第17話 危機なき者たち
その男のもたらした情報をボロたちが知ったのは、買い物を終え帰宅し、配置も終わりを迎えた頃であった。聖女とタケーがねぐらを訪れて、タスロフの各地域の者たちに団結の動きがあり、その目的は聖女らの排除であると伝えたのだ。背後には当然、ハルルーベがいる。
「国家解放と、ハルルーベの統治下におくことを出汁にしているらしい」
タケーは憮然として言った。危機であるのが半分、聖女が自ら動いて周囲にボロたちが彼女よりも上にいると思われていまいかという不安が半分の態度である。
「ハルルーベに飼われるんだろ? そんなのいいのか?」
「……この状況を考えれば、まだましだ」
タケーには分からいでもなかった、タスロフに生まれ俯瞰する視点で己と周囲を把握できるならば、絶望するしかない。もはやそれは変革する余地すらない、固定された一種の理にすら感じられた。それでも足掻く者は、過去に同じ志を持った者が例外なく無念の最期を遂げたことにたどり着き、閉塞感の中で生きることを受容せざるを得なかった。
だからこそ、聖女と王の血肉の出現は眩いばかりの希望であった。抑圧からの脱出が現実のものとなろうとしている今、それへの執着はボロたちの比ではない。英雄譚として語られがちなボロと聖女の宗教改革だが、タケーの献身は彼らに劣らぬものだったのだ。
「村は神がお守りくださいます、皆さんが清く正しくありますから」
「俺の家は自分で守るからな!」
「ばっか、聖女様にやってもらいなよお」
「絶対嫌だ! 俺のことは俺がやる! 金鐘たちもいるしな! ぐははは!」
金鐘たちは反応するのも面倒くさく、けちな博打に興じていた。
「聖女様、そのことなのですが、お力をお示しいただけないでしょうか?」
タケーに注目が集まる。
「力?」
「お護りいただいているおかげで、私たちは傷を負わずに済むでしょう。しかし、それでは攻めてくる者どもにその愚かさが伝わらないのではないでしょうか? 私たちは護られ逃げるだけではありたくありません、そのためにお力をお借りする愚かさを赦していただけるなら、どうか我々にその機会を」
タケーの主張には幾層もの思惑があった。村にいる限りは絶対に安全なのは確実、従者らを抑えればまたも被害を出さず聖女の名声は高まる。その上で、敵を撃退できればさらに効果は大きくなる。最終的には、彼らを吸収してタスロフを統一した機構の下に置きたい。
突発的な想い付きでなく、彼がかねてより抱いていた野望である。決してそれにより自身が権勢を抱こうとは思っていない、あくまでタスロフを国家として始動させるための手順である。
「良いですよ」
「ありがとうございます」
聖女は、清く正しく道理に叶えば願いを受け入れる。
「あの白い奴らも来るよな……よし、もっと武具を探すぞ」
「えー、充分だよお」
「ばか、そっちもだけど聖女様の分もだ」
「いけませんよ無用の争いは」
だからこそ、ボロたちは頭痛の種だった。聖女が彼によって左右されることはあってはならない、彼女は不動絶対であらねば。
あくまでボロは聖女の備品なのだ・
「聖女様、どうか我らを見守りください。敵が―」
「ですけれど、導かねばならないのです」
「導かれなくても俺はやれるって」
タケーは歯がゆかった。何故にこれほど聖女はボロに執着するのか。彼には、単なる利害を超えた嫉妬が芽生え始めていた。それは組織の位を越えた、個人的な感情の所以であった。
ボロたちが向かったのはゼブンの店である。金鐘、鬼哭双剣と彼の情報から入手に至り、その信頼性は高まっている。
「手に入ったら、触らせてくれよ?」
「ああ、だから店戻そうぜ」
ボロは、通じぬとわかっていても苦言を呈さずにはいられなかった。彼は前の店の雰囲気を好んでいたのに、今や清潔で明るく賑い、しかも聖女の庇護下にある。私冒険家であるが徐々に常連も増え、組合としては歓迎すべき事態だが、彼は自身の勝手な主義を押し付けようとした。
「あんたも変な奴ね」
「うるさいっ」
「また儲けさせてもらうねえ」
有角熊の素材で、思いもよらない収入を得たロールは上機嫌だった。ボロが、鬼哭双剣のおかげで取り分を忘れて主張しないでいることも好ましい。
「いいか、今度は操れたりすごく遠くに飛ばせたり、見えなくなったり透明にできたりするのがいい」
「そんなんだったらあんたが引っ越せばいいじゃない?」
「それじゃダメだ! ここが俺の家なの!」
「わかったわかった、けどなボロ? 聖女様のおかげで俺たちもだけど、助かってる奴がいるのも忘れるなよ?」
ボロは不貞腐れてそっぽを向いた。自身のそれが、自身のみに通じる正義だとは理解できている。
「私は助けるのではなく、導いているだけです」
「じゃあ俺を放っておいてくれって!」
「いけませんよ。自棄になってもあるのは破滅だけなのです」
「……で? そういうのある?」
聖女を無視してボロはゼブンに問いただした。
「夢宮朧纏ですよね」
「あ、確かにそうだね」
答えは、金鐘と双剣から返ってきた。
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