第3話 指導者ゴーダと夜

 私たちパーティは〝チーブ〟の村にたどり着いた。森を抜けるのは多少苦戦すると思ったが、天気も良く大した敵にも会わずすんなり抜けられた。本気で大トカゲの討伐を目指すなら少しでもレベルアップをしたいところだが、それは村に腰を据えてからでもいい。

「先に村の長に挨拶をしておこう。宿も紹介してもらえるかも」

 とりあえず、一番大きい建物を目指して進む。大きいと言っても単なる掘っ建て小屋のようなもだ。通りを見渡すと、人々が暮らす家はそれよりもずっと貧相だ。いかにも素人が自分で建てましたというようなあばら家。私たちの町とは違い人々の暮らしは貧しいのだろう。


 大きい建物に入ろうとすると、近くに座っていた若くて背の高い、坊主頭の男に呼び止められた。なんだか厳めしい表情だが、顔は少し好みではある。

「あんたら冒険者か?」

「ああ、そうだ。大トカゲの討伐でタブリバーの町から来たんだ。村長に挨拶しようと思ってるんだがここであってるかい?」

「この建物は銀行だし、この村に村長なんていない」

 少し嫌な感じの言い方だが、ゴーダは声の調子を変えずに続ける。

「そうか。話をしておいたほうがいい人はいるか?」

「話? 必要ないんじゃないか。この村にはに提供できる宿も飯もなにもない。あんたらは素通りするだけなんだから」

 ん? なんだこいつは。腕を折られないと素直におしゃべりできないタイプの人かな?

 ゴーダは剣が納められた鞘を外すと、ライスに渡した。

「剣をぶら下げたやつが銀行に入ろうとしたらそりゃ止めるわな。すまなかった。君らに迷惑をかけるつもりはないんだ」

 男はわざとらしくため息をつくと立ち上がった。

「村長はあんたらの町で入院してる。宿の主人も飯屋の主人も冒険者相手に稼いだおかげで、あんたらの町に引っ越した。俺たちは金に者を言わせてこの村でだらだら過ごす冒険者に迷惑してる。ほかに何か要はあるか?」

 ムカついて殴りたいのと同時に、こんなにも歓迎されないのかと驚いた。旅に出るまではもっと他の町の住人と仲良く交流できるものだと思っていた。とはいえ、未来の旦那を探しながらわいわい過ごそうと思っていた私には多少耳が痛い話ではある。


 ゴーダはにこやかな顔を絶やさず、両手を顔の前でパチンと合わせた。

「1つだけお願いがあるんだ」

「なんだ」

 お? 「腹を殴らせろ」かな?

「水を売ってほしい。食べ物はあるが水はどうしようもなくてさ」

「そうか。この村で水を買う者などいない。綺麗な小川がある。飲み水はあっちの道を進んでいくと水汲み場がある。洗濯なんかは下流のあっちを使え」

「ありがとう。助かったよ」

 ゴーダは水汲み場として示された方へ歩き出す。

「ちょっと待て。川を越えたら大トカゲの縄張りだ。越えない限りは絶対に襲ってこない。数年前にあんたらの仲間が何人もやられてる」

「それは知ってるさ」

 ゴーダの表情が一瞬だけ変わった。が、すぐに朗らかな顔に戻った。

「貴重な情報をありがとう。近いうちにトカゲ肉をおすそ分けに来るよ。俺が肉にされなかったらな」

 坊主の男はフフンと笑った。

「楽しみにしてるよ」


 私たちは水汲み場のほうへ歩き出す。

「いやあゴーダはすげえよなあ。俺だったらキレちゃってたぜ」

 確かに。でもライスでは手を出してもボコられるだけだろう。彼はきっと村の用心棒的なポジションだ。

「俺もイラっとはしたよ。それより他の討伐隊は何をしたっていうんだ」

「他の? 俺たちのほかにもトカゲの討伐隊がいるのか?」

「ああ、あと2組いると聞いてる。だが今はこっちの地方での活動はせず、町の近くで弱いモンスターを狩っているだけらしい」

「そんなのが許されるのか?」

「まあな、報告書にはレベル上げって書いとけばいいと教わったよ。きっと、一度この村まできたが、面倒になったか怖気づいたかして帰っていったんだろう。ほら〝黒の森〟が見えてきた」

