第28話 芽生え

 数刻悩み、ボロはゼブンの組合へ足を運ぶことにし一行も続いた。

 村は平穏に見えて、流石に人心には不安が見え隠れしている。諍いや安全故の驕りが見られないのは流石に善良者であると思いつつも、どこか人間離れした感じもあった。

 ゼブンの組合に入ると、中にいた人々が興奮した様子で彼らを見つめてきた。

「よく来たな!」

「いらっしゃい」

 ゼブンは態々受付から出て来て応対した。朧纏がさり気なくボロの後ろに移動する、先ほど見物に来た時に見つかり、しつこく付きまとわれたのだ。鬼哭の説明で武具に強い熱意を持っているとは聞かされたが、それとは別にゼブンが嫌いだった。

「朧纏さんまで手に入れたな! 次はどこに行く?」

「い、いやな、ちょっと今日は違うんだ……」

 その場でボロは、自身の考えを説明した。やはり言葉足らずでロールや金鐘らの補助は要したが、どうにか伝えるとゼブンは狂喜した。

「いいじゃないか!」

「そ、そうか?」

「冒険家としても最高だぞ! 開拓発見ばかりじゃない、故郷を立て直した奴もいたしな! 俺も協力するぞ!」

「あ、ありがとな。タケーにも……」

「それで次はどこにする? 疾翼走破か不動立盾が……」

「ま、まだ必要なのか? 金鐘たちいるのに?」

「当たり前だ! いいか? 人を従わせるにも協力させるにも力なり飯なり金なりが絶対に要る。俺がもっと王の血肉さんたちを見たいんじゃないぞ」

 マイは茶々を入れようとして、面倒になるのを厭がり口を閉じた。

「そんなことはありませんよ。正しき心と思いやりがあれば、必ず皆さんにわかっていただけます」

「いや、聖女様は飯やら何やら出せるだろ」

 ボロが聖女に反論した。

「人ってのは正しさよりも楽に動かされるもんだ……ハルルーベに飼われる方が、自分たちで独立するより楽だから大勢戦争の準備をしてるんだ」

 ゼブンは遠い目をした、かつては彼もボロと同じ思いを抱き、現実の前に敗れ去ったのだった。

「だから今度は、俺たちについた方が楽だと思わせなきゃならん」

「でもそれじゃ……」

「わかる、わかるぞボロ。あ、ありがとうございます聖女様」

「いえいえ」

 長くなりそうで椅子を持ってきたゼブンをはじめ、一同に聖女は香ばしい豆茶を振舞った。無論ボロは拒否してロールが失敬する。

「それじゃ殴ってやらせてるのと同じだっていうんだろ? でもな、そうしないと始まらないぞ。そこから改めて変えていくんだ。それにはやっぱり、強い力が要る」

 ボロは唸った、自身よりゼブンのほうが世垢に塗れているし正しいように思える。が、結局否定した手段を用いざるを得ないのは引っかかった。

「お、俺もやりますよ!」

「俺も!」

 周囲の客が騒ぎ出したが、ゼブンはそれに浮つかない。その場だけの熱狂と、真の意味での信念はすぐには見分けがつかないからだ。

「とにかく、そういう組合……というか俺の組合にお前が入ってくれればタスロフ改革独立の組織としては成り立つぞ」

「よろしければ私も」

「なにっ、絶対だめ!」

「聖女様はこのままがいいと思う、聖女様の中の組織の方がやりやすいしな」

 安堵するボロを見て、朧纏は呆れ音を立てて茶を啜った。聖女がからむと合理的判断が全くできない。

「なんか大げさになってない?」

「ロール、お前だって他人事じゃないぞ。タスロフがこのままでいいと思ってるのか?」

 王の血肉がある今、改革も夢物語でない。が、やはりロールは乗り気になれなかった。人生の大部分が恥知らずの地であり、永遠とも思える閉塞感から抜け出せない。

「おう、その通りだ」

 発せられたこの場の誰でもない声に、一同は互いに顔を見合わせる。

 次いでドアが開き、ムタトムとウフトが現れた。外には護衛役か戦士たちが待機している。

「邪魔するぞ」

「どうも」

 客とマイは緊張を隠せない。同盟者ムトゥスの告知はされているが、村にまで入ってきたことは皆無だったのだ。

「よっ」

「ああ……」

 ぎこちなくだが、ボロから挨拶されてウフトは安堵して返した。

「冒険家か?」

「そうじゃないが、同志にはなれるかもしれない」

 聖女に礼しムタトムは反応を待った。

「組合のか?」

「そういうことだ、聖女様と組んだのも最終的にはそうする目的があったんでな。タスロフがまともな国になるのは悪くない、色々やりやすくなるし、後の世代の連中に恨まれちゃ墓の下の居心地が悪い」

「全くその通りだ、だが―」

「ああ、俺たちムトゥスはまだ信用できまい?」

 ゼブンは頷くと、自ら椅子を自身の傍に用意した。

 ムトゥスは一礼しそれに座る。

「正直、戦士たちもあんたらを見下す傾向がある。俺にもまだあるさ、恥ずかしながらな。だから、駒として使ってくれていい」

「おいおい、それじゃ―」

「わかってる。けどな、そうでもしないとまず信用されないし、変わらないと聖女様の御眼鏡に適われない。下に置かれるとは言わないが、認められないのは辛いからな」

 ゼブンは考え込む、確かに差別感情と聖女が懸念材料であった。タスロフ内からも一段下に見られ、聖女の庇護が嫉妬を招いている。年月に支えられた悪意と妬みを除くのは容易ではない。

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