剛力治癒師と大トカゲ
おぎまきしん
第1話 剛力治癒師とパーティ
「残る1人は……シャトー、治癒師のシャトー」
やった。ようやくこの日がきた。長かった。これでようやく女の子としての幸せが手に入る。大トカゲ討伐メンバーに選ばれたのだ。
「諸君らは4人で今後力を合わせ、黒の森の大トカゲ打倒に向け尽力すること。何度も説明した通りこの大トカゲは、数年前にわが町が結成した精鋭部隊を壊滅させた恐るべき……」
学校長がなおも続けるが、うれしさのあまり頭に入ってこない。今いる場所が全校生徒が集まっている講堂でなければ、飛び跳ねているところだ。
私たちは年頃になると多くの者が学校に入り、冒険者としての訓練を受ける。そして一定の能力に達した者は何人かでパーティを組み、仕事を行うことになっている。同時に晴れて学校は卒業となる。
〝大トカゲの討伐〟は私たちパーティに課せられた任務ではあるが、何が何でもやらなければならない、という仕事ではない。討伐を目標に、男女数人で野外活動を行っていればそれでよいのだ。その過程で、ちょろいモンスターでもやっつけて、そこから得られる肉や皮、薬や燃料を定期的に町に提供すれば、平均以上の収入を手にすることができる。だいたい学校を出たてのペーペーに大トカゲの討伐などできるはずもないと、町もわかっているだろう。私は冒険がしたいわけでも、お金が欲しいわけでもない。〝男女数人で〟旅がしたいのだ。いやお金はちょっと欲しいが。
男女数人で編成されるパーティーには必ず指導者がいる。指導者は幼い頃より、政治・学問・戦術・剣術・魔術・法術などあらゆる技能を学ぶ。当然学費は尋常な額ではなく、生まれた時点で指導者になれるかどうかは確定していると言っていい。豊富な資産により充実した教育を受けた指導者とそのパーティは、他の町での活動が許されている。男女数人で野外活動という、これ以上なく恋が生まれやすい状況に加え、他の町の人と大っぴらに交流できるというかなり恋愛に有利な環境を維持できる。
私は今でこそちゃんとしたカリキュラムを修めた治癒師だが、人里離れた山奥で頭のおかしいクソジジイから、ただひたすら肉体を鍛えさせられるという教育を受けた。いや、とても教育といえるようなものではなく、シゴキ……、いや、虐待を受けた。乙女にもかかわらずだ。来る日も来る日も筋トレや、スタミナトレーニング、打撃、投げ、関節技、寝技の訓練を受けた結果、乙女にあるまじき筋肉のキャミソールを着る羽目になった。上背も成人男子の平均以上は優にあるため、住み込みのバイト先でのあだ名はゴリ・ラだ。ゴリ・ラとは伝説上の怪物で毛むくじゃらの肌に3メートルの巨体、人間の頭をたやすく握りつぶす握力を持つと言われている。私は毛むくじゃらではないし、さすがに人間の頭までは握りつぶせない。それに顔は目がくりっとして結構かわいい、はずだ。
今日は早速パーティ4人の初めての顔合わせが行われる。こじゃれたレストランに着くとすでにほかの3人は到着していた。もちろん今日の食事代は活動費で落ちる。
「やあ。あなたがシャトーだね。俺はゴーダ。一応このパーティの指導者をやらせてもらうことになってる」
もちろんあなたのことは知っている。指導者と治癒師ではクラスが違うので交流はないが、私たち女子は男子指導者の情報は大体つかんでいる。ゴーダは一言でいえばアタリ、だ。身長は私より少し小さいくらいだが、ちゃんと鍛えられた締まった体をしている。短髪が似合う端正な顔立ちに、人の好いさっぱりとした性格だと聞いている。座学の成績は中の上から上の下くらいで、魔法よりは剣のほうが得意。
「どっちかというと魔法より剣のほうが得意かな。旅に出たらケガとかしていろいろ迷惑をかけると思うけど、よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくね」
指導者と治癒師は一番そういう関係になりやすいと言われている。前面に出て戦わなければならず怪我を負いやすい指導者を癒しているうち、そういう風になるというのだ。ほかの町ではどうなのか知らないが、私たちの町では一度肉体関係を持ったら、結婚する決まりになってる。もし結婚することになったら、2人ともパーティからは外され、1年間は子作り・子育てに専念するのがしきたりだ。その間は町から補助金をもらえるので、ゆったりとした甘い生活を送ることができる。もっとも指導者と結婚すれば補助金などもらわなくてもやっていけるが。
