第18話 北の使者

「夢宮朧纏! 幻影を見せるマント!」

 ゼブンが身を乗り出して瞳を宝石にする。ボロとロールは引き、マイは羞恥で品物を並べるふりをして逃避した。どうにも年長者の熱狂は気恥ずかしい。

「げん……? 幻か?」

「そうだ、原初の王はこれで一戦も交えず国を落としたとか」

「あ~、懐かしいなあ」

「けどあれってずるいよね」

「ずるくない! 勝った戦いに卑怯はないんだ!」

双剣が呆れて尾を振った。

「それで、どこにあるんだ?」

「そう、それだ……なんとな、イブリース!」

 ボロはロールと顔を合わせ、次いで金鐘たちを見、それでも情報を得られずゼブンに向き直った。

「あれだ、ハルルーベのお膝元!」

 納得したようにボロは頷いた、成程容易に侵入せざる場である。

「王は聖堂長でもあるの、要するにハルルーベの幹部ね」

「わかりやすく敵だ」

「……他の王の血肉は?」

「いやいや、お前折角金鐘さんが言ったのに他を探すのか?」

「ん?」

「困難に挑んでこそ冒険家だぞ」

 違和感に気付いた。ゼブンは熱に憑かれている、王の血肉と聖女の登場で、何かタガが外れたのであろう。煽ってくるような男ではなかった。

「イブリースから夢宮朧纏を奪う! ハルルーベの鼻を明かす! すごいぞ!」

 ボロは気まずかった。マイの前であるし、好意的で善人と思っていた者の変貌は気持ちが良くない。悪に転じたわけでもないのがより厄介だった。

「目指すはイブリースだ!」

「お、おう……」 

 とりあえずこの場を逃れるため、ボロは同意を示して早々に店を出た。


「やっぱり聖女様のせいだぞ」

「探求心にあふれているのですね」

「そのうち落ち着くんじゃない?」

 村を歩きつつ、3人はゼブンに関して意見を出し合った。この時ばかりはボロも、聖女を拝む人々に気をやらなかった。

「ん~、で、どうする」

「どうする?」

「夢宮朧纏ですよね」

 正直に言えば、ボロにとって入手難易度はさして問題ではない。金鐘のおかげで見つけ出すのにそれほど苦労しないし、聖女を倒すことが最大の目的だ。

 気がかりなのはタスロフの動乱である、村はまだしも彼のねぐらは防衛の必要があるのではないかと懸念がある。聖女の庇護を、彼は受け入れないのだから。

「やってくるっていう連中が先かな……」

 自身でも認めるあばら家だが、家も肉親も故郷も捨てた彼には唯一の居場所なのだ。

「それに関してですけど、考え方によりますよね」

「ん?」

「迎撃に当たって、選択肢は多いほどいいんですよね。夢宮朧纏は中々に強力ですよね」

「あ~、確かにそうだ。もちろん俺たちも相当だが」

「そんなにか?」

「見分けられない幻だからね、傷一つつけられないけどその分恐ろしいよ」

 ボロと金鐘たちの評価の差には、実見した経験と年季が関係していた。岩を砕き川を割く彼らと異なり、幻影を見せるというだけの力は少年には脅威と映らない。そもそも最強と目される鬼哭双剣でも聖女を倒せず、故に絡め手を求めていたはずの彼だが、

戦闘に関しての拙さは拭えなかった。

「ん……いや、やっぱりねぐらが先だぜ」

「じゃあ待ってるのお?」

「そ―」

「聖女様‼」

 と、血相を変えた信徒たちが聖女に駆け集まってきた。

「来ました‼ 奴らが‼」

 何者を指すかは、ボロにも瞬時に理解できた。


「初めまして、北の地ムトゥストの代表、ムタトムです」

 700ほどの集団であった。代表として挨拶に出て来た屈強な髭男ムタトムをはじめ、如何にも頑強頑迷そうな男女の戦士が村の目と先に揃っていた。構えてこそいないものの、手入れされた武器や装備を綿密に纏っている。

 対して村からは、聖女とタケー、そしてボロとロール、金鐘らが参加しているのみで、他の信徒らは村内に留まることを命ぜられていた。これは万が一の犠牲を出さぬと同時に、戦闘に至った場合に少数で撃退することでその名をより高めようというタケーの策謀もあった。理論家で現実主義者である彼は、こと自らの戦力の把握に関してはぬかりなく、個人的感情を排した絶対の信用を置いていた。

「初めまして、お飲み物をどうぞ」

 聖女が偉丈夫を現し、各々の手に暖かな蜜茶を持たせると、ムトゥスの戦士たちに驚きとも畏れともつかない声があがった。

「おかわりやるぞ」

「お、得したねえ」

 ロールに蜜茶を渡しながら、ボロはムトゥスの戦士たちの反応に新鮮な想いを抱いていた。もはや見慣れた光景であるが、少女が偉丈夫を現界させ摩訶不思議な現象を起こす。成すのは善行であるし、自身への説教を除けば人格も非がないと認めるボロでさえ、白紙で目撃すれば聖女とも悪魔とも見做すだろうと断言できる。

「これは……ありがたくいただきます」

 タケーはムタトムの態度が気に入らなかった、ごくさりげなくだがロールが飲んでから口を付け、寸前毒があるか探ってもいたからだ。とは言え、主観的な善悪で対応を決めるわけにもいかない。

「遠方よりのご来訪、如何な用事でしょうか?」

 金鐘たちが素早く一歩前に出て、ボロを促した。こと戦闘に関しては彼らの機微を読む力は突出している。

 ムトゥスの戦士たちも、機敏な者は武器に手を伸ばした。緊張と共に不敵な笑みが浮かぶのは、伝説の王の血肉と対することによる興奮もあるからだった。

 が、ムタトムは戦士たちを抑えた。腕の動作だけで一同は緊張を緩め、彼への信頼と威厳を感じさせた。

「同盟を結んでいただきたく参りました」

 タケーは、ムタトムの言葉に心臓が跳ね上がった。興奮を抑え、あくまで事務的な口調でそれに応える。

「同盟ですか?」

「はい、わたし共は当初ハルルーベより貴方達の討伐を命じられました。ですが、ムトゥスとしてはそれ拒否し共存の道を探りたく」

 目を白黒させるボロに、鬼哭が囁いた。

「あ~、仲間になるって言ってるんだ」

「え……信用できるのか?」

「声が大きいぞ」

 ボロの言葉を拾った戦士の幾人かがボロを睨んだ。

「でもボロの言う通りですよね。同じことはいっぱいありましたよね」

「いやいや、向こうの条件にもよるよ」

 タケーは舌打ちしたいのをこらえた、何故聞こえる場所で提案を吟味して相手を逆なでするのか。

「私たちの一員に?」

「いや、俺たちはそこまで善良じゃない」

 響きに軽い揶揄が入っているのはボロでも理解できた。とはいうものの、砕けた口調と同時に自虐も含まれており深刻な対立を促すものでもなかった。

「あんたらの中に入るには相応の心意気がいる。俺たちには、ない。けど、どうもこの戦はあんたらが勝ちそうだ。だから同盟だな」

 ムタトムは言うべきことは言いきったと、腰を捩じりだした。戦士たちもそれに倣い、聖女たちの動きを待つ構えだった。

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