「そ、そういえば、戦士や魔術師は?」

「使えなそうだから辞めさせたよ」

 うそつけ。逃げられたんだろ。か弱い女を選んで逃げられたんだろうが。

「新しい人の加入はないの?」

「別に要らないよ。俺、基本なんでもできるからほんとは治癒師も別に要らないんだけどねー。1人じゃ冒険させてくれないからさー。町のそういうシステムってどうかと思うんだよね。画一的な方法じゃあ傑出した才能があったとしても、それを殺すことになりかねない。まあ、俺がそうだって言ってるわけじゃないけどね念のため。でも、今のやり方じゃ能力よりも人当たりのいい奴のほうが、よい環境を与えられやすいんだよね。例えば能力テストの点がいい人から順に指名できる制度にするとかして、与えられる仕事ミッションも成績に応じ………………」

 なんかたくさん喋っているが、もう頭に入ってこない。

 

 テーブルのグラスを見ると酒が全然減ってない。飲めないのに頼むなよ。私も食事が全然進まない。前に来た時と味は変わってないはずなのに、全然食べたくならない。

 涙が出そうになってきた。だって私は人なんて殺したくない。でも、この指導者がいなくならないと私の幸せは訪れない。残念だが仕方がない。冒険に事故はつきものなのだ。




 冒険出発当日、チンジャオは自分の体が隠れるほどの荷物を持って現れた。歳は行っていても彼は初心者なので、まずはその辺で慣らすかと思ったらやる気満々なんだね。いいことだ。半ズボンに半袖シャツと革の胸当てだけを装備していて、まるで遠足に行く子供みたいだ。


 出発してすぐ、スライムが現れた。私の天敵である。チンジャオ先輩のお手並み拝見といこう。


 スライムがいきなり粘液を吐いてきた。チンジャオの高そうな鎧がジュッっと音をたてる。

「うわあああああ! やばい! シャトーどうする!? こういう場合どうする!?」

「倒すしかないんじゃないっすかね」

「どうやって!? 少しは頭を使ってくれよ!」

「腰に差してある金属の棒で叩き切るというのが一般的ですかねえ」

「くそっ、スライムは攻撃してこないんじゃないのかよ! こうなったら……」

 何やらチンジャオさん両手に力をためている。

「くらえ! 『ラプチャー破裂!』」

 スライムは爆発し木っ端みじんになった。核までバラバラだ。

「ふう、あぶなかった」

 危ないのはお前だ。


 その後、モンスターが出ると、言い訳をして逃げるか、強力な魔術で撃退するかして歩みを進めた。戦いをほぼ1人でやっているにもかかわらず、見直した、という気にならないのは戦闘後のドヤぶりがひどいからである。体格からして剣はあまり振るえないのだろうが、魔術は本当にかなりできる。子供みたいに肌を出しているのは何もファッションセンスがひどいだけが理由ではなく、魔術の威力を高めるためにやっているようだ。


 魔術の炎など、自分の体より外の力を取り込んで使う場合は、服が邪魔になる。反対に治癒法術など、自分の体内の力を高めて使う場合は、私が着ているように衣服で留める方が効果が上がる。とはいえ、2人パーティなのにこの服のままじゃ戦えないから脱いでしまおうかとも思えてきた。私の本性がチンジャオにばれたところで、彼が誰かにそのことを話すことはもうないのだから……。


 ついに夜が来てしまった。チンジャオと2人きりで野営なんて嫌すぎる。嫁入り前の娘にこんなことをさせるなんて町は何を考えているんだ。

 そうだ見張りを立てることにしよう。こんな何もないところで見張りなんて必要ないけどチンジャオはビビリだから賛同してくれるだろう。


「いや、見張りは必要ないよ。結界張ればいいだろ」

「私、結界できないんだよね……」

「マジで!? 法術クラスって何するところなの? お茶とか生け花? うはーはははは違うか違うか」

 腹が立つがぐうの音もでない。実際お茶はやるし。

「あんなの全然練習しなくてもできるようになったけどな」

 マジか。

「こうだよ…………。『サークル線状結界』」

 何も変わったところはないが、キメ顔をしているところを見ると、成功したんだろう。

「円形のロープを張るイメージでやってる。俺はね。実際これじゃ誰かが侵入したかどうか分かるだけなんだけど、ないよりマシっしょ?」

「そうだね……」

 くそう。悔しい。ムカつく。ボコりたい。


 テントの中、男と2人きりになってしまった。早々に寝ることになったが、こんな状態で眠れるはずがない。

 チンジャオをどうやって亡き者にするか考えてみたけれど、やはり自分から手を下すのは難しい。もちろん物理的には簡単だが、さすがにすごくムカつく、くらいでは自分で殺そうという気にならない。どうして私はこんなに心優しいんだろう。これでは私に幸せは訪れない……。

