第5話 私冒険家少年の希望
ほどなくして、一行は金色の美少女が王の血肉であるかはともかく、鐘そのものではあると認めざるを得なくなった。魔法のように、目の前で鐘に変身しまた少女の姿に戻ってみせた。
「王の血肉……?」
「はい」
王の血肉、慈愛金鐘を名乗る少女は屈託なく頷いた。人間離れした無機質な感じはあるが、不思議と忌避感は湧かない。
「あなたはハルルーベに護られているのですよね? 不思議な方」
「私は私の意志に従っているだけですから」
ボロかロールのどちらかに、諸々の知識があれば歓喜したことだろう。原初の王とその同志にして、同名の宗教の開祖であるハルルーベ、さらに王の血肉と神話時代の御伽噺が、過去として厚い殻を剥かれ中身をみせつつあるのだ。
「高く売れるよお」
「その前にだ……」
しかし、彼らにそんな歴史的関心はない。重要なのは真実王の血肉か、これをどう栄達に用いるか。
何より聖女を殺し得る威力があるかである。
「金鐘……さん?」
「呼び捨てで良いのですよね」
「王の血肉っていうのはその……どういうのなんだ?」
馬鹿馬鹿しいが、至極最もな問いであった。ボロの知識欠如も大きいが、王の血肉についての資料はほとんど残っていない。数倍する敵を倒した、山を削り川の流れを変えた、荒唐無稽な記述から、王の臣下の兵や協力者をそれらしく置き換えたのだという説もある。
「やってみるのが速いですよね」
金鐘はそういうと、少女の姿から鐘へと変わってボロの手に収まった。
「軽く、でも不確かでない重さですよね」
鐘のままでも彼女が発声できることに驚きながら、ボロは頷いた。ロールの目が油断なく光る。
「そこの石を叩いて御覧なさいな」
言われたとおりに石を叩いたボロは、大した力も込めてないのにそれが真っ二つになったのに驚愕の声をあげざるを得なかった。
「音色を奏でながら、この石をもっと砕きたいと思ってみるのですよね」
奇妙な命令だが、最早ボロに疑う余地はなかった。言われるとおりに鳴らすと、石は粉々に砕けて塵と化した。
「すごい!」
ロールは興奮して叫んだ。間違いなく王の血肉であり、恐るべき力さえ有しているのだ。
「私たちは壊れないし、手入れもいらないのですよね。そして人の姿にもなれる」
「錆びたり、研いだり……鐘に研ぐところはないけど、それもいらないのか?」
「はい」
「そうか……それじゃあ……、死ねええええええええ‼」
その原理や、過去の様々といったことにボロは然程興味がない。
全ては聖女に通じるか、否かだ。
「え?」
流石の金鐘も困惑の声をあげた。
「いけませんよ怖い言葉は」
耳慣れすら覚える言葉で聖女は答え、偉丈夫が凶刃を防がんと姿を現した。
「おお⁉」
ボロの口を突いたのは、驚愕と感動の混じった咆哮だった。これまで、直接危害を加えようとしても見えない壁に阻まれ軽くいなされていたそれが、偉丈夫は腕で金鐘を防いだのだ。
つまり、そうしなければ危険な力が金鐘には眠っているのだ。
「しゃああっ‼」
ボロは距離をとって、金鐘をむちゃくちゃに鳴らし始めた。聖女への害意を存分に込めたそれは、彼女の周辺を抉り、刻み、潰す。
「やめてくださいよ」
「くそおおおお!」
が、聖女には届かなかった。どれだけ念を込めようとも、全てその周りに流されてしまう。
「ぐがっ」
「あ」
そして、金鐘にない消耗からは、人であるボロの肉体は逃れ得ない。持ち物自体に重量がほとんどなくとも、腕を振り続ければ疲労はたまる。痛みと痙攣に耐え切れず振りを止めたボロに、偉丈夫は素早く拳を叩き込んで金鐘を取り上げた。
「あーあ、何してるのさ」
「伝説でも届かないのか……」
呆れるロールに覗き込まれながら、大の字に倒れたボロは徒労感と偉丈夫に叩き込まれた拳の痛み、そしてそれすら加減されたという屈辱が渦巻いていた。
「大丈夫ですか?」
「とんでもない方ですよね」
聖女と少女に変わった金鐘がロールに仲間入りし、ボロは気恥ずかしくなって起き上がった。
「ハルルーベが護る方を害する、邪悪と言われても反論できませんよね」
「こっちにはこっちの言い分があるけどな……」
「お祈りして落ち着きませんか?」
「しないっ!」
いよいよボロを絶望が包み込んでいた、病気、寿命ですらこの聖女は排せないのではないか。となると自身の死でもって逃れるしかなくなるが、彼には耐え難いことだ。
「良いことの後には悪いこと……にしても、伝説の武器……武器⁉」
ボロを雷が貫いた。
「待て待て待て!」
「急いでないけど?」
「そうじゃなく……金鐘、王の血肉は他にもあるのか?」
「当たり前ですよね」
「お前よりも強い……のもいるのか?」
「もちろん、私は鐘、武具ではありますが専門でないですよね」
たちまちにボロの全身を活力が駆け回った。ならば、その中には聖女を葬り得るものもあるのではないか。
「よし、ならまだまだいける!」
「活気が戻って何よりです」
「絶対ろくでもないこと考えてるよ」
ロールの忠告にも、聖女は微笑するのみだった。
「よし、おい聖女様」
「はい」
「金鐘を頂上においてくれ」
「は?」
ロールと金鐘が同時に声をあげた。
「俺の力で取りに行くんだ!」
「頂上ですね?」
「はあ、まあいいけど。待ってますよね」
偉丈夫が、鐘へと変わった少女を持って頂上へ飛んで行った。
「よし、じゃあ行くか」
「行きましょうか」
「バカでしょ君ら」
ロールの指摘は的を射ている。
しかし、ボロにとっては至極重要なのだ。聖女の施しを受けまいという意地、彼女を殺せるかもしれない王の血肉への執念、そして冒険家としての僅かな矜持。全てが混ざった結果の選択である。
彼の強い意志は時に危機を招き、時に幸運を呼び込んだ。認める者は少ないだろうが、立派な彼の信念であった。
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