第7話 旅の終わりと始まり
危なかった。が、それ以上に楽しかった。全力で戦えたのはいつぶりだろうか。
トカゲは剣を扱えるばっかりに体術はおろそかになっていたのだろう。だが、早めに格闘技術の差に見切りをつけて、相打ち狙いに切り替えてきたのは流石だった。体格差を生かす最善の策だ。ローキックがよほど嫌だったのか、やたら私の下半身をちらちら見ていたな。そのおかげで上への攻撃が通りやすかった。
しかし、トカゲのくせに理性的な戦い方だった。うーむ。やはり拳を交えてみるとよく分かるが、人間をむやみに殺すような奴には思えない。〝撃滅隊〟を殺してないと言うのは本当なのかも。
奴のそばに丸焦げの魚が落ちていた。あれを食べようとウキウキしていたところをボコってしまったかと思うと、少しかわいそうになってきた。
森を抜けチーブの村に行く途中で、ビワとライスと会った。
「シャトー、無事だったの!」
そう言ってビワは私に抱きついた。肉付きの良さがばれるからそういうのはやめてほしい。
「まあなんとか逃げてきたよ」
敵の足を折ってからだけど。
「いやーよかった、無事で帰ってこられて。俺たちは今からシャトーを助けに行くところだったんだ」
「ありがと、私はこの通り頭をちょっとぶつけちゃった以外は問題ないよ。で、ゴーダは?」
「村の小屋で休ませてもらってる。あばらが折れていて、頭も強く打ったみたいだ。ちょっと熱がでてるけど意識はしっかりしてる」
村に着くと、ゴーダは明らかに苦しそうな表情でベッドに横たわっていた。それでも私の姿を認めると、私の帰りを喜び、「情けない指導者でごめん」と言った。
そんなことはないよ。町に帰ったらゆっくり休もう。私も頭を打ったから、2人だけでゆっくり休んでもいい。冒険災害手当も支給されるはず。これは怪我をした私たちだけに出るから一緒に過ごそう。冒険はビワとライスに任せて一緒に休もうね。うん、それがいい。
私は残っている力を振り絞り『
村の用心棒とおぼしきハゲが小屋に入ってきた。いつの間にかゴーダと仲良くなっていた、第一印象最悪のハゲだ。
ハゲによると、今から週に1度の定期便が出るから、それにゴーダを乗せて私たちの町まで行ってくれるという。こういうことをやってもらえるのも、ゴーダがハゲなんぞにも明るく接していたからに他ならない。ただ、人は乗れて1人だからと、私たち3人は歩いて帰ることに。
町に戻るとゴーダは入院。それから数日間、私は町が開設している冒険者交流サロンに毎日通っているが、町から次の指示も何もなく、コーヒーを飲んでいるだけ。治癒法術の練習でもしようと思うが、冒険災害認定されたため、おとなしくしてないと手当が取り消される可能性があるらしい。たまにライスも暇そうにやって来るのでしょうもない話をするくらいだ。
今日もライスがやってきた。だが、いつもと雰囲気が違う。何かおびえているような、落ち着かない様子だ。
「町の職員が、言ってたんだけど……いや、そうだな……。とにかくゴーダのところへ行こう」
「病院に?」
「そうだ」
何かとても嫌な予感がする。
病室に入ると、ゴーダはベッドに座っていた。顔を見る限り元気そうだ。最悪の事態ではなくほっとしたが、すぐに別の嫌な予感がよぎった。ビワが傍らの椅子に座っていたからだ。サロンにも来ず、まさかここにずっといた?
「俺、職員から聞いたんだけど……2人が結婚するってほんとか」
ゴーダとビワは顔を見合わせて照れたように笑った。
「誰だよおしゃべりな人だな。俺から言うって言ったのに。そうだよ、俺たちは結婚する」
ん? 意味がよくわからない。結婚するということは、ゴーダとビワが結婚するということか? 2人で? ん? 私は? ん?
