第2話 弱い敵と強い敵

「どうだ俺の剣さばきは」

 ライスが意気揚々と戻ってくる。

 もう十数体目になるだろうスライムを狩り終えた。私たち新米冒険者のメインとなる活動がこのスライム狩りである。スライムには核があり、その核は長時間燃えるため燃料として重宝される。各家庭で利用できるほか、町に1つある動力を蓄える装置に使うことができる。スライムの核はいくらあってもありすぎることはない。しかも今回のスライムは黄色なので、外側のぶよぶよとした部分が食べられる。


「核もだいぶ集まったな。今までに集めた分と一緒に町に送るか。信号を打つからみんな耳をふさいでおいてくれ」

 ゴーダはそう言うと右手を頭上にかざした。

「『ポスト投函!』」

 上空で、金属をたたいたような甲高い破裂音がする。耳をふさいでいてもキーンと耳鳴りが残るほど大きい音だ。

「初めてだからなー。これで大丈夫かな」

 ゴーダの話によると、これは特殊な高音が出るようにチューニングされた爆発の魔術で、旅に出る指導者は必ず覚えないといけないらしい。この音を町の数か所でキャッチすることで、音の鳴った位置を特定、回収を行う者がこういった荷物を取りに来る、といったシステムになっているそうだ。音の高さや長さを変えることで伝えられる情報はたくさんあるが、ゴーダが使えるのは3種類くらいとのこと。細かい調整が苦手なんだよ、と彼は照れたような笑顔で言った。


 ところで私はこのパーティでまだ一度も役に立っていない。スライムはライスのようなへぼい戦士でも余裕で倒せるようなモンスターで、発情期以外は抵抗すらしてこない。発情期には酸のようなものを吐いてくるが、かといって別に急に俊敏になるわけでもないので、武器や初歩の火炎魔術を使えば誰でも倒せると言っていい。倒すのが楽なうえに価値があるモンスターなのだから、別に冒険者ではなくてもみんな狩ればいいのにと思うのだが、どうやらスライムがいる場所には他のおっかないモンスターがいるからやりたくてもできない、ということのようだ。


 私はといえばほかのおっかないモンスターのほうが楽だ。たとえガチンコでやったとしてもスライムには殴打も関節技も効かないため倒すのは難しい。ライスのようなへぼい戦士でも剣を振り回しさえすれば倒せるのだが、私はどうやら剣に向いていないらしく、振り回すとなぜか自分の足に当たってしまうため使えない。どうしても倒さなくてはならない場合は、足でスライムを挟んで押さえつけ、調理用の包丁で直接核を取り出すしかないが、そんな画は私の理想とする治癒師の姿からは程遠いのでできる限り避けたい。それに万が一酸を出されたら私のお姫様の部分が傷モノになってしまう。そんなわけで、私は今のところ無能なのである。


「あそこの丘の上からなら、辺り一面が見渡せるだろう。今日どの辺まで進むか考えよう」

「ちょっと先に行ってて、このスライムは干せば保存食になるから少しだけ持ってくよ」

 保存食になるのは本当だが、別にまだ食料が不足することはないので必要ないだろう。でもこの辺でちょっとアピールしておかないと、いらない子になってしまうと困る。食料や薬草の調達、パーティの栄養管理は治癒師の立派な仕事なのだ。

「分かった。終わったらすぐおいで」

 丘のほうに歩いていく3人を尻目に、作業に取り掛かる。包丁でスライムを1センチ程度の厚さに切っていく。塩水に少し付けた後、天日に干せば、数か月は持つ保存食の出来上がりだ。味は干した芋のようで、少しだけ生臭いため決しておいしくはないが、お腹にたまるし栄養があるので旅にはもってこいと言える。山奥でクソジジイと生活していたころはよく食べた。懐かしいし少し多めに持っていくかな。

 とか思ってたらお客さんだ。


「ぐふ……ぐふふ……カネ……」

 ゴブリンが3体。ゴブリンは比較的人に近い形をしたモンスターで人語を話す個体も珍しくない。先頭で黒曜石のナイフを私に向けているこのゴブリンは、頑張って恐喝ワードを覚えたらしい。『ポスト』の音で人間がいると分かったから駆けつけてきたのだろう。わざわざ襲おうと思ったのは、私が1人でいるからか、私が女だからか、なんにしても舐められたものだ。


 包丁を置き立ち上がる。私の方が20センチほど背が高いだろうか。それでも相手にひるんだ様子はない。

 正直に言うと嬉しかった。ここまでの戦闘で何もすることがなくストレスがたまっていたからだ。私だって無意味な暴力は振るいたくないが、へらへら笑いながらナイフをちらつかせている者ならいくらボコってもいい。それはどこの世界でも常識だろう。

「生の肉を殴るのは久しぶりだよ」

「ぐふふ……カネ」

 軽く右手でフェイント入れ、ナイフを持つ手が少し引っ込んだところを確認し、左ボディ!

「うっ!」

 確かな手ごたえ、肉にめり込むこの感触。腹を殴られることを想定していなかった素人の柔らかさだ。ゴブリンの臓器の位置など知らないが、苦しいはずだ。

 続いて、体勢が崩れた相手の頭を持って、顔面にヒザを――いれさせて!ちょっとまだ倒れないで!