 だが待てよ、この2人きりの状態で襲われたら? 襲われたら仕方ないじゃないか! 自分を守るためなら仕方ない……。どうするのがいいんだろうか、やはりシンプルにチョークで殺すのが……。いや、でも女子が首絞めて殺すのは変だな……。鈍器で殴ったほうが……そもそも、襲われるときってどこから……襲ってくるんだろう……オークと人間ではやっぱりすこし違うだろうし……下半身から来られたら……三角締め……でも……。………………。


「シャトー、虫よけの法術かけてくれない? 俺、ああいうあんまり意味なさそうなのはできないんだよね。…………シャトー? おいシャトーさん? ウソ、もう寝たの? シャトー? ゴリさん? ウソだろ」




 それから何日か経ったが、チンジャオが襲ってくる気配はない。意外に紳士である。

 ほかにも、この男なかなかすごいのは、1人でほぼすべての戦闘をこなしつつ、着実に進んでいくところだ。ビビリであるがゆえに、倒せる敵だけを確実に仕留めていく。もともとこの性格なので友達もおらず、1人で行動することに慣れているのだろう。こうして歩みを進めるのも、きっと町にいてもロクなことがないからなんだろう。

 ただ我慢ならない点もある。もちろん性格以外で、だ。この男食事に全く興味を示さない。スライムが食べられると聞けば、スライムばかり食べる。育ち盛りの私としては肉や魚や野菜をまんべんなく食べたいのに、「まずくなければなんでもいい」と同じものばかり食べるので、楽しくない。悲しい気持ちでいっぱいになる。

 そんな鬱屈した気持ちを抱えながら歩いていたら、イボシシが現れた。こいつは焼いただけでうまい。もう限界だ、こいつを食おう。

 幸いチンジャオはお手洗いに行ったばかりだ。


 イボシシのような突進してくる四足歩行獣には、前蹴りを合わせるのが一番だが、当たりが甘いと逃げられる可能性がある。そんな時は……

 来た! やはり突進してきたイボシシを受け止め、頭の上から腕を回しそのまま締め上げる。そう、フロントチョークなら確実だ。念のため倒れこみ、足で胴体をロックする。

「ピギィ! ピギ!」

 肉よ、わめくなすぐ楽になる。

「うはー、すげえ」

 おいなぜこんなに早く帰ってきた。


 イボシシが焼けるのを待ちながら、特技を見られてしまったことを悔いた。このおいしそうな香りの代償は高くつくかもしれない。私がイボシシを絞め殺す女だと町の指導者たちに知れ渡ったら恋愛に支障が出る。彼に私のことを話す友達はいないかもしれないが。

「法術クラスではあんなの習うの?」

「いや、習わないよ……。誰かに言う?」

「何を?」

「私が……力持ちだって」

「うはーははははは、別に見たらわかるじゃん。あんな技をかけられるとは思ってなかったけど」

 は? 見たらわかる?

「私、体大きいけど、法術クラスの女子の中では2番目だったよ」

「じゃあ一番大きいのはキャロットさんか。でも、あの子はシュッとした美人じゃん」

 私がゴツっとした不美人だとでもいうのか。

「シャトーはさ、最初服でよくわからなかったけど、近くで見るとなんていうか威圧感がすごいっていうか、悪い意味じゃないよ? こう肩とかが……はははははうまく言えないけど! キャロットさんは遠目にしか見たことないけど肩とかペラペラじゃん。シャトーはほら! これほら!」

 分かったもうやめよう。やめて。


 こうなったらトカゲのことも話そうと決めた。私がボコったため、もうトカゲは森にいないかもしれず、そうなったら私たちの仕事である〝トカゲの調査〟は永遠に終わらない。

 私としては、こんな指導者と2人きりで旅をしていては、悲願である恋愛結婚など望むべくもない。ほかの町に行こう。ほかの町へ行く仕事を与えてもらうしかない。

 まずは、トカゲの件を解決させなければ。




 チーブの町に着いたので、ゴーダを助けてくれたハゲに一応挨拶とお礼をする。ビワのことを聞かれたので、ゴーダと結婚したことを話すと、ショックを受けていた。お前もかよ。

 私がハゲと話している間、チンジャオはずっと後ろのほうで道具袋の中を見たりと、明らかに必要のない行動をとっていた。普段偉そうなのに知らない人とお喋りできないのかよ、めんどくさい奴だ。

「ねえ、チンジャオ! 空き家でよかったら貸してくれるって! お金いるけど!」

「ん? いいんじゃない?」

 そうか。こいつが指導者だと、こういう交渉とか私がやらなきゃいけなくなるのか。私だってこんなの向いてないよ。社交性のある戦士でも入れていただきたい。できればイケメンの。


 明日、洞窟に行けば今後どういう冒険になるか決まるだろう。トカゲがいるかいないか、いたら話し合いで解決するかどうか。イケメンの加入はそれからだ。

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