ライスは「ほんとなんだ……」とつぶやくと黙ってしまった。
私はというと徐々に怒りが込み上げてきた。だっておかしい。ゴーダは私とゆっくりと関係を築いていき、盛り上がったところで結婚する予定だったはずだ。おかしい。何かがおかしい。そもそも私たち4人は四六時中一緒にいたわけで、結婚に至るほどの関係を築く暇など…………そうか。心が結ばれたんじゃないんだ。
「いつ?」
「結婚式か? 今のところ……」
「違う。そういうことじゃない。〝結婚をした〟のはいつ?」
やったんだ。こいつらはやったんだ。私とライスの目を盗んで体をまさぐりあったんだ。私たちの町においては、それで婚姻関係が成立する。しかし、そんな暇などどこにあった? 私たちはずっと一緒だったはずだ。
ゴーダは照れてしまうのを隠すように頭をぽりぽりと掻き、天井を見つめる。
「いつだったかなー。俺らがトカゲに出くわすちょっと前の日くらいだと思う」
黙っていたビワが恥ずかしそうに口を開く。
「虫のから揚げをたくさん食べた日だよ……」
「そうだそうだ。なんかあの日、なぜか盛り上がっちゃって。ビワと見張りを交代する時に……」
ゴーダとビワはまた顔を見合わせると照れたように笑う。やめてくれ、もうやめてくれよ。ゲロが出そうだ。自分で聞いといてなんだけど。
「そうか。ひとまずおめでとうと言っておくよ」
ライスが明るい口調で言った。声だけ聴くと余裕だが、くちびるが紫色になっているしなんかプルプルしている。ビワのことを好きだったんだろう。
「ありがとう。それで、俺たちのパーティのことなんだけど。リーダー以外の2人が残る場合は〝活動休止〟か〝移籍〟から選択することになる。俺たちはまだ新人だし、蓄えもないから活動休止ってわけにはいかないだろう」
「俺は辞めるよ」
うそでしょ!? 別にライスと一緒にいたいわけではないが、冒険者を辞めるなんてもったいなすぎる。一度自己都合で辞めたら冒険者への復帰はできない。ただ、トカゲとの戦いでビビりまくって使えな過ぎたことに気を病み、辞めるのだったらまだ理解はできる。ライスの性格ならどんな仕事でもうまくやれるだろう。
「辞めて、治癒師としてまた入学する」
「は?」
思わず声が出てしまったが、その方法ならまた冒険者に戻れる。だが、また高額な入学金や授業料を納めなくてはならない。こいつの家は金持ちなのか……? 私には到底無理だ。それに若い子たちに交じって授業を受けるというのはなかなかつらいものがある。まさかそれが目的か? 治癒クラスは女性比率が高い。ビワに振り向いてもらえなかったからって若い女の子目当てに入学を? だとしたらひどい。ひどすぎる。
あれ? そうなると私は1人?
