第21話 悩ましき聖女

「はい、喜んで」

「勝手に決めるなよ聖女様っ」

 ボロは金鐘らを置いて、よろよろとウフトに近づいていった。

「なんなんだよ急に」

「実は―」

「おい! 誰だよ!」

 突然ボロが声をとがらせて背後を指さすのに、ウフトは思わず振り向いてしまった。

 瞬間ボロは飛び掛かり、ウフトを押し倒して喉元に有角熊の骨から作ったナイフを押し当てていた。

「参ったと言いやがれ! でないと殺す!」

「ま、参った」

 ウフトの決断は早い。体勢とボロの様子から、最善と思われる行動を選んだ。入れ替えるには無理で、武器は手放したばかりだ。

「よっしゃ! 見たか俺の方が強い!」

 ボロはそれだけが目的だったらしく、歓喜を現すとあっさりとウフトから離れた。

ロールらは冷ややかに見、聖女は変わらず微笑んでいる。

「なんなんだよ?」

「こいつが嫌いだからだ」

 双剣に答えて、唖然とするウフトを前にボロは座り込んだ。

「それで、なぜなのですよね?」

「お、王の血肉に興味があって……あと、あんたのこともあるし」

 嘘ではないが、彼女は別の真意を隠していた。ムタトムから、聖女らを探るように命令されたのだ。戦士らには情報収集と、あわよくば武具を奪取する機会を見定めるためと説明していた。ウフトの選抜は、聖女らに気付かれることを前提として違和感を少なくする意味と、彼女にも仕事を与える機会であった。

 戦士らは乗り気でウフトを激励し、場合によっては密殺も示唆していたが、彼女はムタトムに何か別の意図があるのではと感じていた。

「見定めてくるんだ」

 かけられた言葉は、敵対を前提するものではない。

「どうか―」

「ダメだ!」

 ボロが機先を制した。

「絶対にダメ! ダメったらダメ!」

「うるさいですよね」

「けど、喧嘩したのは本当だしい……」

 ロールも否定的であった。あの場にいた者として、戦士たちが礼を欠いていたのは確かである。同郷者としてよい気分ではない。

「許すことが大事なのですよ?」

「大事でも許したくねえ! 大体聖女様、こいつは悪い奴だぜ」

 聖女にボロが噛みついた。

「殺しや盗みを言ってるんじゃねえ、自分でどうにもできねえ生まれ育ちだけで俺を馬鹿にしてるんだ」

 鬼哭が感心したように口笛を吹いた、拙い言葉だがボロは正鵠を射ている。悪は数あれど、弁護の余地なき醜悪の一つである。

「そんなのを許すのかよ!」

「けれど、彼女は謝罪に訪れているのです」

「本当かどうか怪しいぜ」

 ウフトは冷や汗を掻いていた、確かに無礼だとは認めるが、今度は新たな任務についている。聖女に嘘は通じないという、その上で彼女には何か思惑があるのではないか。

「いいか、ついてくるなら聖女様にしろ。俺は認めないからな」

「わかった……」

「よろしくお願いします」

 目的の初歩を達成したものの、ウフトに喜びは少なかった。ここまで拒絶されては、良い気分でない。


 新たな旅立ちは、タスロフ国内に限っても山や森の中を進むのが主であった。戦争が押し寄せ、聖女に至ってはその原因の一つでもあり、人目に付くのを避けたのだ。

 それでも、全く人を認めずに済みはしない。大抵は平時の生活があるだけだったが、時折挟まる軍備に励むハルルーベの神官と共にいる姿が戦争の予感を感じさせた。

「金鐘でどこまで持ってこれる? 白いのがいっぱいいるとこなら入りたくねえな」

「やってみないとわからないですよね。でも、流石に見えてないと無理だと思いますよね」

 が、ボロは全くの無関心であった。彼は聖女の排除と王の血肉の入手に夢中であったし、そもそも連合軍が相手にするに値しない連中だと思っていたからである。

 聖女の庇護が受けられずとも食事は得られる。その上で貫くべき意地があるのは否定しないが、その先が聖女やその取り巻きであるのは明らかに誤っている。

 タスロフを貶め、それを肯定し続ける周囲にこそ立ち向かうべきなのだ。少なくともボロはそうすべきだと思っている。ハルルーベに認められることに意味はない、本来不当な扱いをしている側なのに。

「見えるところに出てからやるか」

 とはいえ、彼は自身の考えを誰かに積極的には明かさなかった。そういう機会がない生活であったし、多くが彼を見るのは聖女の武力としてである。

 聖女も彼も、その側面が謎めいて目的が定かでないと後世から指摘される要因となっていた。その意味で、やはり彼らは変革者でなく、力を得ただけの一個人に過ぎないのかもしれなかった。

 タスロフを出、イブリースを目指して国々を越えていく。怪我が快癒し、私冒険家であるボロは、探索や文化に触れ得る欲にかられたものの夢宮朧纏の入手が優先された。

「食べなよお」

「いらねえって」

 聖女との旅は、常に暖かい食事と寝床の誘惑にかられ辛い。間食と称して甘い菓子を齧っているのも腹が立つ。ウフトにも与えているのがより一層気に障る。

「くそったれめ」

鳥の丸焼きという決して貧相でない食事をしているのに、ボロは惨めな気分になった。

「毛布だけでもいかがですか?」

「いらないっての!」

 聖女にウフトに、ボロはこぶが引いたのに新たな頭痛の種に頭を抱えていた。

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