サマータイム・パレード 3

 パレード当日は、雲一つない快晴だった。僕たちは日中で一番暑い時間帯である午後二時ころからスタートするパレードに向けて、午前中から準備を行っていた。

 青葉先輩がレンタカーショップで借りてきた二トントラックにパレード器材や衣装を積み込む。

「全員分の衣装がちゃんと入っているか、最後にもう一回確認しておきましょう。」

 衣装管理責任者の橋本が衣装の入っているプラスチックケースを開けて、衣装係の二年生とともに衣装の枚数を数える。

「おい、スーザフォンがひとつ足りないぞー。」

 器材をチェックしていた低音パートリーダーの後藤の声が響く。

「い、いま持っていきますー。」

 振り向くと、自分の身体ほどもある大きさのスーザフォンを抱えて、小清水がよたよたと歩いていた。

「おいおい、無理すんなって。」

 すかさず今井が歩くスーザフォン、もとい小清水を支える。僕は今井のこういうところがイケメンで嫌いだ。

「器材のチェックが済んだらさっさと積み込んでくれ。のろのろやるんじゃないぞ、まったく。」

 白シャツにタイトジーンズ、サングラスをかけた青葉先輩がトラックの運転席から降りてきて、大声で言った。

「衣装も全部そろってるから、積み込んじゃって。」

 橋本のOKが出て、衣装を入れたケースも無事にトラックに積み込まれた。


 すべての器材積み込みが終わり、トラックが出発する。

「じゃあ、また会場で。」

 僕はそう言って、トラックの助手席に乗り込んだ。トラックにカーナビがついていないため、僕が道案内として青葉先輩と一緒にトラックで会場に向かうことになっているのだ。

「それにしても、先輩、トラックの運転なんてできるんですね。」

「まあ、ぎりぎり普通免許で運転できるサイズの車だからな。さすがに大型は無理だ。」

 青葉先輩は答えながら、軽快にギアを切り替えていく。

 しばらく車を走らせていると、道沿いにコンビニがあった。この町ではあまり見かけない、イートインスペースで食べられるソフトクリームに定評のあるチェーンのお店だ。

「あ、青葉先輩。ビッグストップですよ。珍しいですね、こんなところに。」

 僕が言うよりも早く、青葉先輩はハンドルを切って車をコンビニに向かわせていた。

「休憩だ。」

「いや、まだ十五分も走ってませんけど。」

 僕の言葉は華麗に無視されて、青葉先輩は駐車場に車を止め、さっさと運転席を下りてコンビニに向かう。珍しいコンビニチェーンというだけあって、先輩は期待に満面の笑みを浮かべていた。

 外は三十度近い気温で日差しも強い。エアコンのきいたコンビニの中はそれはもう快適だった。

「大橋、見たまえ。ビッグストップ限定のバナナ抹茶ラテだ。飲んだことがないからこれは買っておこう。」

 青葉先輩は買い物用のカゴを片手に、嬉しそうに店内を物色する。

「ちょっと、先輩?あまり時間もないですからね。」

「わかってる。おや、これも新製品だな。」

 そう言いながら先輩はレジに並んでフルーツを盛ったものやチョコレートソースがかかったものなど、ソフトクリームを三つも注文する。

「まさかとは思いますけど、それ全部先輩が食べるんですか?」

「当り前じゃないか。心配するな。君にもひと口くらいあげよう。」

 そういう心配をしているんじゃなくてですね・・・。というか、ひと口って。


 途中の寄り道で時間を食ったものの(結局、先輩は本当にひと口しかソフトクリームをくれなかった。)、三十分ほどでトラックは会場に到着した。

 電車やバスで向かっていたほかの部員も続々と到着し、さっそく器材をトラックから降ろす作業が始まる。

「いいか。パレードは器材の準備から始まっている。気を抜かずにきびきび動け。」

 ついさっきまでのソフトクリームを前にしての満面の笑みはどこへ行ったのか、青葉先輩の檄が飛ぶ。

 部員たちはあわただしく器材をトラックから降ろし、数をチェックして控室まで運んでいった。

「では、器材の確認が終わった人から着替えに行ってください。」

 橋本が全員分の衣装を机の上に並べながら大声で言った。

 自身の楽器のチェックが終わった部員たちは、自分の衣装を持って更衣室となっている空き部屋に向かう。

 僕も自分の楽器の所在をチェックして、パレード衣装に着替えた。一年に一度、この時にしか着ることのないパレード衣装に袖を通すと、どこか気持ちが引き締まったような気がする。僕の隣では、今井が鏡をにらんで、ハットの角度が決まらない、とぶつくさ言っている。

「小清水がさ、俺のハットのかぶり方がおかしいですって言うんだよ。」

 今井は真剣に悩んでいるようだったが、僕にとっては心底どうでもいいことだったので、僕は何も言わずに更衣室を出た。

 

 控室に戻ると、先ほどと変わって少しざわついているような気配がした。見ると、セーラー服のままの東海林と、すでに衣装に着替え終わった橋本、沢城が三人で深刻な顔をして話し込んでいる。

「どうしたんだ、なにかあった?」

 僕が声をかけると、沢城が振り向いた。

「ああ、大橋君。あのね、定子の衣装が見当たらないの。」

 沢城は困った顔をしてそう告げた。

「東海林の衣装?積み忘れたんじゃないの?」

「それはないわ。トラックに積む直前に、衣装の数は最終確認したもの。・・・困ったわね。今年は人数が多かったから、予備の衣装も積んでいないし。」

 僕の問いに橋本がため息交じりに答える。

「じゃあ、最後に衣装を見たのは器材積みのときってこと?」

「ええ。橋本さんが衣装を机のうえに並べてくれたでしょ?でも、その中に私の衣装が無かったの。」

 東海林がうつむいて言った。

「誰かほかの人が持っていったとか。」

「女子の更衣室に行って確認したけど、誰も持ってなかったわ。」

 そのとき、控室のドアが開いて青葉先輩が入ってきた。

「あ、青葉先輩。ちょっといいですか。」

 橋本が青葉先輩のもとに駆けていき、状況を説明する。

「衣装が無い?」

 青葉先輩は眉間にしわをよせて橋本と東海林の話を聞く。

「たしかにトラックには積んだんだな。この控室にはずっと誰かいたのか?」

「更衣室が混むからって女子は交替で着替えに行ってたから、控室に誰もいなくなるっていうことはなかったと思います。」

「となると、部外者が盗っていった可能性は低いか。とにかく、控室の中をくまなく探そう。」

 青葉先輩がそう言うと、控室にいた部員はみな控室の中にあるものを片っ端から調べていった。

 パレード開始まで残り一時間で東海林の衣装を見つけ出さなければ。一年に一度のこの機会を、こんなことでいやな思い出にしたくない。その一心で、誰もが衣装探しに協力した。

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