第20話 慌ただしい旅立ち
タケーは、ボロの起こした騒動をロールから受けて頭を抱えていた。折しも、タスロフ連合軍の情報がもたらされた直後である。
同士によってもたらされたものも多いが、かつて聖女の施しを受けたことで仲間と見なされたものや、あるいは自ずから迫害を逃れてきたものといった避難者からの情報も無数であった。
それによるとハルルーベの元に統率された軍団は数千を越える。数もさることながら、主教から明確に敵と見做された事実は大きく、サィフからの民の証言でも各国で恥知らずの地に巣食う勢力の掃討が行われると黙認状態であった。
負けるとは思わない、聖女の護りが貫けるはずもない。が、懸念が全くないわけではなかった。
一つは王の血肉の存在である。ボロの持つそれが通じずにいたからといって、脅威であることに変わりはない。もし、守護すら意に介さぬ武具があれば芥の如く踏み潰されてしまうだろう。
もう一つは、自分たちの立ち位置である。迫害を逃れた者たちの証言では、彼らを率先して襲ったのは他ならぬ同じく施しを受けた者たちであった。ただし、食糧は与えられたものの、信徒とは認められていない。嫉妬によって非道を行うがゆえに聖女は彼らを加え入れなかったのだが、彼らのそれは聖女の晴眼を示すと同時に、現実的な問題を提示してもいた。
何ら他者を傷つけず、聖女の庇護を得ねば生きていけない善良な者が、そうではない者たちに選民思想を抱いていると誹謗の対象になるのだ。己が過ちを見直すよりも楽であるから。
容易に解決できる問題ではない。タケーは同じ状況でも決して醜い行動はしないと誓うが、それは他者と薄皮ほどの違いを持っているからに過ぎないとも理解できた。
「どうする……」
迫る戦いでも、村は揺らぐまい。聖女も自分たちも傷つかないだろう。が、このまま怪しげな背教者に集う集団でいては先はない。タケーの望みであるタスロフの統一も遠い。
彼は決断を迫られていた。自ずから行動を起こすしかない、が、それが原因で聖女からの善き者という評価も得られなくなるかもしれない。勢力の拡大のためには、どうしても善意からの行動以外が必須になるのだった。
一方のボロは、タケーの苦悩もタスロフ連合軍も全く気にしていなかった。
「ねえ、本当に今からいくのお?」
「あったりまえだ!」
こぶだらけの頭はそのまま、はがれかけの爪を無理やり引きちぎり布を巻いただけで、血のにじむ指先でボロは旅の支度を急いでいた。
目指すは、ハルルーベのお膝元イブリースに眠る夢宮朧纏である。ウフトとの喧嘩から、ボロは北のムトゥスを敵と見做し、さらなる戦力の増大と聖女排除のために王の血肉を求めた。
「ん~、あいつも懐かしいな」
「元気かな?」
「ボロ、休んでからいくべきですよね」
「うっせえ」
内心では、ボロもこの時点で性急に過ぎると自覚していた。頭も指先もひどく痛む、どちらも完治してから動くべきなのだ。
「急ぎすぎてもよくありません。まずは一呼吸をおくのがよいでしょう」
「聖女様は黙ってろい!」
が、聖女がいるせいで意地を張らざるを得なかった。彼女を前にすると、どうしても冷静でいられない。
「絶対に行くからな!」
そして、悲しいかなロールはボロを基本的に強くは抑え込めず、金鐘らは言を呈するのみで、連合軍に気を取られているタケーにこの情報が届くのは暫く後であった。
「うう~、頭痛い~」
「バカよねえ」
「馬鹿なのですよね」
「お薬をどうぞ」
「いらねえ~! あだだだだ……」
陽も墜ちよう時に、ボロたちはイブリース目指して出発した。
当然、数刻もせずに闇が訪れ野営の準備をせねばならなくなった。ボロは横になり、聖女の食事も薬も拒否して、ロールらに呆れられていた。
「戻ろうよボロお」
「うるさいっ、勝手にしろ」
目と鼻の先に村があるのに、もう出発したからとボロは獣皮の雨除けと寝袋に拘った。無論聖女たちは偉丈夫が作り出した小屋にいる。
「よくこれまで生きてたな」
「結構しぶといからあ」
鬼哭のつぶやきにロールが答える、実際ボロの主義は是非はともかく不自由ばかり生んでいるが、それでも生き延びたのだから彼の生命力は馬鹿にできない。
「ほらあ、冷たい布と煎じ薬、これは聖女様のじゃないからあ」
「あ、ありがと」
ロールが頭に布を当て、煎じ薬を飲ませた。有角熊で得た資金で用意したものだ。
「あの豚女め……」
「僕らを使えば簡単だったのに」
「ふざけんな……それじゃダメな時もあんだよ」
双剣の言葉は確証のためであった。やはりこの少年には、かつて触れ合った者たちに似た信念がある。
「あ~、ボロ?」
「なんだよ……」
「あのときの嬢ちゃんな近くに来てるぞ」
ボロは飛び起きて、金鐘たちを変じさせて構えた。
「ロールは後ろにいな! おい豚女! 来るなら来やがれ!」
ほどなくして、ウフトが闇から抜け出てきた。ボロとは違い外傷はないが、胸の痛みか顔色は優れない。
「ま、待ってくれよ。その、争いにきたんじゃないんだ」
そして、血気盛んな雰囲気も失せ、自ら剣を置いていた。
「あたしも、同行させてほしいんだ」
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