第14話 聖女様のおかげで
早速ボロは聖女の目を盗んで湖に向かったが、あえなく途中で見つかって同行された。ロールも加わり、いつも通りの面々であった。
「一人では危ないですよ。何事も助け合わないといけません」
「聖女様とは助け合いたくない!」
「変な奴だよねえ」
聖女が与えてくれた骨付き肉をかじりながらロールが茶化した。個人的感情を抜けば、食事も家もくれる現人神である。
「俺は―もういいっ、着いたぞ湖だ」
近距離で見ると、より途方もない広大さであった。タスロフにも湖や川があるが、比べるべくもない水たまりに過ぎない。
未整地であるために、水際は岩が重なり漂着物も無数に浮いていたが、代わりに亀が甲羅干しをし、鳥が群れをなしているなど生き物の気配は濃厚だった。ロールは風船ガエルを捕まえては膨らませ、何匹も飛ばして遊んでいた。
「よし、金鐘、鬼哭を探すぞ」
ボロは金鐘を鳴らして湖を探り出した。と言っても彼が何かを察知する訳ではなく、金鐘任せの技であった。
「これだけ広いんだ、何か所か回って―」
「あ、あった」
「なにっ⁉」
「そのまま鳴らし続けてください、引き揚げますよね」
言われるまま音色を流し続けると、こちらに向かって水面を進んでくる物体が見えてきた。
「よっと。あ、軽いねえ」
ロールが拾い上げてボロの元へ運んでいた。
タケーが言ったように、二振りの剣であった。一つはボロに倍するほどの両刃の大剣で、もう一つは鍔をつけたその倍ほども長く細い片刃刀である。金鐘同様に、どちらも水中にあったはずなのに錆どころか苔すらなく、手入れが行き届き輝いていた。
ボロはこの幸運を素直に喜べなかった。苦も無く手に入れてしまっては意味がない反面、金鐘という所有物で探し当てたのだからまるきり邪道とも言えない。
金鐘の時と違い、流石にこの広大な湖のどこかに鬼哭を戻して自力で発見するのは至難の業とも理解できる。あの時とて、満足はしたが命を落とす危険があったのだ。
「この剣たちも金鐘みたいに人になるのお?」
自己問答を繰り返して固まっていたボロを放置して、ロールが金鐘に尋ねた。
「いえ、二人は―」
「あ~なんだ金鐘か」
「懐かしいね」
大剣と刀が変じたのに驚いたロールはボロの背後に急いで隠れた。そのせいで我に返ったボロもまた、あっと驚愕の声をあげていた。
大剣は肥えた豚に、刀は大蛇となっていたからである。
「お久しぶりですよね」
「それに……ハルルーベじゃないか?」
「あ、本当だ」
二人、否、二匹は聖女の周囲を回った。偉丈夫もどこか表情が和らいでいる。
「そうか、今はそうなってるのか」
「懐かしいね」
「初めまして」
「待て待て待て」
豚の尻を抑えながらボロは騒いだ。
「見つけたのは俺と金鐘だぞ」
「あ~わかってるわかってる」
「少しは感慨に浸らせてよ」
金鐘は自身の功績を口に出されて微笑んでいたが、豚と蛇はそれほどの感動はなさそうで聖女に関心が強かった。
「何て呼べばいいかなあ?」
「あ~お前はどっちがいい?」
「そうだね、兄さんが前は鬼哭だったからそのままでいいんじゃないかな?」
「よし、じゃあお前が双剣だな」
匂いを嗅いだり体を擦りつけたり、ようやく飽きたのか二匹は聖女から離れてロールに応えた。
「呑気な奴らだな」
「君らは人に変わらないんだね」
「ん~、人にも変われるんだけどな」
「他の子と話し合って決めたんだ、王の血肉が人ばっかりだと見栄えが良くないって」
「見栄え?」
ボロは困惑した。どうにも伝説の武具にしては俗っぽい。
「見た目は大事です。身だしなみは中身を映すのですから」
「そうですよね、ボロももっときちんとして欲しいです」
「なんだ、どういう意味だ」
ボロが特別不潔と言う事はない。顔を洗い、歯を指で磨き、日の終りには濡らした布で体を拭くし服も洗う。身だしなみというよりは、清潔に身を保つことでの健康維持と臭いでの発覚を避けるための習性だが、決して不潔ではない。
問題は聖女の家である、当たり前のように風呂場と薪と、香油まで備えられていた。それと比べれば、ボロへの評価が辛くなってしまうは仕方がなかった。
「意地張らないで家に入ればいいのお」
「嫌だって言ってんだろ!」
「あ~、ややこしそうな奴に拾われたな」
「そうだね兄さん」
「うるさいっ。ほら、剣に変わってくれよ」
鬼哭と双剣は言われるまま大剣と刀に変じた。ボロは英雄とは言い難いが、悪人とも判別できなかった。
「全く……軽いな」