 なるほど、黒の森とはよく言ったものだ。深い緑の高い木々が生い茂るうっそうとした森だ。単に楽して稼ごうと思っている冒険者なら、怖気づくのも無理はない。


 森のすぐ手前を流れるきれいな小川に到着した。水汲み場の近くでは、10歳に満たない位の少年3人がはしゃいでいる。魚か何かを捕っているのだろう。当然ながら3人とも素っ裸だ。

「うわー、でっけえ女」

 ふむ。ビワより私のほうが大きいから、私のことを言っているのだろう。これだからクソガキは。だがゴーダがいる前で大人気ないふるまいはできない。今私は優しいお姉さんなのだ。

「やあボクたち、こんにちは。魚は捕れたかな?」

「すげえ。ねえ体重何キロ? 何メーターあんの?」

 人の話を聞け、ぶっ殺すぞ。

 3人のうち、少し体が大きい少年が前に出てきた。この子がまとめ役か。

「あんたたち、冒険者?」

「そうだよ。それで魚は捕れたかな? ん?」

「捕れたよ。あんたら大トカゲをやっつけに来たんだろうけど、やめとけば。勝てるわけないよ。大トカゲはクマズリーも一撃で倒しちゃうくらいなんだから」

 いやいやいやいや、ないない。一撃はない。それはない。クマズリーは2メートルを超えるモンスターで、鋭い爪を持ち、体は分厚い皮膚と硬い毛に覆われている。私も倒したことはあるが、一撃で倒すのは無理だ。一発で倒すとすれば延髄にハイキックなど渾身の打撃を叩き込むしかないが、外した時のリスクがでかすぎる。それに大型モンスターの打撃は外から内へフック気味に振り回してくることがほとんどのため、こちらは直線的なカウンターをコンパクトに当てるのが常道である。倒すための打撃ではない。分からせるための打撃だ。

「一発ってのは嘘でしょ。どこを殴るっていうの?」

「誰も素手なんて言ってないよ。剣で倒したのさ」

 トカゲのくせに剣が使えるのかよ。

「そうだよそうだよ。大トカゲはさあ、すっごく強くてさあ、すっごく――」

 別の子供が言いかけるとリーダーが手で制止する。

「とにかく森には入らないほうがいい。殺されたくないならな」

 そんなキリっとした表情で言われても、下半身でかわいい新芽がぷらぷらとしていては説得力に欠ける。


 しかし、川をぎりぎり越えてないとはいえ、よく子供たちだけで遊んでいても平気なものだ。大トカゲってのはそんなに律儀な奴なのか。それに剣まで使えるなんて。というかトカゲに剣が使えるなんてなぜ子供が知っているんだ。私たちの町がつかんでいる情報だと、〝おそらく単独行動〟ということと、町の手練れ10人以上を同時に倒していることから、〝魔術を使える可能性が高い〟ということだけだ。いずれも推測に過ぎない。まあ、子供の言うことを真に受けるのもどうかと思うが、彼には確信があるようだった。


 私たちは川で冷たいお水と、冷たいお風呂を満喫した。もちろん私はナイスバディを見られたくないためこそっと浴びざるを得ない訳だが。


「今日はこの辺にして、森に入ってみるのは明日にするか。この辺にテント張ろうと思うんだけど、シャトーどうかな?」

 あれ、これ私頼りにされてる?

