第24話 悪夢への階段
「さて、それじゃあ早速試すぜ。朧纏、何て言ったらいいか……マントに戻ってくれ」
「はあ? 面倒くせえ~」
言葉とは裏腹に、朧纏はあっさりと変じた。自我はあれどあくまでも武具であり、精神性は人とは異なっている。
「幻を見せるんだったな」
「やってみればわかるっしょ、念じるだけでいいの」
瞬時に朧纏は広がった、というよりも、空間に溶け出すように伸びていき、とある木に巻き付いた。
ロールが感嘆の声をあげた。青々としてそびえていた木が、瞬間花を咲かせていたのだ。かと思えば急に半分もないほどの太さに枯れ、数倍にも伸長し、蝶の群れとなって飛び散る。朧纏は途方もなく広がり、やがて周囲の森全体が七変化を見せるようになった。
「すごいねえ」
「それだけじゃないよ。ボロ、冷たい水たまりを想像してみて」
言われるままにボロは水たまりを幻創した。促されるままロールとウフト、ニカは手を突っ込んで、その冷たさと手に着く水滴に驚かされた。
「本当に幻かい?」
朧纏が元の大きさに戻ると、森も水たまりも瞬時に消失する。ウフトはつい今しがたの冷感と水滴が跡形もなくなったことで、幻影であったことを認めざるを得なかった。
「見分けなんかつかないわよね」
自慢げに朧纏は呟いた。感覚まで与えるならば、確かに幻を越えた疑似現実を創り出していると言えた。
「これだけで大軍を滅したこともありますよね」
「確かにすげえな」
双頭はボロが随分おとなしいのを不審がった。真っ先に聖女に襲い掛かるものと思っていたからだ。
「あ~……」
その疑念は鼻と目を駆使することで解消された。ボロが大人しくしていたのも、妙に聞き分けが良かったのも、裏で聖女に朧纏を伸ばしているのを悟られないようにするためであった。
最初に木に幻影を投じていた時点で、彼は朧纏を透明にしつつ聖女を囲んでいたのだ。それからは、おぞましい獣や拷問、殺人の感覚を与えるべく全力を尽くしていたのだ。不意を突こうとしたのであろう。
無論、偉丈夫によってその幻影は振り払われていた。時折隠密が解かれて、おぞましい姿の怪物の断片が聖女の周囲に漏れ出している。
ボロのしぶとさと聖女の力、どちらに感心したものか悩み、双頭は面倒くさくなって無視を決め込んだ。
「! ボロ、誰か来てるぞ」
「ああ⁉」
「大人数だ……武器も持ってる」
おかげで、外への注意が向いた。木々のすき間から、白い鎧の者たちが垣間見える。
「あ、神仕隊です……」
ニカが呟いて、慌てて気絶したままの男を見た。
「堂員長様を探して⁉ ど、どうしましょう⁉」
「どういうことだい?」
「あ~、長すぎてるんだな。こういうやつは、妙なところで神経質だ。誰かにニカとの事を言って様子見させたんだろ」
「私は今森を幻でいじくっていたから、それを見られたんじゃないかと思いますよね」
「あ! さ、先に言えよ!」
焦るボロに金鐘は肩を竦めた。聖女に仕掛けなければ、彼は十分に気づき得たはずなのだ。
「朧纏はあるから逃げるんでしょう?」
「そうだけどよ……」
ボロの懸念はニカであった。逃げるのは容易いが、その後ニカの立場が危ういのは明白だった。男だけならまだしも、冒涜者として追われる立場の自分たちと共にいたことはいずれ明らかにされてしまう。
神仕隊が出張している以上、その出動に対する異議が求められ、彼らはニカにそれを負わせるだろう。彼女の抗弁に意味はない、情報を得るために尋問された挙句家族ごと処分が末路だ。
実際には彼の不安は過大であった。聖女はともかく王の血肉の存在はまだハルルーベでもごく一部にしか共有されておらず、今回もその一部による判断でなく、たまたま近場の砦から森の異変が発見されての現場活動に過ぎない。
が、情報が正確に伝聞されれば彼の懸念が現実に起こり得るのも事実である。
「これは俺が悪かった、何とかするぜ」
ボロと同様の想像に至り、気落ちしているニカを励ますようにボロは豪語した。
「ふうん」
「なんだよ? 頼んだぜ朧纏」
「まあ、それなりにね~」
聖女への行動は別として、信念のある男だとは朧纏も思った。原初の王のように全てを呑み込む雄大で豪快なものではないが、誇り輝くべき意志を持っている。
「どうするのですよね?」
「手はあるさ……」
ほほ笑む聖女を、ちらとボロは伺った。
神仕隊の一団は、聖堂に勤める2名の姿と輝く女、奇天烈な格好の数名が異変の渦中にあることを把握していた。偵察員を置いたまま、どう動くかを協議する。
あくまでも近場の砦に属する一部隊で、巡回の最中に立ち寄っただけだ。急場では戦闘も許可されているが、守護地であるイブリースでは敵軍はおろかならず者すら近寄るわけもなく、戦闘経験に欠けている兵が大多数であった。
組織の腐敗は一部でなく、全てに波及し堕落させていく。それでも自分の判断でここまで動けるだけ、優秀な部隊ではある。それゆえに、彼らは朧纏の餌食となったのだが。
「あれ?」
若き兵士が間の抜けた声を発するのも無理はない。それまで額を付き合わせて対応を協議していた同僚たちが消え、自身一人きりになっていたのだ。
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