第22話 歪みの発露

 タケーが聖女らの出立を知り頭を抱えてから10日目、一行はついにイブリースを視界にとらえていた。

 街、というよりも鋭利な塔が乱立している様は白色も相まって無機質で冷厳な雰囲気を醸し出していた。活気よりも秩序による経過が望ましくあるのは、眺めているだけでも伺えた。ひと際大きな塔が、権力者の住まいであろう。ほとんどが法衣に身を包んでおり、ハルルーベのお膝元というゼブンの言は正鵠を射ていた。

 周囲には小型の砦が備え付けられ、神仕隊がたむろっていた。訓練と見張りを交互に行い、治安維持か街を巡回する隊もあった。

少なく見積もっても数千はおり、サィフで相まみえたのはほんの一角であると知らしめた。

「侵入は無理っぽいな」

「あ~、絶対に争いになるぞ」

 戦闘はともかく、隠密には一行は向いていない。聖女は目立ちすぎるし、ボロたちにはその技術がない。ウフトには経験があったが、彼女もタスロフの者であり、ハルルーベ主導で戦闘を起こそうとしている今、まっとうな扱いは期待できない。

「よし、金鐘、試してみるぞ」

 鬼哭双剣と同じく、音色による収集をボロは試みた。湖と違い遠くからであるが、試してみても損はない。

「待て」

 と、ウフトが耳をそばだてた。

「誰かが近くに来た」

 状況の優先順位を見誤るほどボロは愚かではない。ウフトの指摘に不服を覚えつつも、接近者の対処に注意を向けた。

 動かずして、接近者は姿を現した。壮年の男と、ウフトと同じ年頃の娘である。二人ともが法衣を纏っているが、簡素で動きを優先した造りであった。

 瞬間、男は娘を押し倒しその衣服をはぎ取っていった。娘は抵抗するが力の差は大きく、成すがままに下着姿に晒されてしまう。男は下劣に笑い、少女の首に吸い付いた。

「こ、これは……」

 青ざめるウフトに対して、ボロたちの反応は冷静であった。この年で春をひさぐ事が珍しい環境にはいない、ロールに至ってはそれの騙りで生きてきた。むしろ、下着が手間がかかったものであることに興味をそそられる、彼らは良くて布の切れ端だ。

 金鐘らも同様で、聖女はただただ微笑んでいるのみだ。

「ま、でもな……」

 静観するのみというのは、強引なものだったら気分が良くない。ボロは金鐘を鳴らし、男だけをこん睡させ、呆ける少女の前に姿を現した。

「仕事か? 他の意味あるか? 無理矢理か?」

「ちょ、ちょっと待ちなよ」

 あまりにも率直な言いようにウフトはボロを遮った、少女に酷すぎるのではないか。

「仕事だけど……ま、感謝はしますね」

 が、少女の言いようにもウフトは驚いた。あっけらかんとして、全く悲壮感も存在しない。戦士として過酷な訓練、戦場に赴き、悲惨な場もそれなりに遭遇してきたが、それとはまったく別の現実にただただ立ち尽くすだけだった。


「へえ、じゃああなたが恥知らずの地の冒涜者なんですね」

 男を脇にどけ、少女は聖女にもらった甘い果実と香草茶を賞味しながら呟いた。ボロを除いた全員も、同じくしている。

「知っているのかい?」

「はい、お知らせで。でも、恥知らずの地に冒涜者がいてすぐに討伐される、以上は知りませんけど」

 少女は、ウフトとまた違った印象を持っていた。明るい橙髪を三つ編みにし、顔立ちにはあどけなさが残る。ロールらとも違い荒事には密接しないのか、柔和な雰囲気を醸し出していた。背はロールよりも低いが法衣の上からでもわかるくらいに、発育も良い。子供らしい子供であった。

「白い奴もいるか?」

「白……? えっと?」

「羽を背負った殺し屋たちですよね」

「殺し屋? そんなのいませんよ。あ、私はニカです」

 隠しているのではない。少女ニカには我が子たる天使たちの存在は、まだ遠い存在であっただけだ。

「ニカはあそこの子お?」

「はい、聖堂員の見習いです」

 聖堂には維持運営、参拝者や信者に対応する業務を負う聖堂員が配置されている。基本的に世襲で、その家々で受け継いでいく。

「夢宮朧纏ってきいたことないか?」

「え? ……もう一回言ってください、何?」

「それよりっ、さっきのことの方が大事じゃないかい⁉」

 しびれを切らしてウフトは叫んだ。事はニカが男に襲われてのを救出したのであるが、先ほどから一向にその話題に入らない。

当事者でないが故に、気になって仕方がなかった。

「ああ、そうでしたね」

「仕事ならきちんとしないとねえ、悪い噂は広まるよお」

 経験者らしくロールが指摘した。彼女の場合はより悪辣な商売をしていたわけだが。

「そこらへんもありますけど、うまくごまかせそうですから。足りないお金の支払いなんですよ」

 男は堂員長、彼女の勤める聖堂で一信徒たちのまとめ役を担っていた。人事の全てを握っており、必然的に一信徒たちにとっては絶対的存在だ。腐敗しきったハルルーベでは、自らがその立ち位置に至った場合に成すべきことは、全身全霊を尽くして権力と金銭を蓄えることである。彼も例外でなく、人事の全ては彼らからの賄賂という名の誠意によって左右された。

 ニカの両親も熱心な誠意を見せていたが、財力という点では一歩劣っていた。そこで、男の好色に目を付けて、娘を差し出したのである。

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