「私は魔術師のビワ。よろしくねシャトー」
そう言って、握手を求め華奢な手を出してきた。
「よろしくね」
私も、笑顔で手を差し出すが、私の手はごついのであまり触られたくない。
治癒師の身に着ける法衣は、あごの先からくるぶしまでを一枚布ですっぽりと覆い、体のシルエットは全く分からないため、私はムキムキなどではなく「ぽっちゃり」ということでやっていこうと思っている。法衣で隠せない部分がもちろんあり、その1つである耳は、来る日も来る日も寝技のトレーニングで側頭部を地面にこすりつけさせられたため、幾度も擦りむけ腫れたようになっている。「耳どうしたの?」と聞かれたら困るので普段は髪で隠すようにしている。
そして、もう1つがこの手だ。こちらは来る日も来る日も意味も分からず砂利を殴るトレーニングをやらされたため、拳が岩のようにゴツゴツしてしまっている。常に手袋をはめるというわけにもいかないため、料理下手で手がごつくなっちゃったエlヘッ、ということにすべくばんそうこうを貼っているわけだが、今ここで料理下手をアピールするのは不自然すぎる。まあ顔はかわいいはずなので、ここまで隠せばトータルの印象としては、ちょっと大柄でうっかりしてるかわいい子、となるだろう。なるはず。
それにしてもこのビワという子はちょっと露出しすぎではないのか。攻撃魔術の効果を高めるために肌を出さなければいけないのはわかるが、やたら短いスカートに膝上まであるスケスケのソックスをはく必要があるのか。ハーフパンツでいいだろうハーフパンツで。肩から肘までスリットの入った謎の袖、胸元のボタンは多めに外され、ぱっくりとあいた背中には何本もの紐が左右に走っている。顔には魔術用のメイクが施されているが、学校で見るものよりだいぶハデだしキラキラしている。装飾が敵ではなく、明らかに味方に向けられている。率直な意見を言わせてもらうと……、うらやましい。私もそういうのがしたい。
「俺はライス。戦士だ」
「よろしくね」
「大きいねえ。俺より身長高いんじゃない?」
「そんなとこないよ。ブーツはいてるからだよー」
ブーツの踵はぺったんこに切っているがな。乙女に向かってなんてデリカシーのない奴なんだこいつは。冒険に出ても絶対回復してやらんからな。
戦士とは、大体が魔術を使えず、治癒もできず、指導者になるほどの家柄でもない。そのうえ大体がバカだ。こいつもそうに違いない。私には剣は扱えないが、こいつくらいなら剣を持っていても2分くらいで殺せるだろう。
一通り自己紹介を終えると、学校で毎日繰り返してきたように皆で「いただきます」をして、食事をつまみ出す。学校を卒業したばかりということもあってか皆少し浮かれているように見える。少なくとも私はそうだ。これからのことを想像すると少しの不安はあるものの、期待のほうが大きい。机と椅子に囲まれた狭い教室から広い世界に出るのだ。
「早速明日出発し、最初に目指すのは黒の森に近い集落〝チーブ〟なんだが……、今日はそんな話は抜きに食事を楽しもう。明日からはテーブルで食事なんてできないからね」
「そうだね。今日はたくさん食べるぞ」
ビワはそう言ってフォークを高々と持ち上げる。
「そうだよビワちゃんはもっと食べたほうがいいよ。私と違ってそんな細いんだもん」
「ビワでいいよ。じゃあシャトーのハムもらっちゃお」
ハムはやめて。
「なんか女子と旅に出られるって夢のようだなあ。戦士のクラスは男ばっかりだからさ。治癒法術のクラスに行けばよかったと何度悔いたことか」
「治癒クラスは確かにほとんど女だったけど、男子は全然楽しそうじゃなくて、肩身狭そうにしてたけどね」
私は授業についていくのと授業料を払うためのバイトに必死だったから、キラキラした学生生活は送れなった。だから、こういうこじゃれたお店で何気ない男女の会話をするのがとても価値あるものに感じられる。今までが辛かっただけに、気を抜くと涙ぐみそうだ。旅に出てからもたまには町に帰って、こういう時間が持てるだろうか。おいしいご飯を食べながら、旅であった驚きや失敗なんかを笑いながら語りあえたら最高だ。
ふとゴーダに目をやると、骨付き肉をほおばりながらにっこりと笑った。なんだこれ。いい予感しかしない。私は高揚感のあまり思わず握りつぶしそうになったグラスをそっと置いた。
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