第29話 そして台無しへ

 ここでムトゥスが前例となれば、追従する者も出てくるだろう。先頭者は躊躇われても、後を追うのであれば抵抗も少ないものだ。

「……聖女様がどう動くかは、保証はできないぞ」

「それは今も同じだ」

 ゼブンは頷き、手を差し出しムトゥスが握り返した。

「とりあえずの協力だ、王の血肉さんを手にするために」

「こちらこそ」

 ボロはすっかり蚊帳の外に置かれて不満だったが、自分が介入してどうこうする事でもないと判断して静観することにした。


 後はタケーへの通達であったが、肝心の彼が中々捕まらなかった。軍勢が今にも攻めてきそうな情勢では無理もなかったが、自組織内に新たな派閥が形成されつつあるのに把握を後回しにするのは不熟とされても仕方がない。

 ゼブン達にもそれが理解できたため、とりあえず保留とした。

組合に加入したと言っても、実際に行動を起こすには様々な手順が必要となる。すぐさまに集団として目的に向かうのは不可能だ。

細々した取り決めや根回しが、大事には欠かせない。

 故にゼブンとムタトムは数日後の会合を指定し、それぞれに成すべきことを実行するために別れた。

「よくわかんないんだけどお、どういうことお?」

「俺にもわからねえ……」

 ロールに対して、ボロはそう答えるしかない。組合を作るという目的は成されたが、タスロフ解放とハルルーベの是正という目標については具体的なものが話し合われていない。

 容易ならざる道であるとはわかっていたが、ゼブンとムタトムの目指す先はよくわからなかった。特にゼブンは、王の血肉に囲まれたいという欲求の方が強く感じる。

 かといって、二人が私利私欲のみで動いているとも思えない。大いなる成果は、目に見えぬほど小さな不断の努力の積み重ねのみによって成るという事実を解して受け入れるのに、彼はまだ若く性急であった。

「ならどうすんのよ~」

「……あーだこーだ言っても仕方ねえよ、俺は俺でやることやるぜ」

 ボロは切り替えることにした、悩み迷うときは敢えてそれから離れるとより良い解決策がみつかるものだ。

「何をするんですよね?」

「まずは話し合いだぜ」

 そう言ってボロは歩き出し、金鐘らと聖女が続いた。ロールは嫌な予感を感じとっていたが、放ってもおけずいつでも逃げられる準備と心構えを怠らずに追走した。

 

「この野郎ども! ふざけやがって!」

「ああ~……やっぱりい」

 ロールの予感は的中した。ボロは真っすぐに、野営中の軍勢の一団に向かい交渉を試みたのだった。

 当然、敵襲と見なされてタスロフ軍は大混乱に陥った。恐怖し逃げ出す者、抗戦せんとする者、日和見を試みる者、大部分が一般人からの徴兵に加えて指揮官も不在であり、統一行動が全くとれなかった。

 ボロも、最初はそれをふまえて言葉を交わそうと努力したが、あまりにも混沌とた場の収拾と、抗戦派の攻撃を受けて長くない気を保ち続けることは困難であった。武具を駆使して話を聞かせようとする、嫌っていたはずの抑圧に走ったのだった。

 両手に双頭鬼哭、首から慈愛金鐘、背には夢宮朧纏といういでたちで暴れる少年はさながら魔王である。

 飛び道具の類は、金鐘の音色で悉く粉砕された。双頭の衝撃波と鬼哭の斬撃は地形を容易く変え、朧纏による怪物の幻影で軍勢は混乱を極めた。

「邪魔するんじゃねえ聖女様あ!」

「いけませんよ殺めるのは」

 それ以上にボロを怒らせたのは、聖女による守護である。向かってくる者は別にし、すでに抵抗の意志をもたぬ者は偉丈夫により救助していた。称賛されるべき行動であるが、新たな一歩として位置付けたはたらきが無為に終わった少年には腹立たしくしか映らない。かくして、崇高な意志はどこへやら、いつもの聖女への怒りをぶつけるだけに成り下がってしまっていた。

「大体聖女様が!」

「どうか落ち着いてください。お茶はいかがですか?」

「いらねえっ!」

 ますます激高し、双剣の斬撃を破れぬ障壁に放ち続けるボロを見て、その内側でロールは呆れて茶を啜るしかなかった。同時に、やはりまだ昔の彼のままだとも安心する。崇高な使命よりも、その日暮らしの毎日をそれなりの矜持を備えて生きる少年の方が彼女は好んだ。

 金鐘らも呆れは同じである、主人であるから言われるままに力を振るうが、偉丈夫の守護を貫けはしないだろう。かといって、見捨てた訳でもない、原初の王も数え切れぬ壁にぶつかり、時に折れて時に腐り、それでも乗り越えていった。それに比べると、ボロは聊か幼稚すぎるが。

「くそっ……くそっ!」

「お祈りはいかがですか? 心が休まります」

「しないって! ……もうどっか行けよ!」

 ついにボロは折れて、肩を落としながら元来た道を辿っていった。聖女とロールが続き、後には交戦せずに生き永らえた軍勢と、王の血肉で変わり果てた大地が残るのみだった。

 聖女たちの力を目の当たりにし、茫然とする者が大半だったが、やがってぱらぱらと聖女へ続く者が出て来た。残った者も、聖女についていくほど信じきれないが、かといって王の血肉の前では払われる塵にすらならないと実感して逃げ出していった。

 逃亡者は容易に捕縛されたが、その間に聖女らの脅威が伝聞されていった。爪痕も残り、このままハルルーベに盲従して良いものかという疑念が生まれたことは、大失敗に終わったボロの交渉においては数少ない成果である。

「くそ! くそ!」

 最も、当時にしても後にしても、彼はそれを喜べなかったが。

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