第3話 王の血肉

 王の血肉と称される武具群がある。由来は、原初の王が統一を成した際それらを用いて、敵を打倒し我が身を守護したことによる。曰く大軍を一撃で薙ぎ払い、嵐にも微塵も引かぬ逸物揃いである。

 王と同じく既に神話の時代の存在であり、その真実は定かではない。秘蔵されていると称する場所は実際の武具数の数倍存在し、実際に手にしたものの話も聞かない。それこそ、どこそこの王が隠匿した埋蔵金の類として扱われ観光業の一環と化していた。

 それにボロは賭した、それ以外に、この聖女を滅する方法が思いつかなかったのだ。自身で実現可能なすべてを駆使した果てのことであれば、荒唐無稽と笑い飛ばせない。

「しかしな……」

「ここにもあるんだろ?」

「ああ……」

 ゼブンが渋るのは、彼が知る伝承がひと際信ぴょう性の薄いものだからである。

 まず武具の名や種類もわかっていない、詳細に設定しすぎて捏造と瞭然の伝承とは真逆だが、これはこれで疑わしい。

 何よりも、その武具はこのタスロフに眠っているというのが問題だった。王との不名誉な伝説が残る地に、何故彼の武具が眠ろうか。

 恥知らずの地が、己が醜聞を否定し少しでも汚名を晴らさんとするための稚拙な流言。この伝承はそう結論付けられていた。

「嘘っぱちだと思うぞ? 実際そうだった時、笑って飛ばせるほど楽な場所でもないしな」

 武具が眠る地は、往々にして危険地帯にあった。過酷な自然の要害であったり、危険な獣や植物の生息地であったり。伝説の住まいとしてはふさわしくあるが、ないものをあるように見せるために、確かめようがない難所を在処とするためでもあったのだ。

「それでもいいっ、こいつを負けるかもしれない」

「冒険家らしい仕事は良いことです」

 それでも聖女を排除できるという魅力には抗いがたかった、それに、様々な脅威が聖女を捉えてくれるかもしれなかった。

「教えるだけなら簡単だが……」

 ザガンの説明は至極単純だった。情報がそもそも少ない、武具が寝床にしていると言う名もなき未開の山への道を示した。

「一番近い村でも半日かかる、ほとんどこれは開拓事業だぞ」

「上等、ありがとな」

 ボロは礼を言って組合を出、聖女が続いた。

「なるべく生きて帰りな~」

 マイの軽口に、ボロはおざなりだが手を振って答えた。


 ねぐらに戻ったボロは、旅立ちの準備を始めていた。食糧、武器、野営の備えである。

「お食事は私が」

「絶対に食わねえっ」

 そう、食事に関しては聖女が居れば事足りる。量も質も最上級のものが枯渇の心配なく手に入るのだ。

「お祈りをしませんか?」

「しないっ」

 しかし、聖女を嫌うボロは意地でも彼女からの施しを受けなかった。彼女に頼み込めば、あらゆる脅威から守り抜いてくれるかもしれないが、それでは本末転倒も良いところである。

「やあやあボロ、仕事するって聞いたよお」

 もはやその役割を果たしていない玄関戸を脇へどけながら、少女がねぐらに入ってきた。勝手知ったるようで、水瓶まで迷いなく歩き器ですくうと、喉を鳴らして飲み干した。

 ボロよりも一回り小柄で、幼女と言っても通じそうな雰囲気があったが、身に着けたナイフや籠手、膝当てがそれに奇妙なねじれを生んでいた。

何よりも胴体ほどもある兜を被るというより、体全体で引っ掛けているのが異様だった。

「ロール……仕事じゃねえよ」

「またまたあ。ん?」

「はじめまして」

「あ、君が噂の聖女様?」

「噂?」

 ロールと呼ばれた少女は、ボロが知らないという優位に自信を持ったのか、得意げに語りだした。

「なんでもくれる聖女様がいるって、なんかその手下が教えまわってるよ」

「手下ではなく信徒の方々です。私でなく神に忠を誓う素晴らしい方々です」

 ボロは準備をしながら、改めて聖女の恐ろしさを確信した。やはり、彼女はなんらかの洗脳効果を持ち、あまつさえそれは伝染していくのだ。そのうちに、信徒どもはこのねぐらを押しつぶさんばかりに膨れ上がるかもしれない。