「そうだね。川から少し離れたところならいいと思うよー」

 村には迷惑をかけないわけだし、ここでしばらく過ごすのもいいのではないか。いっそみんなで小屋でも建てたりしてもいいんじゃないか。きっと楽しいぞ。


 その夜、食事を終えるとゴーダが今後の方針を話した。

 1つは黒の森の入り口付近で手頃なモンスターを狩ること。

 これはレベルアップと、冒険者としての通常業務のためだ。ゴーダの『ポスト投函』はまだ町まで届かないだろうということで、戦利品は村から送る必要がある。


 2つ目は目標を〝大トカゲの討伐〟ではなく〝大トカゲの居場所を突き止める〟に変更すること。ただし大トカゲに悟られないように行うこと。

 これは最初から町が指導者だけに伝えていた方針だろう。戦わないのは分かっていたことだが、悟られないで居場所を突き止めるのは難問である。私も山暮らしが長かったから分かるが、自分の森のことは小さな違和感でも気づくことができる。自分の血液が通うようになるとでも言おうか。町としては、トカゲの居場所をつかみ、人数を集めてから仕留めたいようだが、相手に地の利がある森の中で、こちらだけが相手に気づく、というパターンが想像できない。出会い頭に全力でぶっ殺す、という準備をしておく方がいいんじゃないか。


 3つ目は今日から夜の見張りをたてること。

 村が近いから盗賊を警戒してのことだ。これに関しては私が初歩の結界法術『サークル線状結界』を使えないため、原始的な方法をとるしかなく申し訳ない。結界なんて使えるのは法術クラスでも2,3人程度と難しいのだ。その代わりと言っては何だが『ディート人外忌避』なら大得意だ。この術は平たく言うとただの虫除けだけど。




 あと2時間ほどで夜が明ける。私はテントから少し離れたところで見張りをしている。テントの隣にぼんやりとくすぶる焚き火が見えるだけで、辺りは真っ暗だ。

「フンッ、フンッ、フンッ、フンッ」

 虫の大合唱に自分の声を隠すようにして筋トレを行っている。

 幼い頃からクソジジイに筋トレを強要されてきたせいで、筋トレを2日サボると体が溶ける悪夢にうなされるという、困った体質になってしまっている。ほとんど呪いだ。平原なんかでは意外にウエイトトレーニングはやりづらいが、河原は石が自由に使えていい。


 ガサッ

 という音が耳に刺さった。

 何だ? 盗賊か? いや明かりがないからモンスターか? よかろう。私のトレーニングに付き合っていただこうか。と、思っていたら明かりがついてこちらに向かってきた。なるほど、次の見張りのゴーダか。交代の時間までまだ大分あるのに、優しいんだからもうまったく。


「どう? 怪しいヤツいない?」

「まだ見張りの番じゃないのに出てきた人間なら見た」

 ろうそくの明かりでも、彼がかわいい笑顔になったのがよくわかる。

「いやあ……なんていうか、ほんと助かってるよシャトー」

「え、ありがとう。でも何が?」

「ちょっと無理して進んでてみんなには悪いと思っているんだけど、シャトーはすごく楽しそうだからさ、救われるよ」

 ビワにも言われたなこれ。でも別にみんなも楽しそうに見えるけど、本当はつらいんだろうか。

「私は本当に楽しいから別にいいんだけど、どうして無理して進んでるの?」

「うん。早くトカゲを倒したくて」

「そうなんだ」

 どうして早く倒したいのかは聞かなくても言ってくれる気がした。


「……歳の離れた兄貴がいてさ、大トカゲの〝撃滅隊〟としてここに来たはずなんだ。そして帰ってきてない。さすがにもう3年近く前になるから、生きてるなんて思っちゃいないけど、それでも死んでるって気がしなくてさ」

「そうなんだ……」

「やっぱり今でも怒りが収まらない、全然」

 へらへらと旅をしている私とは、この冒険の重みが違うんだ。きっとビワともライスとも。いや町のほとんどの冒険者よりも。

「私はゴーダについていくよ。だってゴーダのパーティだから」

 ゴーダは、照れ笑いを隠すかのようにスライムの干物をかじると、ありがとうと言った。きっと彼はもっと笑って生きるべきなんだ。これ以上つらい思いをさせちゃいけない。彼のためなら私も存分に拳をふるおう。なるべく彼にバレないように。

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