サマータイム・パレード 終
みんなが音出しをしている様子を、私は少し離れたところから眺めている。みんなは金ボタンのついたあざやかな青色のジャケットに真っ白なズボン。そして私は―私だけが、白いセーラー服のまま。
これでいいんだ、と何度も自分に言い聞かせる。
青葉先輩から渡されたデジタル一眼レフのカメラは少し重い。私は肩から下げた、奇妙にふくらんだスクールバッグを脇にぎゅっと抱きかかえる。
「東海林、こんなところにいたか。」
振り向くと、音出しの場所にいると思っていた青葉先輩が立っていた。すらりと背の高い青葉先輩は、私のことをにらむように、だけどどこか優しさも見える目で見つめている。
「青葉先輩こそ、音出しの場所に行かなくていいんですか?」
私は驚いて声を上げる。
「いや、ちょっと探し物をしていてね。」
「探し物?」
「ああ。君もいっしょに探してくれないか。おそらくなんだが、私の探し物は君のそのカバンの中に入っている。」
青葉先輩はそう言って、私のスクールバッグを指さす。
「何を言ってるんですか。」
私はスクールバッグを守るように抱きかかえる。
「君のパレード衣装だよ。それは無くなってなんかいない。君がずっと持っていたんだ。違うかい?」
私はどきりとした。青葉先輩の言うとおりだったから。
私のパレード衣装は、最初から無くなっていない。ずっと私のカバンの中に入っていたのだ。
「部外者が持っていった可能性が低い以上、衣装に足でも生えているのでなければ、君の衣装は控室、それでなくとも同じ建物のどこかにあると考えるのが妥当だ。だからみんな必死になって探した。」
青葉先輩はニヤリと笑いながら話し始めた。
「楽器ケースの中、各自の荷物の中、みんなあらゆるところを探した。だけど、一か所だけ探していないところがあったんだ。それが君がずっと持っていたそのカバンの中だ。」
「だって、私は自分の衣装が無くなったんですよ?!当然、自分のカバンの中だって最初に探しました。」
「誰が?」
「それは、・・・私が自分で。」
ふん、と青葉先輩は鼻で嗤うように短く息を吐いた。
「つまり、君以外は誰もそのカバンの中は調べていないわけだ。自分の衣装が無くなったと騒いでいる人が、自分のカバンの中を調べないなんてことは考えられないから、誰も気づかなかったがね。パレード以外に用事はないはずの君のカバンがどうしてそんなに膨らんでいるのか、私は気になっていたんだ。」
「青葉先輩・・・。」
青葉先輩の鋭い視線に見つめられて、私は肩からスクールバッグを下ろした。カバンのジッパーを開き、中から青いジャケットと白いズボンを取り出す。
「先輩の言う通りです。私の衣装は、ずっと自分で持っていました。橋本さんが衣装を机に並べている間に、自分の分をこっそりと取ってカバンにしまったんです。」
「どうしてそんなことを?」
「パレードに出るのが、怖くなって。」
私は少し震える声で答えた。
「本当は、受験勉強も部活もどっちもがんばろうと思いました。でも、だんだん勉強のほうに時間を割かないと追いつけなくなってきて。練習で先輩に指摘されるのも悔しかったし、それ以上にみんなに迷惑をかけているって思ったら、私にパレードなんか出る資格はないって思ったんです。」
「ふむ。だったら、パレードに出たくないと言えばよかったじゃないか。」
青葉先輩の言葉に、私は一瞬息が詰まりそうになる。
「何度も言おうと思いました。でも、今年が最後だから、みんなと一緒に歩きたいっていう気持ちも捨てきれなくて、今日まで過ごしてきてしまって・・・。でも、みんなが衣装に着替えるのを見ていたら、こんな情けない自分が怖くなって、気づいたら自分の衣装を隠していたんです。」
私は、流れてきた涙をとめることはできなかった。青葉先輩はそんな私を、腕組みをしたまま見つめている。
