第31話 憂鬱の天使

「狙ってたのになあ! くっそお!」

「この人もバカですよね」

 金鐘もボロが小突く。

「で、要するにすごく早いんだな?」

「そんな簡単に言うんじゃない! いいか、疾翼走破は原初の王の―」

「あ~、それはわかってる。俺たち見てたし―」

「そうか! それならどんな活躍をしたのか―」

「まあまあ、今は目の前の問題に、な?」

 ムタトムがゼブンの口を塞いで引きずっていった。

「どうするのです?」

「どうもこうもねえよ、行くしかねえだろ」

 タケーにボロはぶっきらぼうに答えた。彼の問いが、一つの答え以外を認めぬものだったからである。

「ボロ……」

「お前はここに……鬼哭、ついてやっててくれ」

「いいよ」

「ボロ!」

「振り回す練習でもしてな」

 ボロは鬼哭をロールに与えた。当然失策であるが、ボロにはロールを危険なままに放置する選択などありえない。

「金鐘、疾翼走破が鬼哭でしか捕まえられないってことはないよな?」

「正直わかりませんよね。敵対したことはないのですよね」

「ただな、音よりも早く動けるのは確かだ。金鐘の音色はともかく、俺の一振りを狙っては当てられないぞ」

「あたしもよ、伸びる前に逃げられるわ」

「頼りねえな……威力はどうなんだ?」

「そのまま蹴るくらいかしらね~、靴だから基本」

 反芻しつつ、ボロは戦術を練った。怖いのは疾翼走破もだが、他にも王の血肉を隠しておりそれで不意を討つ場合だ。防御はからきし、金鐘の音色を貫かれると打つ手がない。

こと生死に関しての思案には必要以上というものは存在しない。ボロは準備を進めながら作戦を練っていた。

「どうするんだい?」

「双頭で振り回すさ」

 とはいえ、小難しい策を捻りだす訳でもない。動物的本能による、最適格を実行するだけだ。

「一人でいくのか?」

「向こうはそう言ってるんだろ? 因縁もあるしな」

 ムタトムは頷き、ウフトを見た。

「ウフトをやってもいいか? もちろん、守る必要はない」

「なんでだ」

「近くで見たいからじゃ、ダメかな?」

 表向きは偵察である。帰還後、ムタトムの指令でウフトはパイプ役としての地位を与えられていた。同行でさしたる成果を上げられなかったことへの無念から彼女が願い出たのだと周囲は認識していたが、実際は彼女がボロたちをより知りたく思い、それをムタトムも許したのだった。

 少女の甘い望みによって、左右されてよい役割ではない。が、ムタトムは直感的にそれが良いと判断した。合理性を追求することが、必ずしも最善の結果に結びつくわけではないのだ。

「……本当に守れねえぞ、そんな余裕ねえ」

「わかってるよ」

「私がお守りしましょう」

「! 聖女様もおいでに⁉」

「ふざけんな!」

 皮肉にもタケーとボロの意見が一致したが、内情が真っ向から反対するものであったために睨み合う結果になって、ロールと信徒が割って入った。

「はい」

「聖女様はここにいろよお! 元気づけてやれよ!」

「その通りです! 危険な戦場へお向かいになることは断固反対いたします!」

「なんだいこれ?」

 鬼哭が皮肉を漏らした。

「あなたを見守り導くことが、私の使命でもあるのです。ご安心なさいませ、この地は絶対の守護に包まれています」

「ふざけんな!」

「ご再考を!」

 聖女との問答では勝敗は見えていた。

 ボロは仕方なく聖女とウフトを連れて戦場へと向かい、タケーはげっそりとした顔でひたすらに祈るのみだった。


「待っていたぞ、冒涜者よ」

「やっぱりお前かよ」

 村を出て寸刻、軍勢の布陣の手前に天使の一団がいた。頭頂に立つのは疾翼走破を備えた少年・カマルである。彼は法衣を纏っているが、他の構成員は鎧を着こみ盾を構えている。輪剣を構えている一人を見かけて、ボロは記憶を手繰れはしなくとも懐かしさを覚えた。

「私が―」

 ボロは先制して双頭を振るった。衝撃波が天使らを襲い、鎧や盾を構えた人間を紙の如くに吹き飛ばした。

「負傷者を救出! お前たちは下がれ!」

「カマル様! 私も―」

「下がるんだ! 見ただろう威力を! 贋作と言えど軽視できん! 冒涜者! 私はここだ!」

 カマルは遠く離れた場所で構成員たちに叫んだ。

 ボロはいよいよ疾翼走破が敵の手にあると実感する、間違いなく、カマルは閃光とも言うべき衝撃波を余裕をもって躱しているのだ。

 ウフトは唖然とするしかなかった、改めて王の血肉の威力を見ると、伝説も真実であったと認めざるを得ない。

 軍勢からのどよめきが彼らの位置まで届いてくる、平静であったのは、恐らく聖女だけだろう。

「どうした! 恐れをなしたか!」

 カマルがボロを挑発する。それは自身を鼓舞するのと同時に、構成員たちから目を逸らす意味があった。

「恥知らずであるだけでなく臆病とは! その―」

 双頭の衝撃波を躱す。回避は十分可能であるが、大地を抉り石を砕く力は侮れない。

「どうした!」

 挑発にしろ意気込みすぎている、それはカマルなりの不満のはけ口を発散するためでもあった。この一戦、聖女とボロ、その賛同者を排除するという目的は悲願とすら言える。

 が、その過程があまりにも稚拙に過ぎていた。

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