手に持ち、ボロは周囲に当たらぬようにゆっくりと振り回してみる。金鐘も重量を全く感じさせないのは同じだが、大きさは遥かに異なっているので驚きはより大きかった。
「やっぱり手入れもいらないのか?」
「もちろん」
「切れ味もすごいよ」
岩場を薙いでみる。対して速度も出していないのに、果肉のように岩に刃が入り込んで両断した。
「す、すごい……」
「あ~、それだけじゃないぞ」
「あそこに出てる岩を狙って振ってごらんよ」
言われたとおりに、ボロは少し離れた所にある湖上に突き出た岩に二対を振るう。
大剣からは刃に纏った突風のような衝撃波が飛んで岩を砕き、刀からは飛ぶ斬撃が細切れにした。
「すごいねえ!」
「ありがとうな」
「こんなの簡単さ」
「よし、それじゃあ……死ねえええええええ‼」
当然、ボロは二対で聖女に切りかかった。
「怖い言葉はいけませんよ」
聖女は微塵も動じず、偉丈夫が易々と刃を掴んだ。
「うお⁉」
ボロは全力で二対を引くが、揺らぎすらしなかった。
「この!」
あっさり二対を手放し、ボロは金鐘での音色攻撃に切り替えた。
両腕の塞がっている偉丈夫ならば防げまいと判断したのである。
「いけませんよ」
判断は正しかった、偉丈夫は確かに防ぎはしなかったのだから。
誤算は骨を砕くつもりで慣らした音色が直撃しているのに、聖女には微塵も通じていないことだった。
「く、くそ!」
「なんだこいつ」
「変な奴だね」
「ボロは聖女様が嫌いなんですよね」
「おい、こら離せ!」
ボロは偉丈夫から二対を取り戻そうと躍起になって、腕に飛びついて噛みついた。ロールは呆れて、人間に変じた金鐘と風船ガエルで遊ぶのに戻っていた。
哀れか嫌悪か、偉丈夫がボロと一緒に二対を放り投げた。
「ゆ、油断したな!」
二対の衝撃波と斬撃を偉丈夫に放つボロだが、偉丈夫は素手のままで抑えて握りつぶしてしまった。
「このくそ!」
「危ないからやめてください」
冷静な聖女にますます怒り、ボロは延々攻撃を続けた。そしていい加減にうっとうしくなったのと、余波が目障りと感じたロールが金鐘の音色に気絶させることでようやくこの喜劇も幕を閉じたのだった。聖女の周囲の大地は抉れて湖の水が流れ込んでいて、小さなものだが伝承通りに湖を造り出していた。
「ん~、なんであんな奴に構うんだ?」
「全ての方に、救済の権利はあります」
「それにしてもね」
ボロが目覚めると、身は拠点に運ばれて聖女と従者たちは食事の最中であった。細分されて香辛料を混ぜ込んだ肉が野菜とともにパンに挟まれ、とろりとした豆のスープと果物が添えられていた。
「ボロ、いらないならもらうよお」
「勝手にしろ!」
投げやりにボロはロールに言って、自分の分の食事を差し出した。
「ありがとねえ」
ボロは背を縮めてひたすら呪いの言葉を吐き、直面した困難との折り合いを付けようと努力した。王の血肉で最大の破壊力を持つ鬼哭でも、聖女を排除できなかった。
「どうすりゃいいんだ……」
「どうしました?」
「聖女様のことで悩んでんだよっ」
ボロの傍で慈愛に満ちた問いかけを発する聖女に、彼は毒づいて答えた。
「俺は一生このままなのかよ……」
「諦めるのですか?」
「なんだとっ⁉」
「諦めるにしろ、貫くにしろ、後悔が残ります。前者と後者では、後者の方が心地よい後悔です」
「聖女様が言うな!」
どれだけ正しくとも、ボロはこの聖女の言葉を真摯に受け止めるのが嫌だった。
「あなたは、私を遠ざけんとしてきました。それは正しいことでもあります」
「ならどっかいけよお⁉」
「そのための努力、信念を曲げるのですか? 自身を否定するのですか?」
「聞け‼」
聖女はどこまでも聖女であった、正しく清く、故に曲がることを許容しない。
「そうならないためにも、私たちと共に歩みませんか?」
「よーしよし、そう来るならこっちもそうしてやる。絶対にぶっ殺してやるぞ。他の王の血肉だって、使い方でどうにかなるかもしれない!」
「怖い言葉はいけませんよ」
「ぶっ殺す!」
ボロは躁状態によるものではあるが、活気を取り戻した。聖女が意図したものとは別の方向で、彼は復活したのだ。
「ん~」
「なんだろね?」
「考えるだけ無駄ですよね」
「そうそう、おいしいご飯をいっぱい食べるのが大事だよお」
鬼哭双剣、金鐘、ロールは蚊帳の外であり、それを悦び逸脱しようとはしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます