第32話 翼は砕かれた

 ボロが王の血肉を4つも手に入れていることを否定する布告は理解できる、しかし、あろうことか神代を初め上層部はそれを建前でなく真実として扱っていた。

 対外と内情が一致するのは美点ではあるが、危機に際してのそれは愚策としか言えない。神たる我らが認めぬ、その一点で蓋をして現実的な対策をとらなかった。聖女も王の血肉も、冒涜者故に滅びるべしと戦力を差し向けるのみである。数の上では聖女らに数十倍する兵力ではあるが。

 それにさえ、植民地として運用を最適化するためにタスロフの民を動員さえ自身の出血を忌避した。ハルルーベの神仕隊も、軍事指導よりも地理の把握と内部協力者の選定に重きを置く有様。腐敗した組織がそうであるように、保身と利益の追求には芸術的な意欲を見せているのである。

 カマル以下天使の一団の投入は、一見するとその中にあって有意義な行動に思える。しかし、これも政治的な対立故に生じたものに過ぎないのだ。

 名もなき山での聖女一行の排除失敗、王の血肉の奪取、サィㇷでの神仕隊の敗北とイブリースでの怪事件、そして勢力を増しつつある聖女とムトゥスとの同盟。これらは全て最初につまずいた天使とその主、神代によってであると糾弾されたのだ。

 繋がりは事実であったが、金鐘以降を天使らの責任に帰するのは強引といえる。が、それを封じる権勢が反対派にあり、神代らは窮地に立たされたのだ。

 そこで、タスロフの戦いに彼らは名誉回復のため参戦を望んだのだ。この場合自発とされているが、内実は強制である。

 カマルは苦悩しつつ、出来る限りの努力を行った。我が子たる天使は神代直属の組織といえど、暗部であり構成員の選別も武力辺重にならざるを得ず、政治的な力に欠けていた。神代の代理権を得ればある程度融通は効くが、あくまで神代に従っているのでって天使自体は尊敬や信頼とは縁遠い。疾翼走破が回ってきたことも、僥倖以外の何物でもないのだ。

 天使を語る犬畜生、他者からのその中傷も完全には否定できない。カマルはそれを絶対的な忠誠と狂信、そして執着で無視してきた。そしてこれからも変わりはない。その生が輝きを失うまで突き進むのみである。


「うるせえ野郎だ!」

「む―」

 いましがたカマルが立っていた場所が弾ける。金鐘の音色による一撃だ。

「いい加減にしろい!」

 ボロが数百にも分裂する。朧纏による幻影がカマルに届かないため、自身を起点にしたのである。

数百のボロは一斉に鬼哭を振り上げる、幻影は同一の衝撃波を作り出し、どれが実物か判別できないカマルは大きく距離をとるしかなかった。

「く……」

 せめて援護があればとカマルは思わずにおれない。弓でも石でも、ボロの注意を引ければいい。

 それは儚い願いであった、この戦いは天使のみで勝たねばならぬのだから。神代の名の布告と、天使の悪名で神仕隊は対岸の火事視を崩さない。そして他の天使らも、カマルが王の血肉の威力を危惧して防備を固めさせ、被害が無きように下がらせている。

参戦しても危険が大きすぎる。

 ボロの幻影が一斉にカマルに突撃した。疾翼走破を駆使し、数人に翼の剣と蹴りを見舞ったが、影のようにすり抜けてしまう。消すことは不可能だ。

「ぐう!」

 その隙を狙って衝撃波が迫ってきた。全てを避けるしかないが攻撃のせいで一瞬遅れ、余波でカマルは吹き飛ばされた。剣も弾き飛ばされてしまう。

「おいっ、なんじゃそのていたらくはの?」

「うるさい……」

 疾翼走破がカマルをなじる。当然、この武具も意志があり言葉を話す。

「ほれほれまた来るでの」

 カマルは舌打ちして立ち上がり、走ってボロから逃げる。走破は的確な指示を出すが、出会った日数の短さと彼自身の性分から信頼関係を築けていなかった。

「そりゃ!」

 カマルの眼前に壁が出現した。

 無論、朧纏の幻影である。だが、頭で理解できていても肉体の反応はどうしても遅れてしまう。走破の修練不足もあって、本物の壁であれどそのまま駆け上れるのにカマルは思わず立ち止まってしまった。

「がああああ⁉」

 体中を激痛が走る。衝撃波ではない、金鐘の音色だ。ボロは即死を狙った威力であったが、がむしゃらに発した走破の速度で辛うじてそれを回避する。

「来るぞい!」

 どうにか一蹴りするのがカマルには精一杯であった。衝撃波の余波で吹き飛ばされて無残に大地に倒れ伏す。生きてはいるが、最早治療が可能な傷ではないと容易に解せた。

「ぐう……」

「捕まえたぜ」

 幻影を消したボロがカマルを見下ろした。

「よお金鐘に鬼哭、朧纏ものお。あいつはどうしてる?」

「とっくに死んじゃったよ」

 走破と鬼哭が場にそぐわぬ朗らかな会話を初めた。

「! だあ!」

「おらああ!」

 カマルの蹴りを、ボロが金鐘でたたきつぶし音色で走破を剥ぎ取った。それでも尚這いずって噛みつかんとする両腕を叩きつぶし、ついにカマルは動きを止めたのだった。

「カマル様!」

「馬鹿者っ……!」

 こらえきれずに突撃を敢行した他の天使らも、振り返ることのないボロが金鐘の音色で気絶させた。

 我が子たる天使らは敗北したうえ、ハルルーベの有する王の血肉すら奪われてしまった。

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