第6話 大トカゲと人間の女 2

 まずはこれだ。

「『火の……」

 来た! やはり魔法の動作に入ると、女が突っ込んできた。1撃目はもう防ぐことはあきらめ耐える。今度は頭突きをあごに食らって頭がぐらぐらするが、その代わりに女をがっちり捕らえる。そして、そのまま両手に力を溜める。倒されようが殴られようが、何をされようがこの両腕はもう絶対に離さない。こんな体勢で爆発魔法を使えば俺もただでは済まないが、この女の体は確実に消し飛ぶはずだ。俺は女のカッチカチの背中に手のひらを当てる。

「何する気だ!」

「すぐに分かるさ」

「やめろ! うおおおおおおおおおお!」

 俺の体が地上を離れふわりと浮いていく。おいおい嘘だろ何キロあると思ってるんだ。

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 俺の体は逆さ吊りになった。このまま地面に落とされては確実に頭がかち割れる。

 絶対に離さない腕を、俺は離した。


 地面に降り立ち、ちょっとほっとしてしまった俺を、もちろん女は見逃さない。

「うぐっ」

背後から首に手を回され、すごい力で締め上げられる。固すぎて外せない。頼みの尻尾も、女の足が尻尾を巻き込む形で、俺の胴をがっちりロックしており、まともに動かせない。後ろに倒れて背中で押しつぶすか? でももしそれでも離れなかったら状況は最悪、手も足も出なくなる。

 苦しい。手で女の髪や耳を引っ張ったりしてみるが、びくともしない。息ができない。体も動かせない。苦しい。苦しすぎる。

 なんだか目の前が暗くなり、意識がふわふわしてきた。腕にも力が入らない。目がよく見えない。


 なんで俺はこんな目に遭ってるんだっけか。俺が男を殴ったからか。いやいやいきなり剣抜かれたら普通やるっしょ。なんなんだよもう。これだから人間は。自分から襲ってきておいて。やることが意味わからねえ。前の町でも人間はそうだった。

 でも、この女はちょっといいな。強いし。美しい。ずるいところはあるけど。

 尻尾にちょうど女の股の三角が当たってあったかい。なんて素晴らしい三角なんだ。気持ちいい。ああああああなんかすごく気持ちいい。……頭の中が白い。……こういう感じで死ぬのならもういい。きっとこの三角以上のものはこの先もうない……。もういい。もうこのまま眠ろう。あああ終わる……あああああ。


「おい、降参するなら命だけは助けてやるが」

 ……まじかよ。分かった、する。

 降参だよ。

 もうなすすべがない。

 いや、降参だけど……。

 どうやって言うんだよ! 首絞めてたらしゃべれねえだろうが! バカかよこの女! くそおおおおお!


 さっき両手に込めた力を、俺の体の前で放つ!

「『ぅ…………うっ爆発するやつ!』」


 俺の前、1メートルのところで激しい爆発。俺たちは爆風で吹っ飛び、猛スピードで洞窟の壁に激突、地面に転がった。

 俺は爆発により体前面にダメージを受けたが、女は岩壁と俺に挟まれ、俺以上にダメージを負ったはずだ。


 散々いたぶりやがって、もう許さねえ。ミンチにしてやる。どこに行きやがった。クソっ、まさかこの期に及んで逃げたんじゃあるまいな。

 起き上がろうとした時、また腹に激痛が走る。うん、そうだよね、逃げるわけないよね、知ってた。爆発で傷ついた俺の腹を女が踏みつけている。

 激痛に耐えながら俺は手に再び力をためる。取っ組み合いでは勝ち目がないため、魔法を打つしかない。女はそれを察したのか、馬乗りになり、俺の顔面に拳を落とす。血しぶきが上がる、もちろん俺からも血は出ているが、さっきの爆発で女も頭からたくさん血を流しているようだ。

「何てことしてくれるんだ! こんな怪我をしたらつじつまが合わなくなるだろ!」

 何を言っているのかさっぱりわからんが、なんかめちゃくちゃ怒ってる。それにめちゃくちゃ痛い。

 顔面に強力なパンチを何度も落とされる。顔面をふさぐと、腹、腹をふさぐと、また顔面、次は首、目、顔面、首、顔面、顔面に肘、顔面。

 頭部を殴られすぎて、意識が切れそうだ。

 今はかろうじて手で何発か防げているが、もうそろそろ駄目だ。もう手が言うことを聞かない。こんなんだったらさっきの首絞めで死んでおけばよかった。さっきのは気持ちよかった。これは最悪だ。

 いや、ちょっと待て。さっきと違って今は動くじゃないか!


「…………降参する。……降参だよ」

 そうだ、口は動く。頼むよ聞いてくれ。

「降参? 本当? 魔術やらない?」

「……やらない。降参だ」

「分かった。じゃあ、あとこれだけね」

 女は、馬乗りをやめると俺の足首に自分の腕を絡ませ、曲がらないほうへひねった。

「痛ええええええ!」

 俺のうめき声に少し遅れて、「ゴキッ」という鈍い音が洞窟に響く。

 あ、やるんだ。降参したのに。そういう感じなんだ。痛い、痛いよ。動かないよ。


 女は俺から離れると、自分の頭に手を当てる。

「『ヒール治癒』……あーあ、どうしようこの傷、完全には治らないよ。逃げるときに転んだことにすればいいかなあ」

 そして、なおもぶつぶつ言いながら落ちていた服を着る。あ、もう着ちゃうんだ。


「もう私帰るけどさ、きっとまた来るから。今度は大勢で。その時までに逃げときなよ」

 今さっき足を折られたんだが。

「なんかさ……私、あんたが悪い奴だとは思えないんだよね。でも私たちの仲間を殺したなら、やっぱり敵だから」

「殺した? いつの話だ。最近はずっと平和に暮らしていたがな」

「2,3年前に10人くらいがこの森に来たはず」

「この森に来てからはそんなにたくさん殺したことなんてないぞ。殺したことはあるが……確か3人組だった。しかももっと前だった気がする」

「ふーん。トカゲと私たちの数え方が違うんじゃない。脳の大きさとかも違うだろうし」

 お前よりは頭いいと思うが。


「それじゃあね」

 ああ、行ってしまうのか。

「お前、名前は?」

「シャトー。あなたは? トカゲに名前はあるの?」

「決まった名前はない。でもトカゲじゃなくてドラゴンだ」

「そうなの。さようならトカゲさん」


 ああ、行ってしまった。なんだろうこの気持ちは。ずっと独りで暮らしていたからかな。寂しいというかなんというか。もう少しだけ喋っていたかったな。

 それより今後どうしよう。あいつらのリーダーを殴っちゃったからには、シャトーの言う通り人数を連れてまた来るだろう。ここにいては危険だ。別に全員ぶっ倒してもいいがそれもめんどくさい。前の町に戻るかな。でもここから離れてしまったらあの女ともう……。

 クソっ。考えるのはやめだ。頭を殴られすぎておかしくなってしまったのか、訳のわからない感情がよぎる。


 俺は丸焦げになったアユを持ち上げる。食えないこともなさそうだが……。口の中が痛い。唾を吐くと、血に交じって歯が2、3本落ちる。

 まったく。なんて女だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る