第27話 揺らぎがちな決意で

 帰還から一晩が経ち、珍しくボロはロールよりも先に目覚めた。

「おはよう」

「金鐘たちは?」

「村を見物に行ってるよ」

 ボロは双剣の言に了承を唸りで表し、食事の用意を始めた。金鐘らのおかげで、肉と魚に不自由しないのは素直に嬉しい。とはいえ料理の知識はほぼないので、処理したものを無駄がないように煮込むだけであった。

「ん……おはよう」

「おう」

 鼻を湯気でくすぐられてロールは起きだした。そのまま無言でボロの差し出した汁を啜る。

 不意にロールは懐かしさを覚えた。聖女が現れる以前は、こうして二人でいるのが当たり前だった。家族ではない、恋人でもない、ロールが居ついてボロは追い出さずにいただけであったが、まぎれもない彼らの居場所だった。

 聖女と、王の血肉たちと信徒、ざぶん親子にそしてムトゥスの戦士たち。思えば賑やかになったものだ。

 凍えぬ家も、香り良い風呂も、暖かい食事もある。馳走だったこの汁も、聖女の食事で肥えた舌には雑味が目立つようになった。

変わったのは自身だけでないように思える、ボロも何かを思案していた。

「俺な、組合作ろうかなって思うんだ」

「え?」

 唐突な言葉にロールは戸惑う。

「ゼブンさんとは別ってことお?」

「そうじゃねえ、タスロフのための……うーん……こう、ハルルーベがよお……」

 言語化に苦労しつつも、ボロはどうにかタスロフの内情を憂いていて、ハルルーベもニカのような犠牲者を出さないようにしたいという望みを伝えた。

「金鐘たちでやっつけるの?」

「いやなあ……」

 真っ先に思いついたのが、王の血肉を駆使して反対者を一掃する方法である。が、ボロはそれでは解決にならないと思っていた。

力で従わせた場合、ひとたびそれが衰えると容易に反発を招いてしまう。過去のならず者たちとの交流で、嫌というほど見てきた光景だ。

ボロは自身の寿命が無限にあるとも、金鐘たちが無限に存在し続け尚且つ必ず意のままに使えるとも限らないとどこかで理解していた。殺伐とした経験が、知らず知らず彼に現実的打算を導く思考を培わせていたのだった。

 タスロフもハルルーベも、抱える問題の原因は機構にある。それをどうにかせねばならない。

「……ゼブンと、タケーの奴と話した方がいいと思う」

「良いことですね」

 ボロとロールは同時に飛び上がって、辛うじて叫ぶのをこらえた。極々当たり前のように、聖女が傍に座っていたのだった。

「ど、どうやって入ってきたんだよ⁉」

「玄関からです」

 相変わらずの輝きとほほ笑みで聖女は答えた。

「びっくりするよお」

「すみませんでした。ですが、あなたのその決意があまりにも素晴らしく」

 ボロの表情がたちまち曇るのを見て、双剣は少しだけ聖女を非難したくなった。少年が殻を破り新たな道を進もうというところに、曇りなき善意と言う名の壁が立ちふさがっていた。無論、その壁を作り出しているのはボロではあるが。

「世界を少しでも善きように努める意志は、何物にも勝って素晴らしいのです」

「俺はそんなこと言ってねえ!」

 本心でも、ボロは聖女に肯定されると拒絶せざるを得ない。

「俺は俺がむかつくからやってるんだ! 変な言い方するない!」

 ロールが双剣を抱えてそそくさと部屋の隅へ避難した。

「清く正しき道を進み始めています。そのお心をお忘れなく」

「黙りやがれええええええ! 殺す!」

 聖女に飛び掛かったボロは、偉丈夫に蠅のように叩き落されて悶絶した。珍しく真剣な所を邪魔される形になって、聖女への怒りが再燃していのだ。

 聖女がいなければ、ボロはもっと率直に進めただろう。が、聖女がいなければ金鐘らとの出会いもなく、生涯を語るに生年と没年のみあればいいだけの存在で終わっただろう。

「ぶっ殺すからなあ……‼」

「いけませんよ、そういう言葉は」

 終生彼らは、良し悪しを別にして離れられぬ定めであった。


 金鐘らが戻ると、部屋を散らかして息も荒く聖女を睨むボロと片づけを始めているロールの姿があった。

 うんざりしながら金鐘がボロを叱り、全員で片付けをした後、聖女の退室を主張する少年を無視して一同は情報の共有を優先した。朧纏を初めとして、たボロの精神的成長に感心する一方で、聖女の登場だけで周りが見えなくなる点は、原初の王と異なりやはりまだ未熟な子供だと再確認せざるを得ない。

「ん~、そうだな、タケーには協力してもらわないとな」

「賛成ですよね」

 交流はほぼないが、傍目にも彼の手腕と人格は評価できる。

「はい、素晴らしい方です」

「ボロお?」

 聖女の一言で不機嫌になりかけたボロを、ロールが窘めた。

「その短気をなんとかしないとだめっしょ」

「だって―」

 反論しようとするのを辛うじてボロはこらえた。彼の主観では聖女にこそ問題があるが、周囲からは否定される己が拘りだとも理解はできる。

「……で、どういったらいいんだよ」

「それは自分で考えるんですよね」

「おい!」

「だめだめ、ボロが決めなきゃ」

 意志もあり、信念もあるが彼らはあくまで武具である。協力はするが、決断はしない。主人のままに振るわれる立場からは逸脱しなかった。

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