第13話 湖と不機嫌

 ボロとロールにとっては初の外世界であった。

 どうということのない一村も、外世界のものならば新鮮に映った。何よりも、タスロフでないことが大いに作用している。故郷では意識せずとも、被差別地域であることの厭な空気が全てに纏わりついていた。無論外界に不条理がないとは言わないものの、タスロフと比べれば開明的で開放的に捉えられたのだ。

この時点ではハルルーベの布告がここまで届いていない。タスロフに先んじて、各国にも情報を流してはいるのだが、彼らの次の行動が読めない、即ちどこへ移動するのかが絞れずに範囲が広大になり、結果細部までの伝達速度が遅延していたのだ。タスロフでは襲撃があったように効果が出ていたが、人の流動に乏しい点が災いし国外へとそれが広まらない。

監視員も間に合っておらず、初動の遅れが一行を自由にし、安全も保障していた。

 が、二人は村に寄ったり現地人との接触は避けていた。目的を持っての旅というのもあるが、ひとえにゼブンや同郷の者が外世界で受けた凄惨な扱いを恐れてのことである。罰する理由も裁く者もいない相手であるからあらゆる迫害が許容された、私刑に奴隷化、乳飲み子を娼館に攫われ、孕んだ娘まで商品にされたという話まで確認されている。

 それでも道を行けばすれ違うこともあった。向けられる視線にボロは蔑みを感じ取り怒りを覚えたが、実のところは見慣れぬ者への警戒でありタスロフの者とは判別されていなかった。

「こんにちは」

「誰にでも挨拶すんなよな」

「理解しあうのは大事です」

 一行と出会ったとき、まず聖女に注目したからだ。ほのかに輝く穢れなき少女と子供二人では、当然前者に関心が集まる。その上、彼女は疲弊した者に食事を施しもしたので、噂を聞きつけた者が四方から集まり、従者も誕生する始末だった。

 新たな発見もあった。従者と認めた者でも生活基盤があればタスロフの集落に誘うことはせず、あくまで神への感謝を忘れず日々を過ごせばそれでよいと聖女は説いており、組織の膨張を進めはしなかった。

 また、集落の存在から聖女をタスロフの者と決めつけ、罵倒や暴力を振るおうとする者には偉丈夫を使い対抗した。称えた微笑は崩さないものの、彼女なりに憤りは持っているようだった。

「なのになんで俺の家に来るんだ」

「君の家じゃないでしょお」

「私をそういうことに使うのはやめて欲しいですよね」

 ボロに付いてくるのだけが不満だった。隙あらば金鐘で、時には有角熊から作ったナイフで聖女を襲いながら、彼はその故を自問し探り続けるのだった。


 6日目で、一行は地図に記されたサィㇷの湖を視界にとらえることができた。長旅であったが、金鐘と聖女のおかげで消耗は僅かなものだった。

「でかいな」

「ここから探すのお?」

 途方もない広さの湖であった。高台から見下ろしていても、全景を捉えきれない。湖上を行きかう無数の船も、水棲昆虫ほどの大きさであった。時折巨大な水中生物が顔を出して、大きな波を引き起こしている。湖を囲うように村々が並んでおり、その恵みの豊かさも伺えた。

「とりあえず拠点を作るぞ、もう少し傍がいいな」

「そうだねえ」

「皆さん、移動しますよ」

「はいっ」

 聖女に答えたのは、随行してきたサィㇷの人々で構成された従者である。一挙一動が聖女に心酔しているようでボロには非常に腹立たしい。流石に金鐘で攻撃はしなかったが、聖女への襲撃を非難され時には盾となって防ぐ彼らは疎ましい以外の何物でもなかった。

 そして恐怖の対象でもあった。いつかの朝に起きたら、全世界がこの聖女の従者となっているのではないかとボロは真剣に懸念していた。窮していた事情は様々だが、タスロフの極端な環境と比べれば彼らは遥かに恵まれていると彼の眼には映る、にもかかわらず容易く聖女に篭絡されてしまったのだ。

 鬼哭に賭ける彼の期待は高まる一方だった。

 

 未開拓の湖に面している森の一角に、一行は拠点を設置した。聖女と偉丈夫のおかげで快適な家が建てられたが、ボロは相変わらず自分だけの寝床にこだわった。

「虫とか雨とか大変だよお」

「金鐘で防げる!」

「あの、私もあっちがいいんですよね」

「なにっ! 裏切り者!」

 悪態はつくものの、ボロは少女に変じた金鐘が家で過ごすのを禁止はしなかった。聖女への意地は身勝手なものだと認識できているからである。

「それはそうとして、どうやって探すのおボロ?」

「そりゃ金鐘だろ」

 飛び交う虫を叩きつぶしながらボロが応えた。

「音で探ったりもできるぞ、広いけど無茶じゃない」

 食糧のための魚とりや獣狩りを繰り返すうちに、ボロは少しづつ金鐘の力を理解していた。音は壊すばかりでなく、探知や操作にも使えるのだ。

「聖女様に頼めば簡単なのですよね」

「それはダメだ!」

「まあいいけど、埋めた熊もあるからあんまり長くかけないでねえ」

「やっぱり聖女様に頼んだ方が早いですよね」

 ボロは憤慨した、確かに我儘な意地だが、少しは理解を示すべきではなかろうか。やはり聖女をどうにかしなくてはならないと、虫を潰しながら決意を新たにした。

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