第15話 湖でのお披露目
再起から直ぐ、ボロは王の血肉を手中にすべく金鐘らから他の武具の情報を聞き出そうとした。
3体は呆れ半分ながらも雄弁に語り在所とその性能は判明したものの、問題は移動手段であった。鬼哭らと異なり、少なくとも隣接する国々には存在せず、このまま探索を続けるのは困難で、有角熊も含めていったんタスロフに戻る必要があった。
が、そこでひと悶着が起こった。サィㇷでできた従者たちの幾人かが、聖女にタスロフでなくサィフに留まることを求めたのである。
根無し草の面々ではあっても、やはり恥知らずの地への移住は躊躇われた。被差別地であるし、聖女の庇護があっても虐げられる側に行くのは寒心に堪えなかった。サィフであれば、その理不尽も幾らかは除けられる。
ボロは不愉快だったが、関わり合いになるのも馬鹿らしいと、王の血肉の回収計画をロールらと練ることにした。
「ねえねえ、鬼哭か双剣私にくれない?」
「なに、なんのつもりだ」
「武器があれば安心じゃない」
彼女にも欲が出て来た。鎧と毎度満足できる食事があればそれ以上は望むまいと自負していたが、それが日常ともなれば話は違ってくる。まして、山での天使との一戦もある。
「絶対だめ」
ボロは応じない。
「なんでよお」
「俺が見つけたからだめ、大体一番強いのを渡すかっ。金鐘もだめだからな」
これは半分の本音である。もう半分は、私冒険家として発見したのだから、自身のものであるとの信念からだった。
「安心しろ」
「何かあったら助けるからさ」
「こら、俺が持ち主だぞ」
抗議するボロを鬼哭双剣は無視した。
「ありがと、でもさあ」
「ん~?」
「一人で動けるし喋れるし、なんでずっとそのまんまだったのお?」
「それは武具だもの、人が使わないのに動けないよ」
「え? だってえ―」
「王の血肉はあくまで武具ですよね。それ個では動きませんよね」
「そうだぞ、俺が見つけたんだ」
「しつこいよお」
この会話は後に従者の一人から語り広げられ、何故意志を持つ武具が個での行動を起こさないのかの一つの答えとされた。
「後ろにいろよ、何とかしてやるから」
「なにさあ」
ボロとしても、ロールを蔑ろにするつもりはない。が、流石にまだ気前よく発見物を分け与えるほどには成熟してもいなかった。
「お待たせしました」
「待ってない」
聖女に早速ボロが噛みついた。
「行きましょうか」
「え? あの人たちいいの?」
「はい、話し合いの末に」
ボロは驚嘆の唸りを漏らした、ともすれば争いに転じるほどの切迫を見せていた従者たちがすっかり落ち着きを取り戻しているのだ。改めて、聖女の力には畏怖せざるを得ない。
「まあいい、それじゃ―」
「お~? 待った」
鬼哭が鼻を鳴らした。
「こっちに来るぞ、それも大勢だ」
「聖女様の従者か?」
「ん~、いいや」
鬼哭が鼻を大きく鳴らし、かかとで地面を蹴った。
「鉄の匂い……鎧と武器を持ってるぞ」
ボロは双剣を偵察に向かわせ、来訪者の正体を探った。
「兄さんの言ったとおりだよ、重装備の兵士たちが向かってるね。300はいるよ」
「近くの街のやつか?」
「それは違うと思います」
ボロに異を唱えたのは、近場で参入した中年の従者であった。
「自警団はありますが、それほど大人数で鎧まで用意できるほど大きな村はありませんから。……ハルルーベの神仕隊では?」
従者の声にどよめきと、ある種の納得の混じったものが漏れた。
「旗がありませんでしたか? 青地に橙の人が描かれたものです」
「あったあった」
正確には、大地と木々、人と獣を抱えた偉丈夫の姿がハルルーベの掲げる神の姿である。聖地や聖堂を除いては、簡略化されて描かれることが多い。
「やはり……」
「村の奴らが?」
従者らは、覚悟していたとはいえハルルーベの制裁が迫っている事実に直面し動揺した。主教への恐怖と危機感という点では、ボロたちよりもはるかに鋭敏である。その絶大な権力と勢力は世界最高と言って差し支えなく、冒涜者と認められればあらゆる面で殲滅が開始された。
近年では、南の小国ダエイフの記憶が新しい。冒涜者とハルルーベが交付を出してから隣国は一斉に経済封鎖を行い、国軍と神仕隊が派遣され四方八方からの攻勢で2週間でダエイフは降伏し、旧政権は解体され主教の管理地へと堕とされた。
恐るべきは、傍目に見ても提示した根拠が異を唱えられないほど完璧なものだったことである。彼らがその気になれば、たとえ大国であろうと衆目の一致する敵である背教者に仕立てあげ殲滅できるのだ。連綿と繋がれた宗教権力の頂点の一端である。
「絶対に聖女様を狙ってるな」
「私たちもですよね」
従者たちに比べれば、以前に襲撃を受けたことのあるボロとロール、人並外れた精神を持つ聖女、人とは異なる精神の金鐘たちは冷静であった。
「よし、ロール、双剣貸してやるからここにいろよ」
「え? ボロ、行くのお?」
「あの天使とかから聞いてきたんだろ、俺たちだって殺す気だ。だったらこっちから先にやってやる」
「なんで僕なのさ?」
「だって……スパスパ切れたら血とか死体が嫌だろ? 金鐘と鬼哭はそうじゃない」
呆れつつも、双剣は素直に従いロールの元へ滑っていった。
元の主ではお目にかかったことのない感情だが、未知でもない。原初の王の仲間には若者も、荒事が得意でないものも大勢いた。
「振り回してればまあ、何とかなるだろ」
「危ないよ、逃げようよお」
「追っかけてくるんだ、一発かましてやる」
ボロの行為には裏もあった。王の血肉の絶大な威力を、ハルルーベ側に見せつければ、少なくともこちらを避けてくれるのではという目論見である。かつての仕事から学んだ交渉術である。
「聖女様、これは俺がやるからな。聖女様はそいつらを護ってろよ」
「はい」
素直な聖女に調子を狂わせられながらも、金鐘と鬼哭を携えたボロは一人神仕隊へと向かっていった。
ロールは金鐘と鬼哭の存在、何より彼の頑固に止めるのを諦め、従者たちは聖女の仲間ではあれ、彼女が行動を起こさないために静観を貫いた。
聖女はほほ笑みとともに、見送るだけだった。
神仕隊は精強で知られている。宗教という象徴の元一丸となり、統制がとれた集団であるからだ。完全なる志願制、さらにそこからの選別で選りすぐられた個を選び抜く。隊員には徹底した教育と訓練が施され、さらにそこから指揮官が選ばれる。
日々の厳しさと任務の過酷さを補って、報酬は潤沢であった。食事も装備も最高のものが与えられ、傷病死亡の保証もぬかりない。定期的な精神肉体の医療診断も実施され、盲目的に命令に従う人形を作り出すためとは言え、ハルルーベの武門官の手腕は称賛に値するものであった。
長年にわたって彼らはその勇名を響かせて来た。敗北も失敗も幾度か刻まれたが、必ずのちには雪辱を果たした。名実ともに、大陸最強の軍団である。強者がそうであるように、実戦に至る前から勝利を決定づけることを信条とする。情報の取捨選択、補給の徹底、地の利の確保、絶対的な命令系統、そして圧倒する兵力、全てが十全に行われれば自ずと勝利は転がり込んでくる。
冒涜者の討伐と言うありきたりな任務でも、その対象が妖術を扱う少女と奇怪な武具を操る少年という一笑に付すような情報でも、彼らは微塵の油断もしていなかった。
故に、彼らがボロに惨敗したことは大きな衝撃となって全土を駆け巡った。後に金鐘を発見した山での一件が公になるまでは、サィフでの神仕隊との一戦が、ボロと王の血肉、そして聖女が初めて歴史の表舞台に立った出来事であった。
神仕隊の基本戦術は、盾持ちを前衛に置き後方での弓射と石投で消耗させた後、前衛での掃討を図るというものである。初歩も初歩の術であるが、故に頑強で効果的である。
「おらおら、逃げねえと死ぬからな!」
それが、鐘と一振りの大剣で崩された。
矢はボロに届く前に粉砕されて墜落し、大剣が振られた後には強烈な衝撃波が叩きつけられた。盾持ちは一撃目はどうにか耐えたものの、二撃目で体勢を崩され、三撃目で吹き飛ばされ後衛の弓持ちたちを巻き込んだ。
それでも、衝撃波の射程範囲を瞬時に把握後退し隊列を立て直したのは流石の連携と言えた。とはいえ、神仕隊の矢と投石も依然として不可解な壊体を見せ、両者とも手詰まりとなった。
「いいか、俺はタスロフのボロッケンダーズだ‼ 聖女様とは何の関係もねえ! だけどそっちが来るならこっちもやってやる! それだけだ!」
最後の宣告だと、ボロは叫んで前進し出した。
神仕隊の判断は迅速かつ正確であった、得体のしれない術を前にこれ以上戦っては被害を出すだけとあっさりと撤退した。無論、ボロの宣告も書き記している。
この一戦のみで、無論すべての勝敗が決定する訳でなかった。
当事者ですら理解していただろう。
だが、伝聞の力は彼らの手を離れて巨大化していった。偶々目撃していたものから、出撃に際し物資の提出を命じられた村の者、
見物客の目にはハルルーベの部隊が成すすべなく少年に退治されたと映り、瞬く間に次第に過大化して周囲に伝聞されていった。
後の世の記述にも、この一戦で隊の半数が喪われた、撤退後腹いせに神仕隊が村を襲撃した等、明らかな誇張や捏造が散見され、その衝撃の大きさが伺える。
そしてそれは、後日の戦闘でより一層印象付けられることとなった。
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