第11話 新たなる希望

 ほぼ丸一日睡眠を貪っていたいたボロは、顔に感じる不快で目を覚まさざるを得なかった。

「いい加減寝すぎだよお」

 ロールが真っ先に視界に飛び込み、遅れて隅に金鐘の顔があった。一瞬はその場違いな容姿と格好で誰かがわからなかった。

「あ~……食いものくれ」

 ロールは素直に食事を手渡した。

 ボロはそれが聖女によって作られたものでないかを確認し、煮込み過ぎた豆であることを認めて安心して口に運んだ。

「聖女様にもらえばいいんですよね」

 ロールがちらと金鐘を睨む、事実ではあるが、手料理をけなされてよい気分はしない。聖女もだが、金鐘にもどこか人間離れした空気があった。

「こっちの方がうまいっ。で、金鐘よ、聞きたいことがある」

「何ですか?」

「お前たちの仲間で、一番強いのは何だ? 力だ力、一番壊す力が強い武器が知りたい」

 豆を流し込んで、皿を置きながらボロは尋ねた。そもそもの目的は聖女の排除、王の血肉が実在すると判明した以上、発見のために力を注ぐのは彼にとって当然の流れである。

「それと、聖女様にバレないように―」

「お目覚めですか?」

 聖女が従者であるタケーを伴いながら入室しボロは呻いた。

「お食事の用意を……」

「今食べたばっかりだからいいのお」

 ロールは、聖女が差し出そうとした肉と野菜の挟まったパンを奪って口に入れた。咀嚼しながら、自身でも大人げないと多少は観取した。

「慈愛金鐘様……」

 タケーは金鐘に恭しく跪いた。

 偉丈夫、すなわち主神たるハルルーベは、原初の王に従った者の一人と記述されていた。事実はともかく、神性と説得力を持たせるには格好の素材で、王の血肉も含めての一団と見なす向きがあった。

 従者らは、主神ばかりでなく王の血肉たる金鐘も崇めた。癒しの音色を躊躇なく響かせたことへの感謝もあったが、より自身らの正当性を強めようという思惑もあった。

 聖女がボロたちと山に向かって不在だった時、集落が攻撃を受けた。

 それは近隣の村々が、聖女への不審と被差別民たる彼らの集合に嫌悪を覚えての襲撃だった。突発的で寄せ集めであったこと、聖女の力で張られた不可視の障壁によって防がれたが、従者らは改めて自身らが迫害される立場にあると痛感した。暴力の矛先を喪った輩に悪魔や汚物と罵りの言葉を受け、障壁の外の家や畑を荒らされて怒りを強くもした。

 タケーは、この一件を受け止め利用する事に決めた。襲撃から守られたことで加入を希望した新従者をまとめ、新たな住居の建設や耕作、防衛隊の整備を進めた。

 明晰な頭脳と、聖女に全てを依存しないと言う点で、タケーは従者の代表と見なされ聖女にもそう接せられていた。神の施しを甘受し、崇め、その上でよりよく生きるための努力も惜しまない。 

 聖女と金鐘の存在がどういう意味があるのか、自身らはどう行動するべきかを繰り返し繰り返し説いた。彼だけが、どう聖女と自分たちを外部に認めさせるかに腐心していた。

 まさしく、理想的な布教家であった。

「休まないといけませんよ」

「言われなくても、今度こそぶっ殺してやるぜ」

 目下の悩みは、少年ボロッケンダーズであった。私冒険家を名乗るこの若者に、何故か聖女は執心しているのだ。

同じ地の生れでも、タケーはボロを好ましく思っていなかった。私冒険家とはならず者も同様であり、事実彼は自衛以外の殺人や犯罪を多数経験していた。勤勉に、聖女との出会いがなければ農家で一生を終えていただろう彼には耐え難いことだった。

 この些細な感情は、改革の進行と聖女勢力の拡大に伴い増加し、現実の情勢にも影響を与えていくことになる。彼が聖女に一種の恋愛感情を抱いており、独占に対する嫉妬であるとの評もあった。無論、彼はそれを決して肯定しなかったが。

「で、金鐘。強いのはなんだ」

「そうですよね……双頭鬼哭がやっぱり―」

「あの双頭鬼哭?」

 口を突いた言葉を、タケーは後悔と共に納めようとしたが叶わなかった。その場の全員が彼を覗き込んで次を待っていたし、何よりその中に聖女がいた。

「あ……聞いた話ですが……二振りの剣、斬撃の跡が大河になっていると」

「どちらにあるかもご存知ですか?」

「はい、隣国のサィフにと」

 聖女に知られたくない事柄であるのに、彼女に問われれば誇らしいことのように言ってしまう自身にタケーは内心で毒づいた。

「隣か、近いし一番強いしいいな」

「けどここを出るんだよお?」

 同行を前提にしていたロールは不安な声を上げた。彼女、というよりもタスロフの住人にとって異国は恐怖の対象である。受けた非道な仕打ちの数々は枚挙に暇がない。

「金鐘がいる、何より聖女様をこのままにしておけねえ」

「お祈りしませんか?」

「しないっ」

 が、ボロにとっては些事であった。聖女を排除しない限り、彼に安息は訪れないのだ。金鐘が存在した以上、偉丈夫ごと聖女を叩きつぶせる王の血肉もあるはずと推測するのは自然な流れである。

