第25話 少年の戸惑い
「おい―」
呼びかけようとして、光が満ちた。混乱する神士兵の前に、偉丈夫が姿を現したのだった。
「汝らは日々の任をこなしている。我の試練を乗り越えた、我が子らの他にいたのは、我の虚像なり。今後とも祝福のあらんことを」
口を開きかけると、偉丈夫も光も消えさり寸前までの協議場があった。全員が呆けていて、言葉がなくとも同様の光景を見ていたことは容易に推測できた。
「……目標は?」
隊長は一先ず目下の目的を片付けることとした。意を汲んだ兵が頷き、偵察員を呼び寄せに向かった。
待つ間にも隊長は情報の共有を行った、そしてこの場の全員と、偵察員たちもが同じ光景を目の当たりにしたこと、輝く女の一団は消え、2名は行為を終えて寄り添って寝ているという事実を引き出した。
「……神の御示し?」
呟いた当人すら信じてはいない。組織の一員ではあるが、神というものが存続のための偶像に過ぎないと理解している。信仰は、全ては神でなくそれを利用し富と権力を貪る上位者に向けてあり、気づいてからそれを覆す程の神の力に触れたこともない。ありふれた信者であった。
「……戻るぞ、今日の事は……自分で解釈しろ」
なので、無かったことにした。真実だとすると、とりあえず神に労われたので良しとする。幻影だとすると、そういうこともあるだろう。聖堂員2人のことは、珍しくもない。
問題は内容である、神の起こした奇跡や預言は上層部の専売で、彼らは自身以外にそれが起こるのを喜ばない。彼らでなくとも、神が現れその働きを賞賛したという話からは、日々の誠実が要という教訓よりも自慢を感じ取る者が大多数だ。
よって、聖女一行の接近と、あろうことかイブリースに眠る王の血肉を奪われた事実は後々まで露見せずに済んだ。
堂員長はニカと溶けるまで交わる幻影を堪能し、彼女の両親に相応の礼を施し事象を知りもしなかった。
ニカも、労から逃れ危機も脱して安堵していた。後年、彼らの名が市井まで届いたころ交流が復活し、彼女もその役割を果たしていくこととなる。
が、今の彼女は堂員の一人として、日々を送る方が優先されていた。奇跡はいつしか白昼夢となり、再会までは時折思い出す程度であった。
イブリースへの聖女一行の最初の接近は、夢宮朧纏の入手とニカとの出会いという要事はあったものの、起こした事象は果てしなく地味であった。
しかし、紙上では数文字で済むことも、現実には無数の要素が組み合わさり、抜き出せば容易に可数を飛び越えてしまう。
この旅で、ボロはハルルーベを天使らを除けば初めて意識したと言って良い。当時でなく、逃亡から日数を重ね冷静さを取り戻してからであった。
身を捧げざるを得なかった少女ニカ、その存在が彼の心にしこりとなり続けていた。より悲惨な光景を見続けてきたはずなのに、なぜなのか自身でも戸惑っていた。
「良いことだよ」
「あ~、義憤だな義憤。あいつらと同じだ、王とハルルーベたち」
「あんたは何なの?」
「善き世界を望んでいます」
「ハルルーベが憑いているのですよね」
彼はそれを武具たちにしか相談できなかった。ロールに告げると非常に不機嫌になったし、聖女とウフトは嫌いだった。
双頭の答えは的を射ていたが、認めるには照れくさくボロは拒絶せざるを得なかった。そもそも最初は何ともなかった、神仕隊に発見されてからの想像か切欠となった。
「俺がなあ……」
聖女に付きまとわれ、それから脱するために奮闘する男。ボロの自己評価はそれが全てだ、誇れるような過去は安酒の名と私冒険家を名乗ったことのみ。誇りはあくまで自己保存のためのもので、他者の痛みに憤る立派なものではないはずだった。
そんな少年の苦悩を、ロールは厭いウフトは共感を覚えていた。
ロールにとってそれはニカへの個人的な想いが発露したと映り、ウフトには自身に芽生えたそれと同質のものと見なされた。
「な、なあ?」
「な、なんだよ」
タスロフまで残り半分という頃、野営中にウフトはボロに話しかけた。
出発前のいざこざと、ウフトには任の背景があり、ぎこちないやり取りから始まってしまった。聖女らは既に小屋に引き払い、ボロは獣皮の寝床にくるまっていた。
「その、あのさ……あの子……ニカを助けるには……ハルルーベをどうにかしないとさ」
「あ、ああ」
そのまま沈黙が続いた、ウフトは煽りや罵倒なら周囲から自然に学んでいたが、想いを共有するという機会には殆ど恵まれていなかった。
「えっと……だから……どうにかするのさ」
「お、おう」
ウフトは舌を呪った、何故こうも拙いのか。
「あんたも……そう、だろ? そう思うだろ?」
ボロは沈黙せざるを得ない、事実であるがウフトから持ち掛けられると余計に認めるのに抵抗があった。
「だから……どうにかしないとさ?」
その内心を感じ取ってか、ウフトも同じ言葉の繰り返しを呟くしかなく。やがてバツが悪そうに去っていった。
ボロは獣皮にくるまりながら反芻する中で、ウフトへの反感が僅かに薄まっていくのを覚えた。拙くとも、率直であればその思いには気づかされる。少なくとも、豚女とは二度と呼ぶまいと誓った。
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