「私はどうなるの?」
「移籍ってことになると思う。町が決めることに従うしかないんだけど、いいパーティに入れるよう俺から頼んでおくよ」
ライスと病室を出て、まさかこんなことになるとは、と笑いあったが、ライスの目は死んでいた。私の目も死んでいただろう。ライスがもし本当に治癒師になったら、同じパーティになることはほぼないだろうから、これでお別れだ。
私は独りで山に籠った。襲ってくるモンスターをシバきあげて憂さを晴らそうと思ったが、誰も襲ってこない。私の殺気が漏れちゃっているのだろうか。仕方がないので、ただ毎日、木を殴ったり、岩を持ち上げたりしていた。こういう時は慣れた動作を延々と繰り返すのが気が紛れてよい。
こんなことならゴーダと語り合ったあの夜に、襲っておけばよかった。万が一ゴーダが嫌がっても関節を外してしまえば好き放題できたはずだ。男が女を襲ったら極刑もあり得るが、逆の場合は罪に問われない。または、事を成すのにちょうどいいキノコを食べさせるという手もあった。いい感じにしびれるやつであの森にもきっと生えていただろう。
力ずくの方法ばかり浮かんでくるのは、まっとうな方法ではビワに勝ち目がないと心のどこかで思っているからだろうか。私ももっと女を磨かねば。明日からは通常のトレーニングに加えてヘアアレンジの練習もしよう。
私は町に戻り、冒険者サロンにまた通いだした。「君かわいいね。俺たちのパーティに来ない?」みたいなことなどあるはずもなく、ただ日々が過ぎた。このサロンは冒険者同士の情報交換の場なので、よそのパーティは楽しそうに話している。私には、たまに私が大トカゲから逃げてきた、という情報を知った人が話を聞きに来るぐらいだ。
冒災手当で飲むコーヒーはうまいが、味気ない。たまに町の職員を捕まえて、私がパーティに加われないか話を聞いてみると皆口をそろえて「空きがない」という。このままパーティに入れない日が続けば、今度は失業手当でコーヒーを飲むことになりそうだ。
そんなある日、掲示板に私の名前があった。
《以下の者の所属が決定しました。事務室までお越しください》
やった! ……のか? とりあえず、事務所に向かう。
恰幅の良いおばさん事務員に、掲示板を見て来たシャトーだと伝えると、何やらメモを見ながらしゃべり始めた。
「えーと、読むよ。治癒師シャトーは、指導者チンジャオのパーティに所属することとする。尚、チンジャオ隊に所属していた戦士と魔術師は退職したため、当面2人で活動を行う」
「いやですぅ!」
最悪だ。なんでよりによってチンジャオなんて名前が出てくるんだ。チンジャオと言えば私が卒業する前、女子の間で1,2を争う不人気指導者だった。もちろん話したことなどないので噂だが、性格がとても悪いということだった。そのため、なかなかパーティを組ませてもらえず、卒業できないで学校に何年もいるらしい、と。不人気の理由としてその噂が3割、あとの7割は容姿だ。
あんまりだ。ゴーダとでは天と地ほどの差がある。というかゴーダが推薦してくれる話はどうなったんだよ。
「嫌だっていわれてもねえ。このパーティしか空きがないんだよ」
パーティじゃないじゃん。1人じゃん。
「ちょっと待ってくださいよ。私が卒業した時、チンジャオさんってまだ学校にいたと思うんですけど、そのあとパーティを組んで、すぐに戦士と魔術師が抜けたってことですか? それになんで治癒師がいない?」
「うーん。こういうのあんまり言っちゃいけないんだけどねえ。あの指導者はなかなかパーティが決まらなくて、ようやく決まったと思ったら冒険に出て1日で、ほかの2人ともが辞めたいって言いだしちゃったみたいで。退職届にはもうボロクソに悪口が書いてあったって」
「1日!? すごい! 最悪ってことじゃないですか!」
「そうなの。それに治癒師は最初からいないの。みんな彼のパーティに決まった時辞退するから。ほら、治癒師って特に、いい指導者に当たるまで辞退する人が多いじゃない? だから彼は何年もパーティを組めず留年していたの。で、結局彼は、『俺は治癒法術も得意だから治癒師はいらない』って学校長に直談判して3人で組んだの。結局みんな辞めちゃったけど。おほほほ」
おほほじゃない。全く笑えない。それに辞退なんてシステムがあったのか。
「でもあなたなら大丈夫じゃない? 辞めた子たちは気の小さそうなかわいらしい女の子だったから」
「戦士も女の子だったんですか?」
「そうよ」
というか私はかわいらしい女の子じゃないんですか?
「とにかく決定だから。嫌なら退職しかないわよ」
それ以上は何も言えず帰るしかなった。
それにしてもあんまりだ。私とほぼ恋仲にあったと言えなくもない人が、いきなり結婚し、パーティは事実上の解散。その上、へんな男と2人きりで冒険だなんて。
実際に直接会って話さないと分からない、なんてことはきっとない。女の誉め言葉は真実とは限らないが、悪口は大体真実なのだ。何か手を考えなければ……。何か手を。
私は拳を強く握りしめた。
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