「橋本と大橋が、あいかわらず必死に君の衣装を探しているところだ。君は今、間違いなく彼女たちの時間を無駄にしている。そして、君と一緒にパレードを歩きたいというみんなの気持ちも。」
青葉先輩は静かに、けれどはっきりと届く声で言った。
「さて。東海林。君はどうする?君がどうしてもパレードに出たくないというのなら、私はそれでもいいと思ってる。君がろくに暗譜もできていないことなんて承知してるさ。」
だけどね、と青葉先輩は続ける。
「たとえ暗譜もできていない状態であったとしても、君の同期たちは、君といっしょに最後のパレードを歩きたいと思っている。君がたとえ一音も吹けなかったとしても、君といっしょに歩く二十分間には、価値があると思っている。譜面を吹けるかどうかなんて、君たちが歩んできたこの三年間のなかではどうでもいいことなのさ。さて、君はどうする?」
青葉先輩の言葉に、私はついに泣き崩れた。
***
パレード開始五分前。
とうとう東海林の衣装は見つからず、暗い顔をしたままの橋本とともに、僕はパレード隊の待機場所へと向かった。
音出しは完了してパレードの準備はできているけれど、青葉先輩と、急遽写真撮影係になったはずの東海林の姿が見えない。
青葉先輩はパレードに参加するわけではないから問題ないといえばないのだが、僕はどこか不安な気持ちになっていた。
「待たせたな。」
凛と響く声がしたので振り向くと、青葉先輩がこちらに歩いてくるのが見えた。
そして、その隣には、僕たちと同じパレード衣装に身を包み、クラリネットを手にした東海林の姿も。
「みんな。遅れてごめんなさい。衣装が見つかったの。だから、私、みんなといっしょに歩きたい。歩かせてください。」
東海林が僕たちになぜか頭を下げて、クラリネットの隊列に加わった。
僕も含めて部員たちは、突然衣装を着て現れた東海林を見て、呆然としていた。
だけど、もう時間だ。
『さあ、いよいよみなさんお待ちかね。光海高校吹奏楽部によるパレードです!』
パレード開始を告げるアナウンスが鳴り響く。
「ホルト!マークタイム、マーチ!!」
パレードの先頭で指揮を執るドラムメジャーの合図とともに、ドラムマーチが始まる
衣装はどこで見つかったのか、とか、なぜ東海林は僕たちに謝るようなことを言っているのかとか、疑問が一気に湧いたけれど、僕や東海林、沢城や今井といった三年生にとっては最後のパレードが始まるのだった。
わずかに二十分間のパレードはあっという間に終わってしまう。沿道のお客さんにも楽しんでもらえたようでなによりだ。
一年に一度しか着ることのないパレード衣装に身を包んで、僕たちは全員で記念撮影を行った。もちろん、東海林もいっしょだ。
「それにしても、東海林の衣装はどこから見つかったんでしょうか。」
器材を積んで学校に戻るトラックの助手席で、僕はハンドルを握る青葉先輩に尋ねた。
「さてね。どこにあったにせよ、見つかったんだからよかったじゃないか。」
「まあ、それはそうなんですけど。」
僕は全然腑に落ちていないし、青葉先輩はなにか知っていそうな気がしたけれど、それを聞き出すのは難しそうだ。
「それに、こういう言い方はよくないんですけど、先輩が東海林もパレードに参加することを許すとは思っていませんでした。」
僕の言葉が聞こえているのかいないのか、先輩は黙ってじっと前を見て運転している。
「てっきり、暗譜もできていないやつはパレードに出る必要ない!とか言って、あのまま追い出しちゃうのかと。」
「ふん。」
先輩はこちらを一瞬だけ見て、鼻で笑った。
「後悔よりは、やりとげた思い出を残すほうがいい。」
先輩はそれだけ言うと、あとはただ黙ってハンドルを握っていた。
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