 あんなに素敵な笑顔を浮かべていたゴブリンはうずくまり動かなくなってしまった。でも、まだあと2体いる。が、明らかに戸惑ってしまっている。困った。戦意のない相手を殴るほど私は荒くれ者じゃないが、消化不良なのであと少しだけ相手をしてほしい。

 「うう、お金いっぱい持ってるから盗らないでよぅ」

 これでどうだ。か弱い人間のメスがおびえているぞ。二人がかりなら楽勝だぞ。

 2体は顔を見合わせると、ダッシュで逃げて行った。クソっ。仲間をおいてひどい奴らだ。

 それにしてもこの法衣というやつは動きづらい。そのうえ可愛くない。大きい町なら可愛くて、体のラインが見えなくて、パンチやキックが出しやすくて、関節技の邪魔にならない法衣が売っているだろうか。


 スライムの肉を携え、ゴーダたちに合流すると、丘の下を見ながら今後の予定について話し合っていた。

「できれば今日中にあの森を抜けたいが、どうかな。みんな元気はある?」

「俺はまだまだいけるぞ」

「ビワとシャトーはどう?」

「私も元気はあるけど、別にそんなに急がなくてもいいかなって。シャトーは?」

「私もまだ大丈夫だけど、森の中で日が暮れちゃうと厄介だから、今日は丘を下りたあたりで、野営するのがいいかなと思う」 

「あーあそろそろ町に帰ってゆっくりシャワー浴びたい」

 ビワはそう言って自分の髪のにおいをくんくんと嗅いで見せる。

「まだ旅にでてから全然日にちが経ってないし、スライムしか狩ってないからなあ。何かもうちょっと分かりやすい成果があれば、世間体的に帰りやすいんだけど」

 ゴーダはそういうと照れたように笑った。この照れたような笑顔がちょっとかわいい。いやかなりかわいい。


 丘を降りる道はトゲの生えた草が茂っているため、ゴーダとライスが先に行き剣で草を薙いでくれている。

「ねえシャトー、ゴーダちょっと急ぎすぎだと思わない?」

「うん、そうだね」

 そうなのだ。別に学校でそう教わったわけではないが、新米冒険者は1~2ヶ月くらい町の周りで弱いモンスターを倒しながら、冒険に慣れるのが普通だとされる。モンスターに対する恐怖や、不便で不衛生な野外活動、パーティの人間関係といった理由により、冒険者という職業をやめる者も多い。ケガや結婚などやむを得ない事情を除き、一度パーティを抜けたものは冒険者には戻れないため、本格的に旅に出る前に慣らしの期間は必要だ。

「このまま大トカゲの討伐に向かうつもりなのかな。ゴーダは結構強いけど、私たち3人はまだ経験値が足りてないって感じ」

「うん。さすがに今のままトカゲと戦いはしないだろうけど、近くには行きそうだね」

 私たちは大トカゲの〝討伐隊〟ではあるのだが、実際は、どこにいるか調べる、程度の任務だと考えられる。なぜなら10人以上で結成された〝撃滅隊〟が1人も帰ってこないのに、私たちに討伐などできっこないからだ。私たちが〝調査隊〟じゃないのは町としてのしょうもないプライドだろう。


 パーティの能力に関してもビワの言うとおりだ。ゴーダは剣はかなりできるし、魔術も法術もできる。皆の意見に耳を傾ける柔軟性と、自分で意思決定をする決断力を併せ持っており、指導者としてはいうことなしだ。それに顔も性格も家柄も良く、旦那さんとしても文句のつけようがない。そんな人とパーティになれたのだからこのチャンスは無駄にはできない。――と、話がそれた。そう、能力。


 ゴーダ以外の私たち3人の能力は知れている。ビワは魔術師として才能がある感じはするが、あまりそれを磨く気はなさそうだ。レベルアップするくらいならメイクアップするわという感じで、戦闘後もこそこそとお色直しをしているくらいだ。私はといえば、治癒師としては平凡な新卒レベルでしかない。筋肉は治癒法術において何も役に立ってくれない。そして戦士のライスはへぼい。


「シャトー、私はね、ゴーダと旅ができたらそれでいいんだ」

「ん?」

「大トカゲなんて別に何もしてこないし放っておけばいいじゃんと思ってる。シャトーもそうでしょ?」

 ゴーダについてかトカゲについてか、どっちに対する同意を求められているんだ。

「私は、単純にもっと旅が続けられたらいいなと思ってるけど……」

「シャトーめちゃくちゃ楽しそうにしてるもんね。冒険しているっていうのに全然つらくなさそう。無邪気にキャンプする子供みたい」

 悪い意味じゃないよ、とビワは付け足した。確かに楽しい。男女数人で野外生活なんて今までの人生になかったし、楽しいに決まっている。屋根もベッドもないとはいえ、クソジジイと過ごす山奥での暮らしよりよっぽど楽だ。

「私は野外生活は苦手だけど、ゴーダの力にはなりたいと思ってる。むしろ目的はそれだけかも」

 ビワはそう言ってニヤッとした後、あふれんばかりの笑顔を見せた。


 なんなんだこれは。私に対する恋の宣戦布告ととるべきか。私がゴーダに対してどういう感情を持っているのかなんて彼女にはお見通しなのだろう。こと恋愛に関して私がビワに勝てるポイントが見当たらない。きっと小さい頃からモテてきたであろうビワは、私とは別の意味で、男を倒す方法を学んできたことだろう。経験に差がありすぎる。肉弾戦ならこんな華奢な女の子、首の20本でも30本でもへし折れるのだが、恋の戦いにおいて、へし折られるのは私だ。これがめちゃくちゃ嫌な子だったら、事故も多い冒険者だけに、不慮のチョークスリーパーに遭っていただくことも考えられたかもしれないが、困ったことにこの子はいい子なのだ。

「ビワ、私も同じ意見だよ」

 今はガードするので精いっぱい。今はね。

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