第4話 救済の鐘

 4日目、一行は川辺で野営の準備をしていた。

「お食事ができました」

「いらねえよ!」

 聖女が出した食事を全てボロは拒否していた。餓死するほど食糧が取れないわけではないが、彼女の暖かな馳走とは天秤にかける気にもならない。

「いいじゃないご飯だけもらえばあ。あ、ごめん、こんなん言ってるけど神様は信じてるよお」

「信仰は、祈りの回数や戒律の守護や布施の多寡で決まらないのです。正しき心で生きることが大切なのです」

「おい! ロールは絶対に信じてないぞ! いいのか飯やって⁉」

「お腹が減っている人を救うのに理由はいりません。ささ、ボロさんも」

「いらねえって! あと呼び方を馴れ馴れしくするんじゃない!」

 ボロは意地を張って、自力で集めた魚と木の実、虫を焼いて腹に収めた。味付けは最低限、長期の遠征による物量的、経済的余裕の欠如から香辛料の類など携行していないのだ。

「あー、うまいなあ! 素材そのものの味だ!」

 肉と野菜のたっぷり入った煮込みに舌鼓を打つロールらの横で、ボロはそう言って強がるしかなかった。虫は生焼けで生臭かった。

「君は全然太らないねえ」

「あるがままなのです」

毎食出ている彼の分はロールが平らげていた。ここ数日で、ふっくらしてきているのがはっきりとわかる。

 一方の聖女はしっかり食事をとっているのに全くそんな気配がなかった。否、それだけでなく道なき道を進んでいるのに、衣服も自身の肉体も少しの汚れもない。偉丈夫の輝きが、彼女を護っているらしかった。

 ボロにはそれも不気味でならない。信徒らは奇跡と呼ぶだろうが、起こっているのは不合理極まる怪事だ。彼らを否定はしないが、己を曲げる気もしなかった。

「けどさあ、本当に武具があったとして売ればいいじゃない?」

 下品にげっぷをしながらロールが言った。

「いい値がつくよお」

「聖女様をぶっ殺せなかったら考えるさ」

「まあ、良くない言い方ですよ」

 冒険家の本分は発見であり、利益の追求である。

ボロにも、冒険に対する憧れのようなものはあった。便宜上とはいえ、わざわざ私冒険家を名乗ることを選んだのだから。

 が、タスロフではまっとうな冒険家は望めない。組合の不在により、発見を精査し、共有し、実際に役立てる手順が回らないのだ。

「聖女様もな、俺じゃなくてここをどうにかするのが先じゃないか?」

「いいえ、どちらも大事です」

 その意味では、聖女と信徒たちも捨てたものではない。少なくとも聖女には従順で、理想的な集団を形成しつつある。指揮を執る頭を欠くタスロフには歓迎すべき現象だ。

「お祈り―」

「しないっ」

 だからこそ、個人的な思惑はあれボロは聖女に離れてほしかった。


 そして5日目、ついに一行は目的地である山の麓へと辿り着いた。深くはあるが、特筆するべきもない山であった。

「全然雰囲気ないじゃない? 帰ろうよお」

「探しもしないで言うんじゃない」

 ボロ自身失望を感じないでもなかった。武具が真に眠っているなら何らかの兆候があるだろうと想像していたが、そんな気配は微塵もない。

「寝床を探すぞ」

 探索において重要なのは拠点である、情報整理に休息になくてはならない。

「はい、どうぞ」

「おお~」

「俺は入らないぞっ」

 ここでも聖女が偉丈夫で申し分ない小屋を建ててくれたのに、ボロは頑として受け入れなかった。

 洞窟というには浅すぎる石壁の窪みを見つけ、獣の皮と盛り土で雨避けを施すとそこを拠点としたのだった。ロールはもちろん小屋を選んだ。

 小屋に入りたがらないボロのせいで、一行は外で打ち合わせをするしかない。寒さを感じる季節ではないが、代償として蟲の類がうんざりするほど飛んでいた。

「それでどこを探すのお?」

 ロールが虫を捕まえてすりつぶし、団子に固めながら問うた。釣りの良い餌になる。

「虱つぶしで行くしかないだろ」

 ボロが同じく団子を作りながら答える。前情報が少なすぎて、彼ならざるともそうせざるを得なかったろう。

「そんなんで見つかるわけないよお」

「うるさい奴だなあ……」

「あら?」

「? なんだよ」

 聖女の代わりに、偉丈夫が行動で応えた。聖女の傍からひと飛びして山の中腹あたりに消えたと思ったら、すぐさま帰還し何かを聖女に渡した。

「これがその武具じゃありませんか?」

 思わず覗き込んだボロとロールは、その物体を見て困惑せざるを得なかった。

 腕程の大きさの、金色の手持ち鐘である。つい先刻まで磨かれていたかのように輝き、簡易だが丁寧なイルカの彫刻が刻みこまれていた。

「……鐘だな」

「何かを感じ取って見つけてくださったのです」

 偉丈夫が静かに頷いた。

 ボロは、聖女が差し出した鐘を受け取り驚いた。埃の如くに軽く、重量を全く感じなかったのだ。

「な、なんだこりゃ?」

「王の血肉というものじゃありません?」

「武器でも防具でもないだろ……」

 ロールがボロから鐘をひったくり、軽さに驚きながらも値打ちものではないかと観察し出した。

「ですけど、不思議な感じがします」

「妙だけどな、王の―」

「王の血肉で合ってますよね」

 二人のでも、ロールのものでもない声に、ボロは驚き振り返った。

 口をあんぐりと開けているロールの傍に、見知らぬ少女が佇んでいた。黄金細工のイルカの意匠が組み込まれたドレスを着こんだ金髪の美少女で、造り物めいた翡翠色の大きな瞳が目を惹いた。

「王の血肉、慈愛金鐘ですよね」

 うやうやしく裾を持ち上げながら、金色の少女は頭を下げた。

「あ……あ……腹減ってないか?」

 後々思い返しても、間抜けとしか言いようのない返事をするのがボロには精いっぱいだった。

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