「ボロもそうなの?」

「! ち、違う!」

 思いがけず出た、強い口調に彼自身も驚いた。よく考えれば、聖女にまとわり付かれ、ねぐらの傍に信徒どもがいるこの状況は、傍目には無関係とは見られないだろう。

「ふうん、まあそうだろうねえ。で、いつ出るの?」

「だから……ついてきたっておこぼれなんかないぞ」

「なにさ、何しようっていうのさ?」

 ロールも、ボロと同じくタスロフ内の被差別地域の出である。母の死により幼くして自立を余儀なくされ、同類よろしく身を売る道を選んだ。

 しかし、彼女は聊か以上に逞しかった。客を取ると時には言葉、時には暴力に訴えて、毒牙を立てられる前に逃げ出した。治安維持の機能不全から、彼女はついぞ公的にも私的にも捕まることはなく、いつしかその業で一目置かれるようになった。

 特に、絶えず身に着けている鎧は、たまたま客となった他国の正規軍兵士から奪い取った勲章であり、兵士のロールという綽名と共に彼女の誇りであった。

 ボロとの出会いは、ある日雨宿りに彼のねぐらに潜り込んでからで、以来ボロが仕事に出るとそのおこぼれにあずかるために付いていっていた。

 中々の腕を持つ彼のうまみが捨てがたかったからだが、同時にその何者も信じず頼らない気性にも惹かれていた。タスロフを包む陰鬱を、一段濃く受けさせられる立場の彼女にとって、彼の強固な意志は魅力的だった。

 何よりも、彼はロールを積極的に排除しようとしない。常に疎外と迫害に苛まれる中で、代えがたいぬくもりなのだ。

「王の武具を探しに行くんだ?」

「はあ? あれはおとぎ話だよお?」

「見てみなきゃわからねえ」

「王の血肉は世界を切り開いた、彼の偉業そのものです。求めるのは冒険家として当然のことでしょう」

「あーあー、そうだよなそうだよな」

 ロールは彼の言いようから、聖女にその原因があるのだろうなと悟った。


 3日後、ボロと聖女、そしてロールの一行は山を目指して旅立った。予定が遅れたのは、聖女を行かせまいとタケーらが抵抗しその説得に時間を要したためである。

 聖女はあくまで自らが行くことを重視して、彼らの同行を許可しなかった。タケーに敵意をもって睨まれ、ボロはひどく不愉快だった。

「おこぼれなんかないって言うのに」

「いいでしょ別にい」

 聖女はともかく、ロールの同行をボロは不思議がった。この少女が利益以外の理由で自身に関心があるとは思ってもいない。

「お山までどれほどでしょうか?」

「5日はかかるだろうな」

 ボロは聖女に答えながら、彼女が何故ここまで自分に執着するのかを考えた。特段自分は何かに劣ったり秀でているとは思わず、指摘を受けたことはない。

とすれば、精神面の堕落を問題にしているのかもしれないが、彼の日々の行いはタスロフにおいてもひと際悪辣という訳でもなく、精神的反逆の要素を抜けば生きるための活動だ。それをこそ是正せんとしているのだろうか。

 何故、は人が最も好奇心を寄せる事象である。

 聖女がボロを追い続け諭し続けた理由は、終生それが明かされなかったために人々を魅了した。

 数百はくだらない仮説の中に一つの真実もないのか、はたまたどれか一つは正鵠を射ているのか、もしくは全てが少しづつ正しいのか。聖女に問うても帰ってくるのは、麗しい微笑のみであった。

「まあいい、絶対に殺してやるぞ」

「いけませんよ怖い言葉は」

 そして、ボロも聖女に屈せずその殺害を諦めなかった。お互いに我を貫き通し、ついに決着はつかなかった。

 全ては些事から始まると言うが、二人の張り合いが世界を揺るがしたというだけなら例がない訳でもない。

 だが、その二人が何ら権力も、ひょっとすると才覚も野望すらも持ちえていなかったとあっては、空前絶後の珍事である。

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