「準備して、組合に行って地図もらうぞ」

「聖女様に連れて行ってもらえばすぐなんですよね」

「絶対にしないぞっ」

 彼がこの時期に鬼哭探索に出たのも、結果的には好判断と言えた。

未だ王の血肉の存在は確定情報として扱われてはいない、カマルら天使の報告でも、まさか王の血肉などとは思われず、未知の兵器と見なされ聖女への対処が優先されていた。

 同様に、各国も王の血肉に対しては全くの未確認であった。後年の、富国とあわよくば統一支配を狙っての争奪戦も発生しておらず、ボロたちにとっては絶好の機会なのだった。


 翌日、組合に顔を出した一行をゼブン親子が出迎えた。

「よお」

「おっす、繁盛してるみたいだな」

 ボロが軽口を叩いたように、平屋はまれにみる盛況ぶりであった。元がそれほどでないにしろ、気をつけねば他の者と接触するほどの密度は初である。全員が見知らぬ顔だった。

「聖女様のおかげだよ」

 マイの言葉に反応して、来客たちは聖女を確認して一斉にひれ伏した。

「全員聖女様の僕かよ!」

「僕ではありませんよ、皆さん顔を上げてください」

 ボロはたちまちに不機嫌になった。特に従者たちが曇りなく聖女を尊んでいるのが気に入らない。

「飯も寝床もあると、今度は贅沢したくなるもんさ。で、冒険家志望の連中が来てるってわけだ」

「そんなのに仕事紹介していいのかよっ」

「あんたも似たようなもんでしょ」

 マイを無視して、ボロはゼブンに詰め寄った。

「隣の……えっと」

「サィフでしょお」

「そうそれだ、そこに王のなんたらの情報ないか?」

 ゼブンとマイは顔を見合わせ、ボロに答える前に金鐘に注目した。

「本物の王の血肉?」

「初めまして、慈愛金鐘ですよね」

「話はきいてるんだけど、証明できたりする?」

 金鐘は武具に変じてボロを驚かせつつもその手に収まった。

 ゼブン親子と、従者たちも息をのんだ。

「本物なんだな……」

 畏怖してゼブンは呟いた。胸の内は歓喜で溢れ、飛び上がりたいほどであった。自身の情報で伝説が真のものであると証明された、だからといって誇れるほどの働きをしてはいないが、それでも間接的に関われたことに彼は感動していた。

 冒険家を称し、冒険家組合の粗悪品をでっち上げたろくでなし。自他ともに認めざるを得ない立場ながら、冒険家に憧れた彼はくすぶり続ける自尊心を喪わなかった。それがようやく報われたのだ。

「……持ってみるか?」

「いいのか⁉」

「すごく硬いから気をつけろよ、あと音で壊したりもできるから」

 その内情を言葉にできなくとも、ボロにはゼブンが何を思うかが感じ取れた。震える手に金鐘を渡し、湿り気を帯びた彼の瞳を見つめるのが何か躊躇われ、ボロは周囲の張り紙を観察するふりで目をそらした。

 マイとロール、聖女に金鐘もそれとわからないようにボロの行動を好ましく見守っていた。

「ありがとうな……サィフの王の血肉だな? 金鐘があったからにはこれも真実味があるが、持たせてくれたからそれでチャラだ」

 金鐘で鉄片を叩いてみたり、音色の威力を試して満足したゼブンは、ボロに返却しつつ地図を広げて応えた。

 マイは少しだけ不服そうに片眉を吊り上げたが、結局何も言わずに追従した。

「双頭鬼哭の伝説はこの湖にある。鬼哭が抉った跡がそのまま湖になったって寸法だ」

「どうなんだ金鐘?」

「わかんないですよね、詳しくはね。昔のことですよね」

 少女に変じた金鐘が答えた。

「私が―」

「やるな! 俺が探すんだ!」

 偉丈夫を現わそうとした聖女をボロが制した。

「聖女様も同行を⁉」

「はい、迷い人を導かねば」

「俺たちも……」

 ボロは険を深くした、この聖女は他の者の望みは簡単に叶えるくせに、何故自分の放っておいてくれという願いは無視するのか。

「このっ」

「危ないですよ」

 つい金鐘で殴りかかったが、簡単に偉丈夫に止められ取り上げられてしまった。

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