第26話 変革の予感

 一行がタスロフ国内に帰還する頃になると、より戦争の気配が強くなっていた。ハルルーベの姿は露骨になり、村々では働き手の姿が消え軍団の前身が形成されつつあった。

 が、そこにボロは高揚や熱意を感じ取れなかった。存在しないのではなく、歪に漂っている。戦争とは引き起こしその利益を享受する者こそ最も情熱をもっており、実戦する者は大多数が流され戦っているだけなのだった。

無論、屈辱的な差別から逃れられることに希望を持っている人々もいた。だが、結局はハルルーベからの恵みに飛びついたにすぎず、真の意味での解放を意味しないことも薄々感づいてはいた。

 そもそもハルルーベの約束する国家解放と統治下への編入は、その具体的な内容が示されていない。求める声にも協議中や身分不相応と答えず、各地域の指導層が弾圧に当たっていた。

 戦後明らかにされたのは、ハルルーベの提案を呑んだ各指導層には新たな身分と住居、地位があらかじめ保全されており、統治においては名目だけで、税の徴収のための仕組みだけは万全に取り決められていたという事実であった。

 農耕技術と秩序がハルルーベによってもたらされた事実もある。が、負の側面はそれに塗りつぶされるほど過小ではなかった。

解放を謳っても、外交の全てはハルルーベに握られており、生産物や金銭の取引を他国と行うのみで交流は無きに等しかった。

 また、他国に残る差別感情にも頓着せず対策もとらず、相も変わらず迫害は残り続けた。悲惨な祖国から新天地を求めて移住を試み、信じた解放に裏切られ悲惨な最期を迎えたタスロフ民は数えきれないほどだった。

 指導者層も例外ではない、タスロフの者であることと、状況的に裏切り者でしかない姿は忌避の対象でしかなかった。おまけに、ハルルーベはわざと彼らに裕福すぎる生活を保障した上に警護を厳重にし周囲の嫉妬を煽った。

衣食住の心配がなくとも、周囲に軽蔑され孤立し、無為な日々に人はそう長く耐えきれない。記録に残る限り、ほぼ全員が短命に終わっていた。

 結局のところ、ハルルーベは背徳者の排除をあわよくばとして、新たな植民地を手に入れたに過ぎなかった。


 戦後のことやハルルーベの真意をボロが知ったのは、後年ゼブンやタケーらから聞かされ、金鐘たちの解説を経てのことである。

 しかし、それ以前に朧げにではあるものの、大まかな雰囲気を彼は感じ取っていた。そんな必要もないのに、わざわざ混じって話を聞きに出向いたのだ。

流石に金鐘を護身用に持ち歩いていたが、私冒険家ボロッケンダーズとしてはあり得ない行動であった。ロールもウフトも反対したし、自身でもそれに明確な反論が出来なかった。

聖女だけは微笑んで見送った。

得られた情報は多くなく、確信に至るものではない。戦争に対する不平不満、ハルルーベにたいする期待と不信、そして背徳者たちに対する恨みと嫉妬。特に、聖女らと信徒へは誇張された事実を基に誹謗が強かった。恵んだ食糧は盗品で腐っていた、意に添わぬものは鼻にもひっかけない、聖女なる者は股を開いて動かしている。タケーが聞いていたら卒倒しただろう。

ボロは違った。ただ、再確認し納得した。人とはそういうもので、高望みをするのが間違っている。薄く儚い布のようで、流れには乗るしかなく色には簡単に染まってしまう。暗く濃い色に一度染まると、どんな美しい色も寄せ付けない。

 それを言葉では表せないが、至った。そのための、心の求むる行いだった。


「聖女様‼」

 村につくと、タケーが気も狂わんばかりの様子で聖女に跪いて涙を流した。ボロたちも驚くほどやつれていた、日に日に切迫する状況と、防壁が破られることへの不安、なにより聖女の不在の心労が彼を苦しめていた。

「ただいま戻りましたタケーさん、留守をありがとうございました」

「ありがとうございます、ありがとうございます。日々の糧も欠かさずくださり……どうか聖女様、今後ご出立する時はお声を何卒……何卒、聖女様がお近くにいないと不安がる私どもです……どうか」

「まあ、それはすいませんでした」

 絶対の防衛機構があるとはいえ、この状況で告知なく出立した聖女の非は大きい。タケーは聖女を絶対視しているが、同時に善良であると認められているだけあり、それを口柔らかくだが咎めもした。

「……悪かった」

 随分と無礼な謝罪であるが、これまでのボロからは考えられない言葉にロールは驚かされた。聖女が原因の出来事には、益にも害にも関わりたがらなかったからだ。

「いえ、今後は一言いただければ……」

 残念なことに、タケーには彼の変化に気づくだけの余裕がなく、ボロも反応を求める程彼にまだ関係を許していなかった。

 そのままボロはねぐらに向かい、ロールと金鐘らが続く。ウフトは迷いつつもムタトムたちの野営へと向かった。

 任務としては、王の血肉を奪えず得られた情報も少ない。が、彼女自身はボロの中身を垣間見て、名状しがたい感情の沸き上がりを覚えていた。

 迫る戦争で大いに活躍した夢宮朧纏の入手と、ボロとムトゥスの戦士ウフトの変化は、後世では変革の前兆と見なされることとなった。

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