第30話 天使再び

 村に戻ると、血相を変えたタケーが聖女に駆けよってきた。ボロは無視してねぐらに戻って、そのまま食事もせずに眠りについた。

 ひと眠りすると、多少は落ち着いたので体を湯で拭った。ロールはもちろん風呂に入りに行った。

「くそっ」

 ボロの悪態に、金鐘たちは反応しなかった。彼が越えねばならない壁である。

「大体よ、ああなんだから馬鹿にされるんじゃねえか。しゃんとしろよしゃんとよ」

 寝転がっての独り言は整理や心の安静を取り戻すのに有効である。聞き手がいれば別だが、ボロは意見のかわしあいを好む性分ではない。ロールとの付き合いも長きでなく、大部分を一人で生きて解決してきたのだ。

 ロールは湯の香りが体に染みつき、選択した衣服も乾ききるまでたっぷり時間をかけてからねぐらに戻った。一応タケーらの焦ってる姿や、ゼブンの家に戦士たちの姿があるのを確認して伝えたが、ボロの耳には念仏にもならない。

「あ~、聖女様は?」

「怖がってる人を慰めてたよお」

 不意にボロは立ち上がった。

「そうだ、聖女様をぶっ殺すんだ! そうすりゃぜーんぶうまくいくぜ!」

 ロールを初め、またかと一同は肩を竦めた。

「ついてこれないやつはしらねえ! それでいいんだ!」

「やっぱりバカですよね」

 原初の王と比べれば、その評価は武具たちの衆目の一致するところであった。しかし、その時代でも溢れんばかりに存在した凡俗、愚物と比較対象になるほど少年は劣悪ではなかった。

「よし! そうときまりゃ―」

「ぼ、ボロ! ボロ!」

 と、ウフトが血相を変えてねぐらに飛び込んできた。

「うおっ、な、なんだよ?」

 ウフトは名前で呼んでもボロが拒絶しなかったことを密かに喜びつつも、差し迫った脅威を伝えた。

「あんたを呼んでる奴がいるんだよ! ハルルーベの奴!」


 ウフトに先導されたボロたちが村に出ると、聖女を初めてタケー、ゼブン、ムトゥスの戦士らが勢ぞろいしていた。

「どういうことなのです!」

「なにがだ!」

 詰問するタケーに思わずボロも噛みつく。間に入ってゼブンが二人をとりなした。

「疾翼走破だ」

「は?」

「ハルルーベにも、王の血肉はあったってことだな」

 恍惚として語るゼブンに、ボロは凡その事態を理解した。敵側に、武具を備えたものがいるのだ。

「そいつが俺を呼んでんのか?」

「その通り、お前と同じくらいの年の少年だ」

 ロールが目を見開いてボロにしがみついた。

「天使の奴じゃない?」

 ボロよりも、タケーやムタトムたちの反応の方が早かった。天使の存在は、それなりの通った事実である。

「天使……?」

「ああ、もう」

「私を見つけた時の相手ですよね」

 ようやく得心がいったようにボロは手を叩いた。

「ハルルーベの白い奴らか」

「接触してたのですか⁉」

 タケーが詰め寄るのをゼブンが宥めた。気は分かるが、ここで揉めても良いことはない。

「金鐘を見つけた時」

「無事ということは倒したのか?」

 ムタトムが尋ねたが、ボロは首を横に振る。

「逃げたんだ、そうか、白い奴らがまた来たのか」

 ボロはようやく興味を持って、物見台に登ってみた。地平を埋め尽くすような軍勢の手前に、ちっぽけな影が見える。

「ボロを呼べって使者が来たんだよ」

 降りてきたボロにウフトが伝えた。

「偽物の王の血肉を振るう冒涜者は許せないって」

「偽物?」

「はあ~? 言ってくれんじゃない」

 じりじりと寄ってくるゼブンから離れつつ朧纏が憤った。他の武具も同様である。

「失礼だよね」

「そういう宣伝だと思います、鬼哭さん」

 ハルルーベの同志たる原初の王の残した伝説が、あろうことか彼が始祖の教えに反逆するなど認めえぬことである。故に、神代が否定のために動くのは当然なのだ。

 が、この時布告した偽物であるという情報は悪手であった。真実ボロの元にある武具は本物であり、その絶大な力を隠しきれるものではない。対策に本物と称するものを用意もしたが、見合った力を発揮できず醜態を晒す結果となった。

何より、タスロフ国内とは言え王の血肉の存在を大々的に明かしてしまった。タスロフ民はともかくハルルーベのものは他国へも容易に行き来でき、各国にて武具の捜索が活発化、さらにはハルルーベへ反旗を翻すものも出て来くる始末であった。

拙い情報操作や後手に回る対外対応、連なる内部意志決定の遅れは、まさしく同教の衰退を物語るものとして記録された。

「あ~、やってくるじゃないか」

「放っておけませんよねボロ?」

「お、おう」

 押される形であったが、ボロも天使を無視はしたくなかった。差別意識に満ちた危険な相手であるとともに、ニカを苛んだ歪みの象徴である。

「ゼブン、そのなんたらってはどんなんだよ?」

「よく聞いてくれたな! 疾翼走破は脚具だ! 瞬きよりも早く、空でも水の中でもどこへでも走っていけるぞ!」

「どうもあたしはあいつが好きになれないんだけど」

 朧纏がぽつりとボロに呟いた。ゼブンの熱意は、確かに異様なものを含んでいるのは確かだった。

「聞こえるようにいうなよ」

 そんな朧纏をボロは窘める、唯一の情報源であるし損得の場なら理知的であったからだ。

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